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INSIDE CLAUDIA  作者: 雨音ナギ
第一章 四元素術師とアルトゥーロ
9/24

08:氷壁の洞窟

「成る程。そういう事ね」


 ミリアは風属性の飛行魔術を行使しながら軽く頷く。

 全て聴き終えた彼女はそりゃ大変な事だね、と告げながら飛行スピードを上げた。


「一般人が居るとなれば、貴方が焦るのも無理ないね。役人が失態を犯せば、叩かれるのは目に見えてるし」


 軽口を叩く様に見える彼女の声音は実際の所、重かった。

 仮にもある組織を率いている彼が一般人の救出が間に合わなかったとなれば、世間からの批判は間違いなく大きい。


「私は別に自分の身分が落ちようとも構わないが、彼の素養を欲しがる者は少なくない。野放しにしていれば、いずれ彼は裏の世界へと落ちる可能性がある」

「そのシオンって子はそんなに凄かったの?」


 ああ、と彼は返事をしながら、上空から森を見渡す。

 空も霧で覆われていたが、地上寄りの高さで高速飛行の術を利用しているので舵取りさえ気を付けておけば大丈夫だろう。

 もしぶつかったとしても風の結界が彼らを包んでいるため衝撃で怪我をするという事はまずないはずだ。

 彼が色々と思考している内にも辺りの景色は徐々に奥深くにまで進んで変わっていく。

 見慣れた緑の木の列から、透き通る水晶と氷の塊が並ぶ極寒の世界へと入っていった。

 ある程度の温度が保たれている風の結界の中では寒さは感じないが、恐らく外は真冬の季節並の寒さになっているだろう。

 彼らはある洞窟が見えてくると徐々にスピードを落とし、魔術を解除した。


「さっむ!通りで白狼が好む環境なわけだ」


 緩く巻かれた桃色の髪を揺らしながらミリアは火属性の魔術を唱えた。

 火種を宙に浮かせながら肩掛け鞄から取り出したランプの容器にそれを灯すと二人の周囲の温度は僅かに上がる。

 彼女はランプを地面に下ろすと綺麗に小さく畳まれた二つの服を取り出した。

 まるで洗濯物を干すかのようにそれを振ると一枚の服が彼らの前に広げられる。


「まさか此処で冒険者御用達の防寒グッズを使うとは思わなかったわ」


 セドリックにも手渡しながら彼女は広げられた服に袖を通す。

 ミリアのリュックサックの中には冒険者が万が一の時のために備えているグッズが入っている。

 その中の一つが魔術でコーティングされている防寒着だった。

 流石に魔物の毛皮に比べると寒さ対策としての物は桁違いであり、極寒の地と言われている北部では通用しないかもしれないが、此処で寒さを凌ぐには十分である。

 暖かさが二人を包む中、着た服を綺麗に整えた二人は少し離れた所にある洞窟の入口を見据えた。

 温度が低いせいか氷の塊が多く存在し地面には雪が薄っすらと積もっている。

 滑らないように二人は気をつけながら、入口の部分へ近づいた。


「最初からこうしておけばもっと早く着いたんじゃない?」


 はぁ、とミリアは大きく息を吐いた。

 二人は今、大きな青色の壁に囲まれた洞窟の前に佇んでいた。

 目の前にある洞窟は氷壁(ひょうへき)の洞窟と名付けられたダンジョンであり、森の中に存在する複数のダンジョンの中では最高の難易度を誇る。

 この洞窟を抜ければ、寒さから一転、暖かく美しい場所があり、一般では手に入らない珍しい野草や果物が手に入る場所があるという噂だが、上位狩り者達もそう多くは踏み入れない場所であるためかその真偽は定かではない。

 唯一、ダンジョンを突破したある上位探索者からはまさに自然の楽園と言わしめる程、綺麗な場所であるらしいが、その難易度故に踏み入る人数が限られてしまうため、まだその場所の全ての生体系は解明されていない。

 四元素術師としての統括を行いながらトップクラスの討伐実績を持つセドリックの実力と双璧の魔術師として名高いミリアの魔術力が無ければ、この場所へ踏み入ろうとは考えないだろう。


