第三章_クライマックスシナリオ_その3
◇
時は遡りシェムとレイジスティアが邂逅する手前に戻る。
城に残った二人、栄光とリアは玉座の間にいた。
「あの…………」
大きな玉座に合わぬ小さな身体でちょこんと座るリアが目の前にあるこじんまりとした机を前に栄光に問い掛ける。
「ん?」
「振るなって言われませんでしたっけ、ダイス」
リアの目に写る栄光は右手にダイスを二個持ち手の中で転ばせている。
「黙って待つのはどうかと思ってな、それに――」
「それに?」
栄光は少し溜めて答える。
「振るなといわれると振りたくなる、まぁ悪いようにはならないだろ」
「それって何か物凄く嫌な予感がするんですが」
「大丈夫大丈夫、ここの人ら固定値高そうだし」
「固定値?」
「まぁ、元々の強さみたいなもの」
「それなら同意しますけど……」
どこか不満そうに姿勢を取り直す。
「じゃぁまずあの天使からいってみようか」
「シェムですか」
「ちなみにあの天使ってどのくらい強いわけ?」
「シェムは魔法を使わせれば右に出る者はいないですよ、女癖が悪いのが欠点ですけど」
「あぁ…………」
シロとクロを侍らせていた姿を思い起こすと静かに納得した。
「汎用的な魔法……昨日使った飛行魔法や、ヴェルとの喧嘩で使用していた魔法等は全て彼が作ったものですから」
「ほう、そりゃすごい」
「まぁその汎用魔法も全部流出したんですけどね…………後で魔法を材料に人間たちと対等に交渉するという方法に気付いたときは愕然としました……」
「そりゃぁ確かに惜しいカードだわ……」
がくりと肩を落とすリアに苦笑いを零す。
「そいじゃま、ちんからほい」
ダイスが机の上を転がり止る、出目は五と四。
「良い、ですよねこれ」
「んー……まぁ良いけどあの天使ならもうちょい低くてもよかったかな」
「あまり否定しにくい冗談はやめてください」
(否定しにくいんだ……)
シェムへの評価は大体同じのようだ。
「そいじゃ次は……クラナか」
「クラナは一風変わった魔法を使います、実力で言うと私の次に強いですよ?」
聞く前にリアがにこにこ微笑みながら答えてくれた。
「二番目か……二番目!?」
「えぇ、距離と障害物を無視した魔法ですので事実上防げませんので」
「え、それどうすりゃいいの」
「私の場合は魔力を大きく出して空間を荒らします、するとさすがに狙いがずれますのでその間に」
「ゴリ押しなのね」
「………………はい」
得意気に話してくれたのに一言でしゅんと落ち込ませてしまった。
「ま、まぁそんだけ強ければどれだけ低い目が出ても大丈夫だな!」
「え、いや、それでも運任せというのは――」
「えい」
リアの言葉を聞き終える前にダイスを投げる、コンッコンッと机を跳ねて動きを止めると――
「六ゾロ…………」
出目が六、しかも両方という事は絶対成功(ルビ:クリティカル)だ。
「………………」
「人間が可哀想になる結果になると思うのですがこれ」
「…………こっちに損はないからいいんじゃないかなぁ………………」
現在事実上最強が最高の出目を引いた、つまるところオーバーキルというところか……。
「まぁ……次へ行こうか」
「出目がいい内にやめておきませんか?」
「高いうちにやったほうが良いと思うんだ」
「えぇ…………」
リアが軽く引いてしまった。
「次はライラだ、大丈夫だろっと」
またダイスを振る、すると出目が――
「……………………」
「だから言ったじゃないですかー!!」
二と三、かなり低めの目が出た。
「ファンブルじゃないからセーフ」
「声震えてますよ!?」
「いやぁ、うん、ライラなら大丈夫だろ、ドラゴンだし」
