07:助っ人
歩き始めて一時間が経っただろうか。
セドリックは通常魔術が使えない為、森の中へと入った後は徒歩での捜索を余儀なくされていた。
彼は襲ってくる魔物を次々と切り倒し、地に伏せさせる。
此処まで来る間、かなりの敵を倒したが、それでも刃はこぼれ一つ無く、鈍く輝いていた。
(やはり、ある程度の魔力が込められていたらそれだけ消耗する力も少ないのか)
魔力によって生成された特定の四元素は有限である。
一定の回数以上を使えばそれだけのダメージを受けるのは必須であるが、この土地特有の魔力物質のおかげである程度の強度は保たれているらしい。
実際に彼が具現化を行ってこの剣を作って以降、彼はあまり魔力を消費していなかった。
(入口で作ったのは正解……だったかもな!)
現れた下級魔物であるゴブリンを躊躇なく彼は切り倒す。
彼も昔は狩り者として生活を行っていた時期がある。
と言っても、パーティをサポートするサブメンバーの位置づけであったため、実際に一人で魔物を討伐のは数えるほどしか無い。
特にこの森に関してはサポート目的で何回か足を踏み入れているため、森に対する恐怖感というものは薄いが流石に奥の方までは行ったことはない。
現在、森の中心部を半分過ぎた所であり、時折、コンパスを用いて方角を確認しているが、辺りに広がる霧のせいで中々先に進まない。
(木を使って気配を調べる方法もあるけど、これだけ広いと魔力の消耗も激しいだろうしな……)
土属性を持っている彼は木を使った探索方法も行える。
自分の魔力を木の生命力と同調し、周りに広がる魔力との差により、探知を行う方法だ。
ただ、これには少しばかり欠点がある。
狭い場所ではとても有効な方法なのだが、余りにも範囲が広いとそれだけ魔力の消費量も増えてしまい、効率の良い捜索が出来ない。
どこまで先が続くかも分からないのに無作為にこの方法を使うわけにはいかず、彼はコンパスでの方角確認という古典的な方法を取るしか無かったのだ。
(奥は霧に包まれているんだな。初めて知った)
冒険初心者や見習い魔術師は山奥へ入らない方が良いと言われている理由の一番は霧であった。
霧は先が見通せないため、方向を見失いやすい。
慣れた者であれば、太陽の陰影により、方角の判断が付くため、行き帰りが可能だが、それでも数年に一度は悪天候による遭難があったりするのだ。
彼が昔見た狩り者用ガイドブックの中には森の奥には貴重な果実や魔物が眠っていると書かれてあったが、最深部まで来る者は上位ランクに属する十五パーセントの狩り者達ばかりなのでよくわからないのが現状だ。
上位の者になるとギルドでの情報交換よりも同じランクの者同士でのやり取りの方が主流となってくる。
一応、討伐した魔物の情報などはギルドの方へ受け渡す義務があるが、それでもあまり多くの情報は流れてこない。
よって、強い魔物を倒そうとなれば、強い狩り者と共に過ごすのが一番である。
中位の者達はこぞって上位ランクの者達と組めるよう様々な苦労が重ねられているのだ。
彼はぬかるみに足を取られないよう、慎重に歩みを進めていると辺りから何らかの気配を感じた。
下級魔物とは違う、鳥肌が立つようなこの感覚。間違いなく、今までの物よりも強い魔物の物だった。
来る、と彼が思って剣を抜いて回避するのと同時に森の中から一つの魔物が大きな鳴き声を上げながら現れた。
(白狼か……!)
白狼の図体は彼よりも大きく、最大で全長二メートルにも及ぶ。
属性としては氷属性を持ち、鋭い爪で狩り者達を襲ってくるのが特徴だ。
また下級魔術を利用できる事も知られており、その属性の全ては水と氷である。
知性は野生の魔物とほぼ同じであり、エルフ達の様に説得して退散するという真似は出来ない。
となれば、此処で逃げるか、倒して先に進むしか道はないだろうが、彼は目の前の敵に少しばかり焦りを感じ始めていた。
(白狼は土属性は効かないんだっけか)
僅かながらに覚えていた魔物図鑑の知識を引き出しながら、彼は白狼を睨みつけた。
彼自身は死神専門であるため、有名な魔物しか知らないが、その中でも白狼は中級ランクでも上位に属する魔物である。
白狼の毛はあらゆる魔術の力を低減させる事で有名であり、弱点である火属性の魔術を使わなければまともに攻撃を与えることも難しいが、討伐を成功し、毛皮が手に入れば、一般市場でもギルド専門市場でも高価な値段で取引される。
火属性に特化した魔術師を連れておいてフェイントを仕掛けた攻撃のタイミングを合わせれば、倒す事もそう難しくはないが、生憎、セドリックが持っている属性は土属性のみである。
詠唱がない分、攻撃だけを与え続ける事は可能であるが、かなり気の遠くなる作業である。
自分の魔力が尽きるか、相手を倒すかのどちらかだ。此処で賭けを行うには厳しい状況だろう。
(とりあえず……。此処は時間を稼ぐしか無いな)
彼は剣の強化を行い、爪に対する攻撃を避けて行きながら、意識を周りにある木へと集中させる。
巻き付いていた蔓はセドリックの力と同調し、白狼の方へと向かうが、あと一歩の所で岩を飛び越え避けてしまう。
(捕らえるだけでも違うんだけどな。ならこれはどうだ!)