「お前は確かに戦闘経験豊富だが……。今回現れた相手は死神だ。油断するなよ」

「分かってるって」


 彼女は腰に掛けてあった鞘に手を掛けて小さく揺らした。

 ミリア自身は通常の魔術師であるが、彼女はそれを翻す(すべ)を持っている。

 彼女の双璧の魔術師としての二つの呼び名は伊達な物ではないのだ。


「多分、私にとって危ない可能性があるのは都市部の繁華街ぐらいなもんよ」


 ミリアがそう言ったのは彼女の容姿があまりにも若すぎる為である。

 端正な顔立ちに大人の色気が付くか付かないかの年頃の女の子の姿である彼女は街中では様々な危険が待ち構えていたりするのだ。

 彼女の冗談交じりの言葉にセドリックは僅かに笑いを零しながらも二人は洞窟へと入っていった。


 ◇◆◇


「本当、結晶が細分化されて幻想的な世界よね」


 足を滑らさないよう二人はゆっくりと進めながら洞窟の奥を目指していた。

 キラキラと輝く洞窟の内部は彼らが吐く白い息と伴って、別次元の世界へと(いざな)っているように思える。

 やはり森の最深部に存在するダンジョンなだけあって内部に有る物は通常では手に入らない花や物が多く存在していた。

 状況が状況で無ければ、ミリアは持っていた肩掛け鞄の中に多く詰め込んで帰っていただろう。

 それをしなかったのはいつ現れるか分からない敵に対して持ち前の身軽さと体術を駆使する事が出来なくなる可能性があったからだ。

 彼女の歩幅に合わせながら隣に居たセドリックは同調の意を示す。


「此処まで綺麗なのも珍しいな」


 彼はそれを言うと暫くの間沈黙していたが、先程の自身の発言に何かを思い当たったのか、歩いていた足を止めた。

 急に止まった足音にミリアは振り返り怪訝そうな表情を浮かべている。


「どうかしたの?」

「逆だ。綺麗すぎておかしい」


 彼は辺りを見渡すと地面の方に視線を向けた。

 反射された結晶の塊が彼らの姿を映し出しているが、雪が積もった地面には二人の足跡しか残っていない。


「周りには魔物も居るはずだ。獣道が無いのも変な話じゃないか?」

「確かに……。雪に埋もれて消えた可能性はあるけど、長年同じ道を作り出していたのであればそれなりの跡は残っているはずだよね」


 それにさ、とミリアは言って白銀の世界をぐるりと見渡す。

 彼女は近くにあった結晶の欠片を弄びながら彼に呟いた。


「此処、魔物居ないんじゃないのかな」

「お前もそう思うか」

「うん。ダンジョンの中としては気配がなさ過ぎる」


 森の中の最難関ダンジョンとして有名であるこの場所で魔物が居ないというのは異常な事だ。

 気配に気が付いていないという可能性も否定は出来ないが、それでも魔術と四元素術に堪能な二人が見落とすとは考えにくい。

 実際にミリアが探索魔術を利用して気配を探ったがそれらしい気配は見つかる事は無かった。

 となれば、そもそも此処に魔物が存在しないという答えしか導き出せないだろう。

 しかしその事実は彼らにとって違和感を残さざる得ない。


「最後にこのダンジョンを踏破した奴は居るか?」

「えーっと、確か、一年半前ぐらいだったかな。クラエス・フルメリっていう上級冒険者がチームを組んで入ったって話だった。虹色の茸に青龍(せいりゅう)の鱗、雪月草(せつげつそう)とかいう薬草などの希少価値の高い物を持って帰って来たらしいね」


