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INSIDE CLAUDIA  作者: 雨音ナギ
第一章 四元素術師とアルトゥーロ
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06:混乱

「第一部隊は住民へ外出禁止令を、第二部隊は援護しろ!」


 死神が現れたという場所は街の中心部から離れた山林の部分だった。

 此処は通称・魔窟の森と呼ばれ、魔物も多数存在し、狩り者達も素材集めのために良く訪れる場所である。

 だが、魔物と言ってもそう強くはなく、装備さえきちんと整えれば奥まで行かない限り冒険初心者が一人で行って帰るのはそう難しい事ではない。

 ただし、奥深くにはそれなりに強い魔物も存在しているため、ある程度の熟練した技を持った上級者で無ければ危険だ。

 それ以外の事実を除けば、狩り者達にとっては格好の場所であり、国に存在する七つの迷宮ダンジョンの中でも頻繁に出入りが行われている場所であった。


 狩り者のサポートを中心に設立された討伐組合(ギルド)が厳重に管理されているこの土地で、死神が現れた事実にセドリックは驚きを隠せなかった。

 通報を行ったのは上位ランクに属する六人組の狩り者グループであり、見つけた瞬間、彼は回避行動を取り、こちらの入り口まで逃げ帰ってきたらしい。

 死神に有効な煙幕を持っていたことが不幸中の幸いだろう。誰一人怪我は無かったようだ。

 警備隊の事情聴取と救急隊の手当てを行う姿を遠くから見ながら、彼は目の前にある森を見据える。

 森の風景はいつもと同じ様に見えるが、外部の者によって空気が少し淀んでいるように思えた。


(魔力の余波のせいか)


 外部からの何らかの刺激が加わると辺りの雰囲気や空気が変わる事がある。

 それは良い意味でも悪い意味でも人間に影響する事が殆どだ。

 今回のケースでは後者だろう。澄んではない空気の重たさがそれを物語っている。


「遅くなりました、セドリックさん」


 風属性の魔術を使ってやって来たのだろう。

 彼の補佐官であるミルヴァは小走りにセドリックの元へとやってきたが、彼は怪訝そうに眉を潜める。

 部下のミルヴァには紫苑の監視命令を出していたはずだ。


「お前、あのシオンって子はどうした」

「いえ、警備隊が人出が足りないのでこちらに来てくれ、という要請を受けまして。大丈夫です。防御魔術と結界魔術を利用してますから、そう簡単には破れないでしょう」


 確かに上位魔術師としての実力も申し分ないミルヴァならば、少しぐらいの魔術師程度なら簡単に動きを封じる事が出来る。

 ましてや一般人となるとその効果は絶大だろう。だが、セドリックだけはこの状況に置いて嫌な予感を走らせていた。

 それが的中したのはミルヴァが全てを話し終えた後だった。警備隊全ての通信術式から緊急信号が発せられたのだ。


『こちら、シャル支部。第二号館の一部に突然の襲来者あり。複数の会議室が狙われ、ある一室では結界魔術が破られています。至急、こちらにも応援を頼みます。繰り返します――』


 その言葉にセドリックは思わずめまいを感じながらも、隣にいたミルヴァの肩を強く掴んだ。

 まさか彼もそうなるとは思っていなかったのだろう。顔面蒼白の表情からはまるで生気が無くなっている。


「どういう事だ!私は見張れと言ったはずだろ!」

「す、すみませ……」

「お前は今すぐシャル支部に戻れ!大至急だ!」


 彼の部下は上ずった声を出しながら再び風属性の魔術を使い、空を駆け抜けていく。

 現場から、警備隊まではそう遠くはないが一刻を争う。直ぐに紫苑の様子を確認するべきだと感じていたのだ。


(まさか、これって……)


 最初から紫苑が狙いだったのか?