即座に彼は地面にトラップを作り出す。
蔓の根で出来た即席の罠は一度捕らえられたら離さない代物であり、死神討伐でも良く利用している物だったが、白狼は罠に掛かるどころかその大きな罠を飛び越えてしまう。
白狼の飛躍力が高い事は知っていたが、まさか此処までだとは思っていなかった。
死神を相手にした方がマシだ、と感じたのは初めてかもしれない。いつも、狩り者達はこんな速さの魔物を相手にし続けているのか。
彼はそんな事を考えながら、魔物に対しての対処法をあまり多く学んでいなかった事を激しく後悔していた。
逆にセドリックの攻撃が仇となり、白狼に至っては先程よりも怒りに満ちた様子で今にも襲いかかってきそうだ。
(これは流石にまずい)
やはり誰か一人でも魔術師を連れてくればよかったかと彼は募らせて後ろへ走りだそうとした瞬間。
霧の中へ向けられた大きな炎の雨が白狼に向けて降ってきた。
炎を浴びた白狼はセドリックを睨みつけていた表情を一変させ、苦しみに紛れて体を動かしている。
次にセドリックが振り向いた時、一人の女性が手を出して、大丈夫ですか、と声を掛ける姿が目に入った。
肩まで伸びる緩く巻かれた桃色の髪は霧の中でも僅かに靡き、まるで人形のような可愛らしい顔立ちであったが、来ている服装は一般の者とは違う物だった。
彼女が着ていた服は革鎧と紺色に染まった七分丈のパンツといった、騎士タイプの服装であったが、彼女の容姿と合わせてもそこまで不自然な物とならない。
小柄な冒険者とでも言えば、普通に通ってしまうぐらいのそんな服装だったのだ。
しかし、彼女の容姿はとんでもなく若く、一般的にみれば十二、三歳といった所だろう。
通常ならば、この様な少女がこの場所にいるのかを追求すべきなのだが、セドリックは違った。彼女の事を知っているからだ。
甘ったるい声を掛けられた彼は、すまない、と言って肩についた土埃を払う。
「単独で行動するなんて貴方らしくない。どうして私を信用してくれなかったの?」
白と金色の長剣を持つ彼女の姿はまるでお伽噺に出てくる程美しく、優雅な出で立ちである。
彼女は目の前の敵に追い打ちを掛けるかのように更に魔術を繰り出した。
複数個の火の玉が生み出され、そのまま魔獣に向かって直撃をする。
巨大な爆発音と共に目の前の視界は更に悪くなったが、次に彼らが見た時には既に息絶えた魔獣の姿が目に入った。
「これで大丈夫でしょ。セドリックも無事で良かった」
「君が来てくれて助かったよ。ミリア」
桃色の髪の少女、ミリア・ウェールズは大きく息を吐くと周りの景色を見渡した。
どうやら、白狼を打ち倒した事により、他の下級魔物は恐怖感を感じ、姿をくらましたようだ。
これから先へ進む彼らにとって、この状況は寧ろ、好都合だろう。
「さて、死神が現れたっていうから来たけど、なんで白狼と対峙してたの?」
「いや、突然現れたから……」
「セドリックだけじゃ勝ち目無いんだし早く逃げれば良かったのに」
彼女の正論な意見にセドリックは押し黙ってしまう。
確かに土属性を持っている彼ならば、目眩ましぐらいは出来たかもしれない。
やはり、まだまだ魔物に対しての実戦経験は足りないな、と彼は痛感すると溜息を零した。
「……まあ、バーニスが見つからないから焦ってるのかもしれないけど、今は出来る事をやろうよ。彼女だってあっさり倒されるほどの力の持ち主じゃないんだしさ」
ミリアとセドリックの付き合いは長い。
相手の想いなど、目をみれば直ぐに分かるほどの強い繋がりを持っているのだ。
勿論、これは彼だけではない。同じく、彼の元で働いているバーニスに関しても同じ事が言える。
彼女は今回のセドリックの行動には不可解を隠せなかった。
たまたま、隣町で買い付けを行っていた彼女は、持っていた無線内容を聞いてそのまま飛行魔術を利用して来た。
森の入口で他の警備隊員からセドリックが中に入ったことを受けて、高速飛行の術を使って此処まで辿り着いたのだ。
尤も、彼女の容姿を見て驚いた警備隊員からは内部に入る事を止められ、強行突破で此処まで来たのは内緒の話だ。
ミリアの言葉にセドリックは納得しながら、地面に置いた剣を持ち直して再び言葉を紡ぎ始めた。
「確かにバーニスの件もあるが、今回は一般人も連れ去られたんだよ。あいつだけなら問題ないが、あの子も一緒ならかなり危ない状況になっているだろう」
「一般人が連れ去られたって……どうして」
「まあ、話せば長い。行く先で説明しよう。今は時間が惜しい」
セドリックの言葉に彼女は分かったわ、と返事をして背を向けた。
彼も剣の調整を行って持ち直すと彼らは死神が現れたとされる最深部の方へと歩き始めたのだった。