 私はその物を直に見てないけどね、と彼女は付け加える。

 ミリアは一応、セドリックの死神討伐としての仕事も行っているが、小遣い稼ぎとしてアイテムの売買も仲介役として行っている。

 その縁で彼女は様々なギルドグループとの繋がりが多く、人脈もそれなりに広い。

 情報も仕入れることも多々あり、ギルド本部で流れていない裏の情報も知っていたりするのだ。

 クラエス・フルメリは冒険者として名高い男性である。

 武術の腕も立ち、魔術にも秀でており、そのあまりの優秀さにある貴族が彼を引き抜こうと翻弄したとの噂もある。

 彼は特定のグループを組まず、基本的に一人で出かける方が多かったが、七つの最難関ダンションの一つである氷壁の洞窟に関しては彼一人ではどうにもならなかったようで、信頼出来ると判断した者だけを引き連れて此処へ訪れたそうだ。

 彼らが訪れて以降、ダンジョン踏破を目指す者はおらず、大半は森に入っても中心部までで引き返していた。

 それが分かるのはギルドが登録制度を取っているからであり、森の出入口には門番が立っている。

 特殊な魔術によって作られた登録証書を入り口付近に設置してある装置にかざすと戻ってきたかどうか分かる仕組みになっているのだ。

 今回も入る前にギルド本部に問い合わせたが、消息不明の冒険者や狩り者はこのダンジョンには居ないとの事だった。


 (少なくとも一年半前にはドラゴン級の魔物が居た。じゃあ何故、全くと言っていいほどいなくなったんだ?)


 魔物がいなくなったのは何らかの理由があるはずだ。

 そもそも、何故、この洞窟の中で雪や結晶が存在しているのかすら、未だに研究中であるが、一説の中には洞窟全体に込められた魔力が何らかの反動で作用し、雪や結晶を生み出しているのではないか、という話がある。

