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INSIDE CLAUDIA  作者: 雨音ナギ
第一章 四元素術師とアルトゥーロ
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05:彼の思惑

「では、よろしく頼んだぞ」


 ドアの外へと出たセドリックは部下に一瞥するとそのまま玄関の方へと歩みを進めようとしたがその足を部下であるミルヴァが止める。

 訝しげに思い、彼はミルヴァの方を見るとその表情は不機嫌なものへと変わっていた。

 ミルヴァは周りに職員の姿が無いかと辺りを見渡して確認を行うとセドリックの耳元で小さく囁いた。


「どういうつもりですか」

「その質問の意味が良くわからないが?」


 目で笑うセドリックにミルヴァはより一層眉間に皺を寄せた。

 彼は超がつくほど真面目な人間であり、仕事もきっちりこなす。

 軽口を叩くような態度を示すセドリックだったが、彼の質問の意図には気付いていたがあえて誤魔化したのだ。

 根が真面目な彼の部下はその態度に溜息を零しながらも、再び彼に対して会話を続ける。


「私は即刻、中央庁へ彼を送るべきだと思いますが」

「容姿が珍しいから?それとも最初にこの国の言語が話せなかったからか?」

「勿論、彼は悪人には見えない。しかし、入国パスが無いという事実は拭いきれませんよ」


 アルトゥーロは魔術による複製技術が存在しており、入国パスもそれだけ厳重に作られている。

 不法入国はこの国の中でも第一級犯罪として扱われ、それだけ罪も重たく、余罪が重なれば、一生、刑務所から出られない生活を余儀なくされる。

 彼はそれだけの重罪を犯している為、即刻、刑事事件を扱う中央庁へと強制移送させるべきだとミルヴァは述べているのだ。


「それにこの事実を隠蔽したとなれば、貴方も私の首も只では済みません」

「だから、あの誓約書が要るんだろう?まあ、期限後に彼の答えを聞こうじゃないか。被疑者の意見陳述による拘束期間は三日間で間違いないだろう?」


 勿論、それはミルヴァも分かっている。

 国家試験を受けて入っている以上、一般知識や法学によるルールも全て抑えているからだ。

 法学によるルールを出されたのでは真面目なミルヴァもそれ以上は口答えできない。

 三日間だけですよ、とミルヴァは囁くとそのままドアの前で監視を続けた。

 その様子にセドリックは肩を竦めながら再び歩みを始める。


(真面目過ぎるのも少し困るなぁ)


 実はあの誓約書は用意していたものではない。

 近くにあった上質そうな紙を拝借し、彼が土属性の魔術によって適当に書き込んだものだった。

 だが、正式な紙で作った物ではないとは言え、きちんと効力は発生する。

 形式さえ同じであれば、例えバレたとしても、裁判では有利にはならずとも不利にはならないからだ。

 それに自分の務めている部署では、四元素術師が万年不足していた。

 人手不足の大きな要因としては国家試験を通って官庁で働くとなるとそれなりに知識が必要となるからだろう。

 それに彼は上の人間があまり好きではなかったのも彼に選ばせようとした一つの理由でもある。


(上は四元素術師をただの魔術師の様にしか扱ってない。あいつらを倒せるのは四元素術師しか居ないのに)


 此処数十年、彼らが敵対視している人外、死神と呼ばれる者に襲われる件数は軒並み増えているが、四元素術が使える術師の数は減ってきている。

 原因は他国との小競り合いであり、上層部は呪文が不要であり、即座に攻撃を返せる四元素術師を大きな戦力としているからだ。

 戦場に立たされた四元素術師の数は年々増えつつ有り、それに伴い、彼がいる部署も万年人出不足に陥っている。

 流石に上も危機感を感じて来ているらしいが、もう既に遅く、年に十人以上生まれたらいい程度の貴重な四元素使いは自らの力を伏せて、身を隠してひっそりと過ごしている事が多くなっていた。

 先日、四元素術師に対する中央庁の特別な保護プランを打ち立てたが、金額に対するその兼ね合いは取れていない。


(まあ、決めるのはあの子自身だ。私が言っても仕方が無いが――)