「なんですかその竜に対する信頼感は」
「いや、だってドラゴンだろ? 平気平気」
「ライラのことですから信じてますけど栄光のせいで不安になるじゃないですか……!!」
「うん、信じてればなんとかなるって昔からの教訓だから」
「何の説得力もありませんよ!?」
低い出目をたたき出してしまったせいでリアと口論になる。
いつの間にかリアは立ち上がり栄光と軽い掴み合いへと発展する。
といっても少女の姿をしているリアに対し栄光が本気で組み伏せようとすることはできもしないのでリアが一方的に優勢という形になっているが。
「さ、さぁて、最後にいきますか」
「話を逸らさないでください!」
しれっとダイスを取り出す栄光の手からリアが奪い取る。
「どうしてもというなら私がやりますよ!! 栄光にはやらせません!」
奪い取ったダイスを叩きつけるようにして机へと投げる、大きく跳ねて机から落ちたダイスと何とか机に残ったダイスがその赤い出目を見せる。
「……………………」
「……………………」
互いに黙り込み静寂が広まる。
そんな静寂の中、栄光が両手を合わせて。
「南無」
「殺さないでください!! まだ決まったワケじゃないですから……そうだ、振りなおせば……!」
「多分それはできない」
「何故です……?」
「一度リアが振ってその後同じ出目が続いたと言っていただろう? 恐らく同じ判定に対して振りなおしはできないから出目が続いた……」
ためしに栄光も振ってみるが出目は変わらず赤い目が二つ、一と一のファンブルが出る。
「あからさまなイカサマもやっても効果が出ないだけだろうし…………」
「……振りなおせないということでいいんですかね」
「あぁ、そうだと思う……となるとヴェルドロッドだが……」
「大丈夫です、殺しても死なないので、多分」
「そう言われても納得できるのが怖いな」
死んでもリアが一声かければ灰から蘇ってくるビジョンが見えないでもない。
「とりあえず……最悪を想定するしかないな、アルデントに対して何もできないのか?」
「えーと……栄光は初代のことはご存知でしたよね」
「あぁ」
「あの聖剣を使われて……今の私のように無力化されたでしょうか」
「いや、防御力を無効化されるだけで他の戦闘力はそのままだ…………俺の作った通りなら」
「だとしたら同じような方法を取れば問題ありません、幸いにもあの聖剣の効果は一時的なもので今も徐々に回復の傾向にありますので」
「ほう、あとどれくらい?」
「今は五割くらいなので……もう少し時間があれば」
「……もう半分回復しているのか」
魔王の爵位は伊達ではないということだろう。
「えぇ、所詮聖剣の効果も魔法と同様の性質ですし……魔力そのもので押し返せば」
「…………なぁ、リアってさ」
「はい?」
「割と力押しなの?」
「…………………………」
図星なのか黙り込んでしまった。
「何か……ごめん……」
「いえ、私が悪いんです……固有魔法の一つでも使えれるようになっておけば…………」
「いや、本当ゴメン」
「いいんです……」
そのまま玉座に膝を抱えながらうつむいてしまう。
(しまった……!! 地雷を踏み抜いた感触が……!!)
「あー……リア――」
そう呼びかけようとした時、轟音を上げながら頭上にあたる天井が崩れ落ちる。
幸いながら二人に落ちはしなかったが天井から外の光が差し込む。
天井が崩れた原因、それは何かが勢いよく天井を突き破り落下したことだ 。
激突の衝撃で生まれた砂煙が晴れるとそこには腰から下を真っ逆さまに突き刺さった男の姿があった。
「ヴェル…………?」
突き刺さる男のズボンには見覚えがある、おそらくヴェルドロッドだ。
ズドォ!!
