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ドッペルゲンガーを見ると死ぬ理由

作者: 山田ヒゲ

 その日、会社からの帰り道を変えたのは、ほんの気まぐれからだった。

「このお腹、絶対やばいよなあ」

 ダイエットがてらの運動のため、一つ手前の駅から歩いて帰ることにしたのだ。

 降りたのは急行の停まらない小さな駅だったが、スマートフォンがあるから自宅までの道に迷うことはないだろうと高をくくっていた。

「そろそろ知っている道に出るはずなんだが……」

 三十分後、僕は見事に道に迷っていた。どうも地図アプリを読み違えていたらしい。

 悪いことは重なるもので、スマートフォンの電池も切れてしまった。

 誰かに道を聞こうと思ったが、人影がない。わざわざ民家のチャイムを押すのは気が引けた。

 どうしたものかと僕が四ツ辻で悩んでいるうちに、夕日が沈もうとしていた。

 そこへ、人がやって来た。

「すいま……え?」

 声をかけようとして、僕は固まってしまった。

 その人物は目を見張る僕に気がつくことなく、どこかへ歩いて行く。

 よく知った顔だった。

 何しろ、毎朝鏡の前で目にしている顔なのだから。

 自分と同じ顔をした人間に会うと死ぬ、ドッペルゲンガーと呼ばれる都市伝説を思い出した。

 恐くなって僕は走った。走って、走って、どこをどう辿ったのか、気がついたら自宅の前にいた。


 その日はよく眠れなかった。



「眠そうだな。まだ午前中だぞ」

 キーボードに乗せた手は止まっていた。

 会社の自席でうつらうつらしていた僕に声をかけてくれたのは、昔からお世話になっている先輩だった。

「すいません。昨日変なもの見ちゃって、よく眠れなかったんですよ」

 昨日見かけた彼のことを話すと、先輩は笑った。

「ドッペルゲンガーってやつか。本当かどうかは知らないが、世の中には自分に似た人間が三人はいるって言うだろ? それがたまたま近くにいたってだけだ」

「……ドッペルゲンガーを見ると、近いうちに死ぬって話がありますよね」

「そんなに気になるなら、確認してみればいいじゃないか。同じ時間に待ってれば、そいつもまた来るだろ」

「それもそうですね」

 彼が、ただのそっくりさんなのか、ドッペルゲンガーなのか、それがわからないから気になるのだ。

 少し怖い気もするが、このもやもやした気分を晴らすには、もう一度彼と会う必要がある。

「ところで、どうしてドッペルゲンガーを見ると死んじゃうんでしょうね?」

「そんなのに理由なんてないんじゃないの。トイレを三回ノックしたら花子さんに殺される、メリーさんから電話があったら殺される、怪談とか都市伝説ってそういうものだろ」


 就業後、昨日と同じ駅で降りて彼を待つことにした。

 夕日が沈むころ、僕と同じ顔の彼は再び四ツ辻に現れた。

「声をかけるか……いやいや、あなたドッペルゲンガーですか、なんて聞けるわけないよな」

 悪いとは思ったが、結局彼の後をつけることにした。

 彼は駅から少し歩いたところにあるアパートの前に立ち止まると、その中の一室に入っていった。

「アパートに住んでる……やっぱりドッペルゲンガーなんかじゃないか」

 一応、アパートの入り口にある郵便受けから、彼の部屋番号を探した。名前のない怪物ではなく、住所を持つ生身の人間であることを確認したかったのだ。

 だがそれは余計な確認だったかもしれない。

「何だよ、これ」

 そこには僕と同じ苗字名前が書いてあった。


 同じ顔の人間がいるにしても、それが同姓同名だなんて偶然があるのか?