 同じ力を持った者として彼の中に秘めている力は未知数だと感じていた。

 無意識での発動はあり得ない話でもないが、それでも小さな変化に首をかしげる程度の属性の具現化しか出来ない。

 それを彼は大きな水柱と共に行い、能力を見せ付けたのだ。

 正直に言えば、訓練さえ行えば、大きな戦力になるのは間違いなしだった。

 このまま埋もれさせておくのは惜しいというのが彼の一番の本音だ。


 彼は様々な思考をしながら、玄関の外へ出ると肩に付けている通信用の魔法術式が反応した。

 発信先はこの近くにある警備隊からだった。彼はどうかしたか、と言って内容を聞き出す。


『この街に死神が現れました!至急、応援をお願いします!』


 その連絡に彼は表情を曇らせたと同時に自分がまだ滞在していて良かったと思う。

 分かった、と彼は返すとそのまま東西方向に存在する警備隊の方へと走り始めたのだった――。


 ◇◆◇


「流石に何もないと退屈だな」


 そろそろ外を眺めるのも飽きてきた紫苑は近くにあったメモ用紙に落書きを行いながら、呟く。

 用事がある時以外は出てはならない、という彼の部下の通達に従い、ひたすら部屋の中で待っているのだが、暇で仕方が無い。

 誓約書を見たりひっくり返したりとしているが、それでも彼の心の中はまだ決まらなかった。


(優柔不断とかで片付けられるレベルじゃないしな)


 彼自身としては割と思い切りの良い性格だと自負している。

 物を買う時もファミレスでメニューを頼む時も、その日の気分には多少左右されるが、直感で全て決めることが多かった。

 悪く言えば、行き当たりばったりな性格であるが、それでも彼は常日頃変わる物事を客観的に見極める。

 これは彼が住んでいた世界であっても、異世界であっても変わる事はない。

 今、手渡された条件が自分自身と釣り合うのかを良く考えて行動を起こさなければならないだろう。

 此処での自分の処遇が掛かっているのだ。軽い考えで決めてしまえば、必ず後悔する。

 数十分前、差し入れに支給された暖かいココアを口に含みながら、黙って思考しているとドアの外が騒がしくなっている事に気が付いた。

 その会話の内容が気になり、紫苑は扉に耳を当てて、聞き取り始めた。


「この地域に死神が!?」

「ええ……。目標者(ターゲット)は此処から十五キロ程離れた場所で発見されたみたいです。今、セドリックさんが現場に急行してます」

「分かりました。ですが、ええっと……ちょっと時間を頂けませんか?」


 何をする気だ?と紫苑は思うとドアの外からの音が全く聞こえなくなった事に気が付く。

 ドアを開けようにも強い力が掛かり、引くことすら叶わない。


「これで良しっと……。私も現場に行きます。案内して下さい」


 了解しました、と青い服を着た男性は言うと直ぐにミルヴァと共に出て行く。

 彼は紫苑が外に出られないよう、結界魔術と防御魔術を展開した様だった。

 その事を知らない紫苑はひたすらドアを叩いて、外への応答を求めるが、廊下には誰もおらず、ましてや隔離されているこの状況では声を聞き取るのも叶わないだろう。


「クソッ……。何があったんだ?」


 自分よりも優先すべき事案が出たという事なんだろう。

 忙しく動きまわっている職員の姿が窓越しから見える。皆、魔術を展開し、何処かへ移動しているようだった。


「流石に此処までされるとは思ってねーよ」


 小さく彼が呟いたその瞬間、何かがひび割れたような音が響いた。

 その音は徐々に大きくなっていき、次第にガラスが割れたかのような音を響かせる。

 彼が気付いて後ろを振り向いた瞬間、何者かの蹴りによって、地に伏せていた。

 薄れゆく意識の中で見えたその姿に思わず驚きの表情を見せるが、強い力が加えられたことにより上手く息が吸い込めない。

 彼は何か言おうとし、そのまま黒い混濁の意識の中へ落ちていったのだった――。

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