続いてその直後、もう一度轟音が響く。
二度目の砂煙が巻き上がり開いた天井から風が吹き込んで辺りを晴らす。
「ハァー……ハァー……ハァー……」
息を切らしながら鎧を身にまとった男、アルデントであった。
「ったくよォ……てこずらせやがって…………」
右手の聖剣をかつぎなおしてこちらへ振り向く。
「だがもう邪魔はいねェ……次はテメェの番だ魔王!!」
聖剣の切っ先をリアへ向けて叫び上げる。
「リア、どのくらい回復した?」
「まだ六割…………」
「じゃぁもう少し時間を稼ごう」
「え、ですがどうやって……」
リアの質問に答えることなく栄光はリアの前に出る。
「オイ、お前はお呼びじゃねェんだ、どけ」
「そういうなよ中ボスを倒さずにラスボスを相手にできると思うな」
「うるせェ、人類の為に戦ってンだ、人を相手にする暇はねぇ」
アルデントの発言に栄光は疑問を抱く。
「…………何を言ってるんだお前」
「あァ?」
「お前は何を言っているんだ、お前の目的は世界(ルビ:シナリオ)をぶち壊すことだと自分で言っていただろう」
「お前こそ何を言っているんだ、魔王に取り込まれるうちに正気を失ったか――」
まるで話がかみ合わず互いに言っていることの意味が理解できない。
「俺は、勇者として魔王を討つ、ただそれだけだ」
アルデントの雰囲気を、栄光は何度か感じた覚えがある。
(役に溺れたか…………!!)
栄光がTRPGのゲームマスターを勤め始めたのは高校時代から、そのころから今にかけて続けている、プレイヤー役に当たる人間は当時の仲のよかった友人からネットで募集したりして集めたメンバーもいる。
基本的にルールやマナー、モラルを守ったプレイヤーであるが必ずしも全員がそうであるとは限らなかった。
役に溺れる、とはその中のうちの一つである。
TRPGにおいてキャラクターの心境を自分に当てはめてより幅広いプレイングをするのも一つの手法である、が所詮ゲームであるのだ。
現実とゲームの境界線が無くなり他人の迷惑を省みず行動を起こしたり役を演じるのに熱中しすぎて自分の妄想を広げたままゲームマスターが用意した世界を破壊することもある。
もちろんこれはプレイヤーに限らずゲームマスターをする人間にも存在する場合がある。
栄光はその点においてプレイヤーとゲームマスターの協力プレイだということを重点においているため注意しているが相手は他人だ、どうすることもできない。
(それにしてもおかしい気はするが…………)
あれだけ自分の意思を主張した人間がいまさら溺れるというのも違和感がある。
「邪魔をするというのなら仕方がない……、覚悟してもらうぜ!!」
聖剣を構え栄光へと突撃するアルデント、まずはリアから離す為にわざと部屋の端へと移動する、その最中に自分のポケットからダイス二つを取り出して投げる。
「はぁぁぁぁッ!!」
両手で聖剣を握り大きく振りぬく。
栄光は後ろに倒れるように避ける、眼前を通り過ぎる刃が栄光の前髪の少しを刈り取っていき、栄光は後ろに転びながら受身を取る。
(出目は四と五、九以上でギリギリ回避は可能か)
先ほど投げたダイスの出目を確認し確信する、出目が九であれば避けられる、だが出目が八以下ならば避けられないと。
「くっ……」
続いてアルデントが追撃を仕掛ける、近づかれる前に二つ、四つ、六つとダイスを投げつける。
「さっきからジャラジャラと……!!」
「いくらでも替えはあるぞ――」
先ほどの大振りの斬撃ではなく小振りで何度も刻んでくる。
(九、十一、十――)
出目の合計値を見ながら動く、栄光にとってそれは見て避けれるものではない、だが何かの後押しを受けるようにアルデントの剣戟を避け続ける。
「なぜ……当たらんッ……!!」
「身体能力はともかく剣は素人だろ? ペナルティでもうけてるんじゃないのか」
「………………」
アルデントは聖剣を構え直し思考する、栄光がなぜ避けられているのか、初めは魔法
何かかと思った、しかし魔法を使った挙動もなければ魔力を使った反応もない。
故に聖剣による魔力祓いは効果がないと判断する。
だが明らかに栄光が放り投げるダイスに何か種があると推測する。
「ッ――オォッ!!」
地を踏み抜いて栄光に向かって駆け出す、それに対応するように栄光はダイスを放り投げる、だが…………。
「それが種なんだろォッ!!」