 彼は流れる通信を聞き取りながら、頭の中で駆け巡る事案を考える。

 死神という者を出現させ、警備隊内部を手薄にさせた後であれば、彼を連れて行くのは難しくはないだろう。

 一応、その仮説だと筋道は通るが、一部分からないことがある。

 紫苑を狙った理由とどうやって死神をこの森へと出現させたかだ。

 彼の姿を見たとなれば、あの時の野次馬連中ぐらいしか居ないだろうが、少なくともあの時、セドリックが殺気を感じ取るほどの人物は居なかった。


(黙って考えていても仕方が無いな)


 直ぐに彼は近くにいた警備隊員に少し離れるよう告げると右手に魔力を込めた。

 地面から大きな剣が取り出され、彼の持ち手に合わせるように形状を変える。

 目の前に現れた大剣を周囲の警備隊員達は興味深そうに息を飲んでただ黙って佇んでいる。

 それは四元素術師が少ない分、目にできる機会も必然的に少なくなり、彼らにとっては珍しく感じてしまうのだろう。


 セドリックの身長ほどある茶色の大剣は重たそうに見えるが、材質は土で出来ているためとても軽く、強度はそこらの剣とは比べ物にならないぐらいの物となっていた。

 それに加えて森の土を原料にして具現化した為、多少の魔力も入っている。

 下級魔物ぐらいであれば、この剣だけで十分に追い払うことが出来るだろう。

 彼は軽く一振りすると目の前にある森の入り口に視線を向けながら、周りに居た警備隊員達に言った。


「君達はこちらに待機してくれ。万が一ということもあるからな。大丈夫、私はそこまで柔な場数は踏んでいない」


 本来ならば、警備隊と連携して突入するべきなのだろうが、相手は一筋縄ではいかない死神である。

 死神は四元素術師が持つ特殊な魔力でしか打ちのめす事が出来ない。

 様々な研究の結果、魔術師と四元素術師の魔力の形質が違っている事がわかったのはほんの十数年前の話だ。

 それ以上の理由については未だに分かっては居ないが、この場で間違いなく言える事は通常の魔術師では対処出来ない以上、行っても足手まといでしかならないという事だ。

 この場にも臨時派遣された警備隊直属の国家魔術師は何人かいるが、死神に対抗できる四元素術師としての適性を持っていない以上、戦いに身を投じる事は出来ない。

 それを分かっていた国家魔術師達はセドリックの姿を見ても止める事は出来ない。本人もそれは十分に承知の上で、単身での突入を決めたのだ。

 応援を頼むぞ、と彼は近くの職員に声を掛けるとそのまま森の中へと入っていったのだった。


 ◇◆◇


「……っ」


 紫苑は体に鈍い痛みを覚えながら目を覚ました。

 地下にある何処かの部屋だろう。監獄を思わせる暗い部屋は湿っぽさとかび臭さが残り、薄気味悪い。

 まるで外部と遮断されているかのように日の光は無く、地面を照らし出しているのは外に掛けられた小さなランプ一つだけだ。


「目が覚めたか?」


 背後から聞こえた声に紫苑は振り返るとその姿に思わず息を飲んだ。

 間違いない。彼がこの世界に来る直前に見たあの女性だった。

 あの時は本当の暗闇であった為、顔を良く見ることは出来なかったが、僅かに明かりが照らされているこの場所中では彼女の姿を見通す事が出来る。

 綺麗に靡く赤髪と黒のコートから見える褐色の肌からは擦り傷が見え隠れしており、実際の彼女は彼が最後に見た時よりも疲弊している様子であった。

 それでも彼女は口調を変えず、紫苑に向かって言葉を続けた。


「なんだ、どっかで見たと思ったら、君だったのか」

「貴方はどうして此処に?」


 彼女の方も見覚えがあるらしく、紫苑は自身の名を告げて自己紹介を行う。

 赤髪の女性も自らの名を告げるのと共に今までの経緯を簡単に説明し始めた。

 赤髪の女性、バーニス・ダニエルソンは自分の上司から受けた死神討伐依頼を元にし、この地を駆け巡っていた。

 目標者(ターゲット)である死神を見つけた後、死神が生み出す特有の空間から彼の世界へとやってきたらしい。

 近くで死神の反応を感じ取った彼女が乗り込んだ時には既に切迫した状況であった。

 それを打開するために彼女は攻撃を行った途端、新たに生み出された空間に巻き込まれた後、紫苑が居た場所とは異なる所についたらしいが、それが彼女がこうなっている原因の一つらしい。


「まさか、召獣使いに捕まるとは思わなかったよ。それもかなり凶悪なね」


 召獣使いとはその名の通り、召喚獣を使役して使う者の俗称であり、一般的には魔術師の中の一つの職種として分類される。

 使役する召獣は様々であり、下は小動物から上はドラゴンまでを使役する者がいるが、その絶対数は少なく、四元素術師と同じ様に保護される対象となっている。

 そしてこの使役する方法として最もポピュラーなやり方としては召喚魔術による、別次元からの呼び出しであり、魔力が多いとそれだけたくさんの召獣を使い手として使役する事が出来るのだ。

