08:ミリアの過去 (3)
今回は(2)と(3)の二話続けての連続投稿です。
「それでね、その後、彼と洞窟探索に乗り出したのはいいけど、結局、死神じゃなくて、それに似た魔物だったってオチだったんだけどさ」
「魔物だったんですか?」
「ええ、それもとびっきり大きいやつで。容姿が結構似たよっているから、間違えたんだと思うけど」
ミリアは当時の事を思い返して苦笑いを零す。
彼と共に行った洞窟の先に居たのは中級魔族だった。
勿論、彼らがいつも追っている“死神”ではないので、セドリック単独ではなく、共同して戦ったらしい。
魔術の専門家以外ならば、間違えるのも無理もないぐらい容姿が酷似していたらしく、地元住民が間違えるのも無理はないと彼女は述べていた。
ミリアにとって、魔族を相手取る初めての現地実戦だったが、それでも一筋縄では行かなかったらしい。
どちらかと言うと彼女は理論派の魔術師であり、当時のミリアの実力では、敵の行動解析による支援をするのが精一杯だったという。
半年前に最強の召喚魔術師と互角の力で渡り合った彼女の姿からは想像も出来ない、と紫苑は思う。
「あの時、セドリックと共闘したのはあれが初めてだったけど……。誰かを守るために働くのって良いなと思ってね。彼にスカウトされたのもあって帰国した感じかな。先生から貰った剣を活用したかったのもあるし」
人のために働くというのは決して、警備隊の仕事に限らない。
彼女ぐらいの実力者になれば、それこそ、魔術系の学校で教鞭を取るのも難しくはないだろう。
だが、それでも何かを守るために動いて働くという事はミリアにとってのやりがいを感じたのだ。
一人でも多く、困っている人々を助けていきたい。
教育者として理論や仮説だけを唱えて将来の姿を見せていくより、実働部隊として現実で起きた出来事から人を守っていきたい。
そう考えた時には自然に彼女は警備隊入りを考えていたという。
「まあ、そう考えて帰国後に警務学校に入ったのは良いんだけどさ。理想と現実は違ってね。教養関係は問題なかったけど、警備隊の中でも重要な武術が中々こなせなくて大変だったよ」
一般教養や魔術理論に関しては彼女はトップクラスの成績を修めていた。
しかし、武術に関しての成績は入学前に何らかの部活動や武術を習っていた者達に比べて遅れをとってしまっていた為、クラスの中でも下位の方に属していた。
唯一、武術関連で成績が良かったのは護身術ぐらいで、それは日常的に師であるアルベルトが自衛のために教えていただけに過ぎない。
もし、あの時、旅先で出会い、道中まで一緒に旅をした南方の剣術と武術を修めた剣士との偶然の再会が無ければ、彼女は警備隊への入隊を再考していただろう。
彼が各地を放浪後、この国に身を寄せて、首都・ヴェルゼから近い地域の領主の警備騎士としての仕事に就いていなければ、彼女自身が今の様な実力も兼ね備えていなかったはずだ。
警備騎士は、部屋の中で巡回する専属護衛騎士と違い、基本的に屋外での警備や玄関先での訪問者の確認を行ったりするのが主な業務である。
休みはローテーション制で、領主の家で何か有事があった際、動けるようにするために、休みの時は余程の理由がない限り、近場の地域までしか行けない決まりになっている。
彼がプライベートで近場である首都・ヴェルゼの大通り商店街で買い物をしていた時にミリアはそこで偶然再会したのだ。
警備騎士や専属護衛騎士は主に地域の財源を統括している地方の領主が雇う事が多く、大体は自身の家の警備をする者として配置される事がほとんどだが、休みは警備隊と同じように多くはない。
それでも、彼が休みの合間に彼女に剣術の指導をしてくれたおかげで、今の彼女があると言っても過言ではないだろう。
今となってはお互いに忙しく、年に一回会えれば良い方だが、今のことを考えるとあの時の事は感謝してもしきれないぐらいだ。
本当にあの時は機会と偶然が巡りに巡ってきた奇跡の時だったかもしれない。
(縁は大事にしなさいって先生も言ってたしな……)
ふと、彼女は昔、師に言われたことを思い出す。
出会って直ぐに言われた言葉だったが、当時の彼女はあまりそれを良しとはしていなかった。
当時、上流階級出身の研究者が多かった魔術学会では、彼女の存在は疎ましく思われていた為、あまりそうは思わなかったのだ。
しかし、この仕事をし始めてからそれをひしひしと感じる事が多くなってきている。
「今ではその選択は正しかったと思っているけどね」
迷いなく彼女は紫苑に対してそう告げる。
この仕事を始めたのは五年ほど前からだが、研究者時代に比べてやり甲斐を多く感じている。
他の職種に比べて、危険度の高いこの仕事ではあるが、それでも誰かを守るために毎日の生活を過ごしている事に満足感を覚えていた。
(それにセドリックが私の事を知らなかったら、こういう道も無かっただろうし)
彼女の適性を見出したセドリックの実績は大きいだろう。
当時の彼女は戦術向きではなかったが、彼女の瞬発力と判断力に適性を見出したセドリックはミリアを国家魔術師としてスカウトしたらしい。
その潜在眼は正しく、彼女は武術の指導を受けた後、大幅に力を付け、警備隊の中でも上位に属する成績を収める事になったのはつい最近の話だ。
(人の職業の適性と配置を見出す――。やっぱりああいうのも一種の才能なんだろうな)