聖剣が栄光に届く前に振りあがる、ダイスを弾き飛ばし返す手で振り下ろす。
栄光がこれまで避けられていたのは栄光に与えられた異能でありダイスの効果だ。
だがその効果を得るにはまずダイスが出目を出さなければ成らない、故に出目が出る前に行動しようとも効果を得られず――
「これで、終わりだ――――!!」
確実に栄光を胸から腰にかけて斬りかかれる、そう思った。
だが、不自然に自身の身体のバランスを崩す感覚がアルデントを襲う。
「なっ――――」
一体何が起きたのかアルデントにはわからなかった。
バランスを崩したせいで聖剣は空を斬り栄光を斬ることはなかった。
「何故だ……!!」
コンコンと先ほど弾き飛ばしたダイスが落ちてくる、それが栄光の足元に転がりアルデントは気付く。
「最初のダイスを蹴ったのか……!!」
栄光の足元には弾いたダイス以外に二つサイコロが落ちていた、手で投げる動作は無かった、避けるのと同時に蹴り出目を出したのだ。
ダイスは基本手で投げるものだが出目を出すことに方法は問わない、転がせればそれでいい。
(あー冷や冷やするぜ……、そろそろ運が尽きそうだ……)
実際九以上の出目が続くなど見ないことはないが珍しいことだ。
「チッ……うざってェ!!」
相手の種は割れた、だからといってアルデントには近付いて斬る、これしかやれることはない、後は出目が下回るの待つ持久戦となる。
「もうそろそろか……?」
リアの回復時間を気にしながら足元のダイスを蹴りながら左手をポケットに手を入れダイスを取り出そうとする、ダイス二つを掴み抜こうとするが、左手が熱を持ったように熱くなった。
「ぁ…………?」
あまりの熱さに手を見たが見れなかった、左手首から手が無かったのだから。
痛みよりもまず熱い感覚が栄光の脳に伝わる。
「ぁぁ……くっ…………」
手首を握り出血を止めようとするが血は蛇口のように溢れ出る。
「終わりだ」
アルデントが聖剣を振り上げ死を宣告する。
「栄光!!」
リアが回復しきらないまま不完全な状態で尚栄光を助けようと魔力を集中させる。
「死ね」
無慈悲にも聖剣が振り下ろされる。
ブオンッ!!
何度目のことだろうか、聖剣はまたも栄光を斬ることなく空を斬る。
だが今回は体勢を崩したわけでも栄光が避けたわけでもない、ダイスを振れない栄光が避けれるはずもないのだ。
だが栄光の身体はまるで磁石が反発したかのように勢い良くアルデントから離れた。
「何だ……? 奴に何かする暇なぞ……」
「ただの不運だろそれは」
栄光が腕を抑えながら呟く。
「我が神(ルビ:シン)たる御霊を傷付けることなかれ」
『我が神たる御霊に無礼なかれ』
男の重圧な声と女の不気味な声が響き渡る。
「次は何だ……!!」
アルデントは警戒し、あたりを見回す。
だが何も無く視線を栄光の元へ戻すとその間の空間にヒビが入る。
「我が主たる者に覇道を往かせる」
『我が主の道を汚すこと叶わず』
「『汝が身を贄とし供物と成し我が神と主の覇道に栄光あれ』」
空間のヒビが割れそこから姿を現したのはヘルモートといわれる魔族。
「新手だとッ!? 何故――」
「お前が振ったダイスを見ればわかる」
そう呟いた栄光の言葉を聞きちらりと自身が弾いたダイスの出目を見る、赤い点が二つ、絶対的不幸(ルビ:ファンブル)。
「三つの賭けに勝った俺の運すげぇわ…………」
一つ目の賭けはまず栄光の投げたダイスをアルデントが弾くかどうか、ここでダイスを斬ったり弾かなかったりしたら負けだ、次にダイスを投げたのは栄光だ、だが弾いた時点で栄光が振ったものではなくアルデントが振ったものとされるかどうか、もし投げた時点で確定していたら絶対的不幸を受けるのは栄光だった。
そして三つ目、これは単純に出目だ、アルデントが絶対的不幸以外であれば死んでいただろう。
以上三つの幸運が重なって起きた現状、アルデントには多大な不利となる。
「クッ…………魔を祓えアルデバラン!!」
相手は戦力不明の魔族、範囲内に魔王はいないが現状不利を取り払うには聖剣を使わざるおえない。
「消えろ化物ォォッ!!」
ヘルモートに対し物怖じ一つ無く突撃するアルデント、先ほど栄光を相手にした時とは違いわけのわからない妨害は一切無く、いくつもの剣閃が襲う。
対してヘルモートは聖剣によって魔力を失っている、しかし――――。
ガァン!! ガギャァ!! ギャリリリ!!