 だが、これは一般論に関する合法的な召獣使いによるやり方であり、彼女を捕らえた召獣使いはそれよりも遥かに悪い方法で召獣を利用していた。


「呼び出した魔物に烙印の術式を埋め込んで、強制的に利用させる。これはこの国では違法行為だ。グレーなんてもんじゃない。真っ黒だ」


 魔物と聞くと危ないイメージを持つかもしれないが、全てがその様な者達ばかりではない。

 ドラゴンや精霊体に属するエルフの知能は人間よりも高く、交渉次第では大きな戦力を成り得るのだ。

 しかし、その道程は険しく、高いカリスマ性と交渉能力が無ければ、彼らを説得させるは愚か、逆に怒りを買って自分の命を危険に晒す可能性もある。

 召獣使いがあまりメジャーにならないのは、利用する魔力の消費量というよりも、彼らとのコミュニケーション能力が重要視されるからだろう。


「何をごちゃごちゃと話しているのです、バーニス嬢」


 彼女が一通り話終わった時、柵の外から男性の声が聞こえた。

 靴音を立てながらこちらの方へと向かってきており、彼らが顔を上げるとその男の表情は不満に満ちたものへと変化していた。


「私の名前を知っているのか」

「当然。国家組織にいる人間の情報は大体把握していますよ。じゃないと面倒ですからね」


 男性は濃い紫色の髪を揺らしながら、灰色の瞳で彼らの姿を見据える。

 ゆとりのある服を来ている彼からは余裕すら伺え、突き刺すような冷徹な表情を浮かべている男性の姿に紫苑は寒気を覚えた。

 何を企んでいるのか全く掴めないからだ。

 バーニスも同じ事を考えていた様で、男に対して厳しい目線を送りながら質問を行った。


「私はまだわかるが、こいつは関係ないだろう。解放しろ」

「それは困る。敵対者に対抗できる者は一人でも多く減らしたいですからね。貴方達がいると私の仕事に支障が出る」

「例の事件の犯人はお前か?」


 さあ、知りませんね、と男性は答えるが、その姿はどう見ても何かを知っている感じであった。

 あざ笑うかの態度に対して、バーニスは苛立ちを隠せない。


「絶対お前を監獄にぶち込んでやる」

「流石、様々な人外と対峙してるだけあって気は強いですな。少しばかりお仕置きが必要なようだ」


 男がそう言って一回指を弾いた途端、彼女の鳩尾に痛烈な痛みが襲った。

 余りの痛さに彼女は言葉を返せず、その場に呻いてしゃがみ込んでいる。

 彼女の苦しんでいる姿を見て、紫苑は駆け寄るが、その額には多くの汗が滲んでいた。

 数分間、その状態が起こった後、まるで何もなかったかのように鳩尾に掛かっていた力は消え、彼女は深く息を吐いた。


「いい力だ。流石、死神だ」

「死神……だと?」


 男性は手を軽く振るとそこには一人の者が立っていた。

 姿形は人間に似ているが、目は虚ろで血走っており、今にも彼らに襲いかかってきそうな雰囲気だ。

 バーニスは驚いた表情を浮かべ、息絶え絶えになりながら言葉を紡ぐ。


「死神を使役しているのか……!?」


 あり得ない、と彼女は呟く。

 死神は召獣では無い上に、使役出来るような者ではない。

 男性は付けていた青の指輪を撫でながら、面食らっている彼女達の姿を優雅に見据えた。


「世の中全てが魔術書通りに回っている訳ではないんですよ。そのぐらい勉強しておけばいいのに」


 吐き捨てるように男性は言うとまあ、いいと言って満足した表情を浮かべた。


「此処は私が作った隠れ家の中でも、まだ突破されていない研究施設だ。君達が立ち向かう事も外部から立ち入ることも難しいセキュリティとなっている。

 間違ってもそこの鉄格子を外そうなんて思うな?対四元素術師様に作った特製品だからな。勿論、通常魔術でも太刀打ち出来ない――」


 と、その時、外から大きな音が響いた。

 爆発音に近い音であり、誰かが攻撃用の魔術でも使ったのだろう。


「早速、来たか」


 薄っすらと聞こえる程度の音であったが、それでも様子を見に行くに越したことはないだろう。

 男性は隣にいた死神に、行くぞ、と呟くと、悔しそうにしている彼らに背を向けて、地下室の階段を登っていったのだった。

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