撫子猫
晴天が続いている空から陽が、
カーテンを閉めた窓から小さく細く差し込む中、
甘く切ない吐息と声が二つ、
甘く柔らかな声、
切なく苦しそうな声。
暗がりの小さな部屋の中に小さく、けれど多く漂う。
一定の間隔を持って刻まれる軋んだ音。
焦がれるような互いを求める切ない息遣い。
甘く艶めいた身体が互いの肌を汗ばませながら、
肌の色が病的に白い少年の上に跨ってゆるやかに動く、動く。
暫くすると少年は苦しそうに息を吐き出して眠りに落ちた。
しばらく少年の様子を眺めていた撫子猫は、
太陽の灯が沈んだ頃、静かに歩き出して少年の家を後にする。
人里から隔離された高さのある家。
撫子猫は慣れたように石造りの階段を身軽そうに飛び超えて、
寂れた丘を下り、木々の手入れがされていない山を抜けて、
その先にある大きな丸太をするりと交わし、
――やがて街路へと辿り着いた。
撫子猫に時間や、決まりごとは無い。
唯、依頼が入れば処理するだけ。
依頼が終わった撫子猫を縛るものは何も無いし誰も居ない。
――街路を進みいくつもの家々を通り過ぎて、
路地裏を進んで行った先に彼女の住処は在る。
現に先程まで居た場所は、
街の人間は誰も近づくことは無い場所で、
――彼女の住処は外観見ても古びた建物だが、
その物自体は館のように大きく建っている。
街から隔離された家の中には忌み嫌われている子供が住んでいて、
何年も前から街全体で、居ないモノとして扱っている状態が続いていた。
もしくは国全体かもしれない。
故に。
依頼さえ有れば下色事やらなんでも処理する撫子猫は街の人間には重宝されていた。
といっても少年の件に関しては下色事以外に食事の世話等色々な事をしている。
もちろんその分の莫大な報酬を貰ってはいるけれど、
その報酬の出所は街の長ですら口を閉じて言いはしない。
そもそも何故撫子猫がこの街にいるのか、
なぜ下色事の依頼を受けるのか、
街の人はまったくもってその理由を知らない。
ただいつの間にか居た。
そんな彼女は街の声を知ってか知らずか、
ころころと変わる街の依頼と代わることの無い、いつもと同じ依頼を繰り返す。
そんな誰しも穏やかで同じような日々が続いていたのだが、
ある土砂降りの雨が降る日の事、
撫子猫は街の人間に何も告げること無く街から姿を消した。
それから撫子猫の行方は知れず、
何故居なくなったのかという理由に辿り着くものは居なかった。
その後に残ったのは、主人を失った二つの家と
衰退していく街の姿。