 彼はどうやら生身の人間のように思えるが、偶然の一致にしてはあまりにも僕と似過ぎている。もう少し、調べてみる必要がありそうだ。

 まず一番先に思いついたのは、彼が僕の親戚なのではないかということだった。

 両親、祖父母、叔父叔母と片っ端から電話してみたが、僕とそっくりな親戚などいないとのことだった。

「久しぶりに電話かけて来たと思ったら変なこと聞くわねえ。何かあったの?」

「いや、何でもないんだ、母さん。また電話するよ」

 赤の他人を調べるとなると、現時点でわかっているのは、彼の住所と名前だけだ。

「同じアパートの住人に聞き込みでもするか?」

 だがその場合、彼と鉢合わせする可能性が高い。何となく、調査が一段落するまで彼に僕のことを知られたくなかった。

「探偵とか雇わなきゃだめか? いや待てよ……もしも僕と同じ性格なら、あれに登録しているかもしれないな」

 僕は早速、ウェブブラウザのブックマークから目当てのサイトを呼び出した。

 あれ、というのはフェイスブックのことだ。フェイスブックは本名登録を推奨しているSNSで、僕も昔の同級生に誘われて登録していた。

 フェイスブックの氏名検索で僕の名前を入れてみる。同姓同名の人間は複数いた。

 それを一つずつ開いて、住所を確認する。

「……見つけた」

 彼は簡単なプロフィールを登録していた。積極的な投稿はなく、フェイスブックは仲間内での連絡に使っているだけのようだ。それも、僕と同じだった。

 出身学校は僕と違うし、当然のことながら、勤めている会社も違った。何もかもが同じというわけではないのだ。

 何も問題はないはずだった。

 だが僕にはわかっていた。彼の出身大学も、会社も、いずれも僕と非常によく似ていた。名前だけ入れ替えたようなものだ。

 趣味も、好きな食べ物も、好きな音楽も、大学のサークル、昔のアルバイト、あらゆるプロフィールが僕と同じだった。

「何か、気持ち悪い」

 それが嘘偽りのない、僕の正直な気持ちだった。

 似ているのはお互い様なのだから、彼の立場からすればとんでもない話だと思う。それでも、僕の本能は彼を嫌悪し始めていた。


 それから、出身校や知人への連絡先から、僕にだけ出来る調査を行った。

 堂々と彼のフリをして、直接話を聞きに行くのだ。無理して演技する必要もなかった。僕がそのまま話すだけで、幼稚園からの幼なじみも僕を彼と誤認した。

 そんな彼らから聞ける話は、やはり僕と彼の類似点を補強するだけの結果に終わった。

 調査にのめり込んだ僕は会社を無断欠勤し、次第に社会から離れていった。



 そして、偏執的な調査の結果は、僕と彼はほとんど同じ存在だということだった。

「僕は、僕だけで十分だ……」

 カバンの中に潜めた合金製の懐中電灯、マグライトを握りしめる。

 社会から見て、僕はそれほど価値のある人間ではなく、いくらでも代わりはいる。これはどうしようもないことだし、見方を変えれば誰もがそうだとも言える。だから我慢出来る。

 しかし、僕と全く同じ存在が、もう一人いるという事実、これには耐えられない。それでは、僕がいなくなっても本当にプラスマイナスゼロになってしまう。価値が低い、ではなく価値が無いということだ。

 だから、僕は彼の存在を抹消する。彼の正体が何であれ、そうすることによって、僕は僕という存在を保つことが出来る。

 この考えはあるいは狂っているのかもしれないが、もう自分ではどうすることも出来なかった。

「そろそろ来るはずだ」

 いつもの時間に、いつもの四ツ辻に、何も知らない彼はやって来た。相変わらず僕と同じ顔をしている。だがそれも今日までだ。

「あれ?」

 直前に何か引っかかりを覚えたものの、既に身体は動き出していた。

 カバンからマグライトを取り出し、スイッチを押す。光で彼の目を眩ませてから、顔を思い切り殴り付けるつもりだった。

「くっ」

 目の前が真っ白になる。

 僕の手の中のマグライトは確かに相手を向いている。それなのにこちらの眼に光が当たる。

「はは、そういうことか」

 かざした手の下から、彼が手に黒い物を握りしめているのが薄っすら見える。


 何しろ、君は僕だからね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰でも一度は妄想したことのあるかも知れないテーマなのに、しっかりとしたストーリーに仕立てられていて、良かったです。そして意外な結末も。 [気になる点] スマホの時代に四ツ辻という古風な言い…
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