互いに拮抗するように防ぎあい、攻めあう。
「主より賜りし妙(ルビ:たえ)なる力」
『主が怨敵を打ち倒す!!』
壁によりかかりながら栄光は戦いの様子を見る、熱い感覚は冷め左腕の痛みが全身に染み渡る。
「はぁっ…………っあ…………はぁ…………」
呼吸が乱れ思考が乱雑になり意識が遠のこうとする。
「大丈夫ですか!?」
リアがかけよりながら呼びかける。
「ぁ…………あとどれくらいだ」
「あと少しあれば…………それよりも栄光!!」
「そうか…………やったぜ、時間は稼げた」
「死んじゃだめです! 栄光、気をしっかり持ってください!」
リアは自身の服の装飾の一部を切り取り栄光の左腕をきつく縛って止血する。
だが既に栄光の身体からはかなりの血が抜けている。
「眠ってはダメです! 栄光! 栄光!!」
リアが何度も呼びかける、しかし栄光の意識には響かない。
(やっべ…………声が聞こえない…………ここで終わりは……ねぇなぁ……)
血を失いすぎて意識が朦朧としている。
(別に超人とかそういうふうになったわけじゃねぇからなぁ……腕斬られたら終わりだわな……)
「ッ………………」
リアの表情は焦りに満ちる、目尻に涙を浮かばせながらなんとかできないか模索する。
「死なないでくださいね……」
そう呟くとリアは栄光の顔に自身の顔を近づける。
朦朧とする意識の中栄光はふと柔らかい感触を感じた気がする。
自身の唇にリアの唇が当たる感触、その後に続いてきたのは…………。
「ヴォォッ!? おごっ、ぐふぉっ、がぁっ!!」
突然意識が覚醒し全身の血管に血が勢いよく流れるような感覚と共に痛みが生じる。
水に溺れるような感覚に呼吸ができず苦しい時間が長く続くような感覚、実際において数秒もたっていないが永久のように感じていた。
リアが唇を離すと栄光は陸にあがり水を求める魚のように口をパクパクさせながら勢い良く息を吸って吐くのを繰り返す。
「ゼハァッ!! ハァッ! ハァ……」
やがて全身から痛みが引いていき落ち着きを取り戻す。
「な、何やったんだ…………?」
「魔力を直接流し込みました……よかった生きてて…………」
「魔力…………? それでなんとかなるのか……、というか確かリアの魔力ってさ……」
普通の魔族よりも質が高くもしリア以外がこの魔力を得ると耐え切れず死ぬと、本人からうけた説明を思い出す。
「えぇ、正直賭けでした……」
そっと残った栄光の右手をリアは両手で覆う。
「それでも……死なせたくなかった……」
目尻にたまった涙粒を零しながら微笑む。
「そう、か、ありがとな」
微笑に栄光も笑みで返す。
ズギャァァ!!