 一般的な学説に準ずれば、雪は不定期に現れて地面に薄っすらと雪化粧を作っているという事になる。

 一年半という時間が経過していたとしても、此処で青龍を討伐したのであれば、何処かにその痕跡が残っているはずなのだ。

 不定期に生み出される魔力反応による雪は直ぐに積もってしまうだろうが、壁はそう簡単には修復できない。

 龍を倒すにはそれなりの攻撃手段があり、どちらも激しい攻防を受けているはずだ。

 彼はそう思い、壁の方に視線を向けた瞬間、僅かに目を細めた。


「この結晶、均等に設置されているように見えないか」


 セドリックはミリアに見えるよう複数の結晶の塊を指す。

 塊の大きさはまちまちで周囲に溶けこむようランダムに配置されているように見えるが、その置き方に法則性があったのだ。


「私から見て、前後に大きい塊が三つずつ。左右に二つずつ。この配置、もしかして――」


 セドリックは自身の知識の中からある方式を思い出していた。

 ミリアも小さく声を上げて、彼が言おうとしている事実に気がついた。


「この配置は召喚魔術の方式だね。十字に沿って代償の物を置いて呼び出す手法の方か」


 でも、これは通常の召喚魔術形式じゃないね、と彼女は告げる。

 召喚魔術とはその名の通り、様々な物を召喚出来るようにする魔術である。

 魔術の発動方法としては複数の派生系が存在するが、広く使われているのが、この十字方式である。

 この方式では中心に術者を置くと仮定した後、前後左右に代償として利用できる物を置いて発動させるのだ。

 ただし、その置く物は魔力が込められている何かではないといけないというルールがある。

 大体、魔力の込められた物は早々出回る事は無いので、術者自身の血液で代用する事が殆どだが、この場合は魔力の現象で作られた結晶を置いて作られている様だった。

 通常ならば、魔物を呼び出して使役したりするが、応用次第では様々な事が出来る様になる。

 具体的な応用例としては特定の場所への移送が挙げられ、同じ召喚魔術の術式で結び合っていれば、簡単な転移魔術として利用することも出来るのだ。

 この事例では恐らく後者だろう。魔物が発現した痕跡も無いからだ。


「此処に来る者は殆ど狩り者達だ。召喚魔術なんて専門的にやってる人物なんてそう多くはない。だから、彼らは今まで気が付かなかったのだろう」

「まあ、日常とかけ離れたこの中に目を奪われて気がつくどころじゃないと思うし」


 現にさっきまで私も気が付かなかった、と彼女は零す。

 絶妙な加減で上手く交わらせてあるのだ。これを作った魔術師のセンスは高いと言えるだろう。


「それにこの先は行き止まりみたいだね。岩で道が塞がれている」


 ミリアは手招きをする様に手を挙げると彼を誘導させる。

 曲がり角の先にあった二つに分かれていたと思われる道は何らかの影響で洞窟の一部が崩れ、先へ進めなくなっていた。


「先に進めないのならば、見つけた道を使って通るしか無いだろうな」


 彼らの最終目的は死神の討伐と紫苑の捜索である。このダンジョンの踏破ではない。

 セドリックの意見に賛成、とミリアは言うと先ほどの場所へと戻り、術式の中心部に立った。

 彼も彼女に倣い、同じ位置へと付く。彼女は自身の魔力を高めながら召喚魔術に関する理を紡ぐ。

 全てを言い終わるのと同時に魔術は発動し、彼らの姿は一瞬にして消え失せてしまったのだった。


 ◇◆◇


 次にセドリック達が目を開けた瞬間、予想もしない出来事が待ち構えていた。

 一匹の魔物が威嚇しながら、二人に襲いかかって来たのだ。

 幸いにも彼女が転移前に防御魔術を展開していたおかげで、噛み付いてきた魔物は弾かれた反動で後退する。

 現れた敵に二人は驚きながらもそれぞれの言葉を口にしていた。


「おおう、これは化け猫ちゃんか」

豹猫(ひょうねこ)がなんでこんな場所にいるんだ」


 制御をしていたミリアが結界を解除し、それぞれに武器を構えながら二人は目の前にいる敵を見据える。

 豹猫(ひょうねこ)は白狼よりも小さく、一般的な中型犬と同じぐらいのサイズの魔物である。

 猫のような柔軟性と豹の様な毛並みを持つ事でこの名が付けられたそうだ。

 白狼のように多くの魔術は行使しないが、それでも足払い程度の初級魔術は使って来る。

 豹猫の中で一番怖いのが、牙である。牙には毒があり、噛まれた後、早急に病院へ行かなければ生命を脅かす。

 回復魔術すら効かず、自然開発で作った専用の薬でないと毒を打ち消すことが出来ない。

 対処法さえ間違えなければ手強い訳ではないが、十分討伐するには気を付けなければならない相手だろう。

 今回は土属性にも効く魔物のタイプであるため、彼も十分に戦力となり得るが彼らは目の前の敵以外の気配も多く感じ取っていた。

 彼らは忙しなく動く背後の影を目で追いながら、臨戦態勢に入る。


「十、二十……。いや、もっとか」

「こりゃ、下手すりゃ三十以上いるんじゃないの」


 彼らの言葉の通り、豹猫を中心に集まってきた魔物は約五十匹程。

 大小問わず、それぞれのシルエットを映しながら、二人の方へと睨みつけていた。

 どれも一筋縄ではいかない魔物だ、とセドリックは考えていると隣にいたミリアはふと何かを思い出した様に表情を一変させる。


「ねぇ、この魔物達、氷壁の洞窟に出てくる種類と同じじゃない?」


 基本的に氷壁の洞窟に出てくる魔物達の属性の大半は水・氷属性が殆どだ。

 此処に集まっている魔物達の属性はどちらの条件にも当てはまる。

 しかし、何故、彼らがこの場所に居るのかが理解できなかった。

 そもそも、この草むらの様な場所と氷壁の洞窟では環境が違いすぎる。これだけ違う環境の中で魔物達は生き抜けるのだろうか?

 答えとしてはそれはノーである。属性によって主食となる物も違う為、環境が変われば、それだけ生きていくには厳しい場所と化すのだ。

 一通り見る限り、魔物達に疲弊した様子はない。寧ろ、力は有り余っていると言えるだろう。


「此処を抜けるには倒すしか無さそうね」


 幾ら有能な二人であるとは言え、無傷のまま駆け抜けるのは流石に不可能だ。

 一体ずつ戦闘不能にしていき、此処から先に見える建物へ向かうのが一番手っ取り早いだろう。


「さて、ちょっと通してもらおうかね――!」


 彼らはそれぞれに魔術と四元素を行使しながら、目の前にいる敵へと走り始めた。

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