昔、自分が特殊な環境に身を置いていた為、そういう力が自然と身に付いてしまったのかもしれないな、と述べていた事を彼女は思い出す。
確かに幼い頃からそういう環境で過ごしていたら、何となくでも見極めが付いてしまうのかもしれない。
彼の両親の能力を受け継いでいるのもあるのかもしれないが、それを自分の力として修めているセドリックは十分素晴らしい人物だとミリアは思う。
彼女が、今までの事に感慨に耽り、ふと彼の方に顔を向けると考え込む紫苑の姿が視界に映る。
紫苑は灯りが多く付く、遠くの街の方へ視線を向けながら呟いた。
「俺も自分自身の事について何か見つけられるでしょうか」
この組織に入った当初の目的は元の世界に帰ることだった。
勿論、今でもその優先順位は変わっていない。
しかし、日本で暮らしていた時は今のように先々に起こるこれからの事について、考えてはいなかった。
勉強をするだけという目先の目標だけにとらわれて、自分自身の人生についての事を全く把握してなかったように思う。
厳しい表情をする紫苑にミリアは明るい声音で返事をした。
「まあ、若い内からそんなに急がなくてもいいと思うよ? 急いだからと言って直ぐに見つけられる物でもないし」
「そう……ですか」
「もう、しけた顔しないの!」
自分が知らない世界を知ってしまった時の苦悩はミリアもよく分かっている。
だからこそ、焦って自分自身の道を見誤る様な事はして欲しくはない。
「シオンが早く元の世界に帰れるように私達も努力を惜しまないから。その時までに何か見つけられるよう努力すればいい」
紫苑の頭を軽く撫でながら、ミリアは言う。
此処最近、半年前の事件や敵対者の増加で紫苑の事について考える時間が少なくなってしまっていたが、それでも忘れたわけじゃない。
それはセドリックもバーニスも同じだ。特にセドリックに関しては忙しい時間を合間見て資料を漁っている姿を何度も目撃した。
彼女も使える情報網を全て利用し、古代魔術の文献も漁ってみているが、中々、芳しい結果にはなっていない。
そもそも彼がこの世界に来るという事自体、現代の魔術理論では証明しようがない出来事なのだ。
実際の所、紫苑も気にしないようにしているだろうが、元の世界の事は考えずにはいられないだろう。
彼のために何とかしてでも何かの手掛かりを見つけるようにしたい。
それは研究者としての気質ではなく、警備隊に所属する人間としての彼女の願いだった。
「ああ、もうこんな時間……。すっかり、遅くなっちゃったわね」
まだ、片付けをしている隊員もいるが、皆、片付けを済ませて各自帰宅している。
ミリアはコップに口を付けて一気に飲み干すと紫苑に一言声を掛けた。
「私の話に付き合わせて悪かったわね。話を聞いてくれたお礼に夕食おごるわ」
「え、でも……」
「いいのいいの。温かいご飯でも食べて、明日からの活動に備えましょ?」
優しく微笑むミリアの姿に紫苑は戸惑いを覚えながらも、返事をして席を立つ。
彼らは街中から近い、飲食店に入り、今後の事についての流れを考えていたのだった。
◇◆◇
「双璧の魔術師に新人の水の使い手……。あいつらが出てきて大丈夫なのか?」
「ええ、実際の計画に支障はありませんわ」
夕方前、彼らが駅前で歩いている姿を彼らははるか遠い上空で見ていた。
彼らは上級死神討伐専門部署についての事は入念に調査している。
あの若い水の使い手はつい最近、彼らの組織に入ったようだが、格好を見る限り、そこまで強そうには見えないというのが長い黒髪を靡かせている彼の感想だ。
「あれだけ破壊されていて、中央が出てこないはずありません。それはマスターも承知の上です」
そう笑う彼女の姿はいつもと雰囲気とは違い、鋭い瞳を持つ者へと変わっている。
彼はつくづく、この女が敵でなくて良かったと思っている。
彼女の実力は同期、いや、此処最近の若手の中でも群を抜いた実力を兼ね備えている。
卓越した魔力の持ち、魔族ですら発動するのがやっとな巨大な術式の発動を容易無く行ってしまう。
先日行ったあの術式は現代であれば、マスターの他に彼女しか扱えないはずだ。
彼女の武術補佐として彼が派遣されていなくとも、この任務を遂行できたのではないかとも思ってしまう。
「ただ、このままだと実行は難しいのです。予定を少しばかり変更しましょう」
「で、今からそれをやるのか?」
「いいえ、今は、まだその時ではありません」
勿体ぶる様に話す白髮の彼女の姿に彼は少し苛立ちを覚える。
いつも、魔術を含めた特殊な術式を発動する際、芝居がかった言動が目につくが、今回はいつにもまして酷い気がする。
逆に言えば、それほどまでに気合を入れたいぐらいの案件なのだろうが、小細工が好きではない彼からしてみれば面倒なだけだ。
「この術は夜中では発動できない。特定の地に人が多ければ多いほど、発動が見やすくなる術なのです。今はその時まで私達は控えるだけ」
「そうか。じゃあ、俺は仮眠でもしておくぞ」
「ええ。貴方には嫌でも働いてもらわなければなりませんからね」
帰ろうとしていた彼は、彼女の方に振り向き、どういうことだ?と訝しげに視線を向ける。
「言ったでしょう。当初の予定を変更すると。まあ、じきに分かりますよ。その時は私も手伝いますから」
彼女は小さく笑みを零すと、彼より先に姿を消したのだった。