リアの背後、ヘルモートとアルデントの攻防が激しさを増した。
互いに拮抗しているように見えるが未だ無傷のアルデントに対しヘルモートはかなりの傷を受けていて押されている。
「で、今どれくらい?」
「栄光に渡した分と今の分で丁度全快です、だから――」
きゅっと栄光の右手をリアの左手が強く握る。
「離さないで下さい、身体を介して栄光に入れた魔力も使います」
「それ俺の分使ったら死なない?」
「大丈夫、全部使い切るなんてことは無いですからそれと――」
「ん?」
「さっきの、私初めてです」
そういわれて先ほど自身の唇にあった柔らかい感触を思い出すと
栄光は照れる。
「俺もだよ」
「良かった」
「じゃぁやろうぜ」
「はい……!!」
リアは目を瞑り精神を集中させる、アルデントの戦闘によって抉れたガレキや石が魔力に呼応して浮かび上がる。
「なッ………………回復しただと!?」
アルデントは驚愕した、なにしろ聖剣によって魔力を失った魔王が回復しているから、その事自体はアルデントは知らなかったのだ。
それもそのはず、聖剣の因子であった球体ならともかくアルデントの持つ聖剣アルデバラン、この剣の効果は絶大であるがためだ。
だがリアの魔王としての力はそれを上回っていただけだった。
「魔を祓え、アルデバラァン!!」
そうはさせまいと聖剣の力を解放しリアの魔力を消し飛ばそうとする。
だが起こったのは突風、リアは自身とアルデントの間に純粋な魔力の壁を作っただけだ。
魔力の壁自体は聖剣の力によって消失する、だが肝心のリアにはその力は届かない。
「《第十七に継ぐ魔を統べたる称号、その名においてここに解放する》」
「さッせるかァァァァァッ!!」
ヘルモートと対峙していたアルデントがヘルモートを無視してリアへ突っ込む、今対峙している相手に背中を見せる等危険な行為だがそれを知って尚こちらが危険であると判断したのだろう。
「《我が祖が遺せし力、ここに示し、顕現す》」
だがヘルモートがアルデントの行動を易々と許すわけがない、すぐさま間に割り込み攻撃する。
「《一切を打ち払い、一切を滅し、一切を退ける》」
「オオオォォォッ!!」
ヘルモートの攻撃を一切避けず防がず捨て身で聖剣を振りぬき自身にダメージを受けながらも足を切り落とし通り過ぎる。
「《全てを打ち砕く力、私はこれを暴虐の為に使うことなく、統べるためのものとすることを誓う》」
あと一歩、その距離まで詰め寄った、聖剣を振りかぶり斬る体勢を取る、視線はリアの首一しか見ていない、ゆえに気付かなかった。
足元のダイスを蹴ったことに。
「《魔を統べ、いつか到りし光り輝く世界のため》」
「希望と栄光を願う」
栄光がリアの詠唱にあわせて呟く。
アルデントが蹴ったダイスの出目は二と三、振りぬいた聖剣の切っ先はその因子を他の者が使うため短くなっている、その短くなった分のせいで首の皮一枚だけを切る結果になった。
「《我が名をここに叫ぶ、あぁ私達に栄光あれ》」(ルビ:グローリアス・フューチャー)
唱え終わり光が溢れ出す、アルデントは壁まで撥ね退けられ激突する。
「ま、だだ……!! 魔を祓え…………!!」
未だ諦めず聖剣を掲げる、それにリアは右手をかざして横に払う。
バキバキバキバキ!!
「なぁッ!?」
振りかざした聖剣に次々とヒビ割れていき――――
ガシャァン!!
音を立てて刀身が粉々に砕け散る。
「な…………ア……? 何故…………聖剣が…………!?」
「欠けた聖剣だったから、それと――」
払った手をもう一度目の前にかざす。
「貴方は一人だったから」
アルデントは先を急ぎすぎた、もし物語の定石どおり、こちらの戦力を各個撃破されていれば魔族にとって絶望的だろう、聖剣はそれを可能にするのだから。
だがアルデントは先を急ぐあまり連れた仲間を囮にし、自身一人で魔王を相手取ろうとした、結果としてそれが敗因になったのだ。
かざした右手を横に払う、アルデントの身体を大きく吹っ飛び壁を突き抜けてどこかへ飛んで行った。
「はぁ…………」
張り詰めていた気を解き、息をついて落ち着く。
「終わった……かぁ」
栄光も気が抜けて地面へとへたりこむ。
その横にリアも腰を下ろして一息ついた。
「我等の神よ、その未来に幸あれ」
『我等の主よ、その未来に幸あれ』
文字通りボロボロになったヘルモートが同時に喋りヒビ割れた空間へと帰った。
「ぅあ……やっべ……眠い……」
疲労感が一気に襲い掛かり眠気となって栄光へ襲い掛かる。
「お疲れ様です」
意識が途切れるなか、にこりと笑う少女の姿を最後に眠りについた。