07:ミリアの過去 (2)
五年前。
ミリアは旅先で訪れたとある小国で生活費稼ぎのため、討伐組合を訪れていた。
彼女が三つあるカウンターの真ん中に並び、依頼が一覧となっている紙を貰おうと待っていた時だった。
隣の受付カウンターの前で身なりの良い金髪の男が、受付の女性に頼み事をしていた。
最初は変な言い掛かりでも付けられているだろうかと思った彼女だったが、どうやら、断片的に聞こえる会話からして、頼み事に関する押し問答が繰り広げられているだけらしい。
(まー、ギルドのお姉さんも大変だねぇ)
そんな感想を内心抱きつつも、彼女はカウンターで貰った一覧表を目に通す。
魔物退治に薬草採取など、日常的な依頼も含めてかなりある。
(そろそろお金も厳しくなってきてるし、単価の高いものがいいな)
ならば、と彼女は魔物退治の所へ目を通す。
と言っても彼女は師匠であるアルベルトから護身術ぐらいしか学んでいないため、狩り者達のように難易度の高い依頼は受けれない。
大体、彼女が魔物退治として受ける依頼は、魔術による悪霊の除霊や魔術が効きやすい下級魔物の退治ぐらいしかないのだ。
彼女は目ぼしい依頼をピックアップして、赤い印をつけると再び、受付カウンターの方へと足を運んだ。
まだ横にいる彼は受付嬢と押し問答を繰り広げている。
(お姉さん、凄く困った顔してるな)
ギルドの職員達が助け舟を出せばいいのにと思った彼女だったが、実は彼と会話しているこの女性がこのギルドの統括者ということを当時のミリアは知らなかった。
ギルドのトップが直々に対応に当たっているため、他の職員達は手出しを出来ないのである。
そんな事を知らない彼女は受ける依頼をカウンター越しに伝えながら、チラリと話をしている彼らに視線を向けた。
(しかし、話が長いね。人の流れも淀んできている)
彼が三つある内のカウンターを長らく止めているせいで、待っている人の流れはいつもよりも遅くなっている。
聞こえてくる会話に耳を傾けるとその女性は貴方だからこそ、その依頼は受け付けられませんと言っている。
(このお姉さんが断るぐらいなんだから、狩り者でも任せられない危ない依頼なんだろうな……)
「ミリア・ウェールズさんですね。依頼の承認が完了しましたので、こちらをご返却させて頂きます」
彼女は自身の名前を呼ばれたことに気がつくと思考を止め、そのまま視線を元に戻す。
依頼証明書とギルドの会員証を受け取り、外へ出ようと一歩踏み出した時だった。
隣に居た男が何かに気が付いたようにミリアの方を向いたのだ。
「ミリア・ウェールズ、だと?」
彼女の名前を知っている、と言わんばかりにミリアの方へと視線を向ける。
強い視線を感じて、彼女は思わず後ろを振り向いた。
ミリアの姿を見つめる彼の姿には全く心当りがない。
(誰? 私、あんな綺麗な男の人、知らないわよ)
どちらかと言うとむさ苦しいこの討伐組合の中で、彼の姿は異質な存在感を放っている。
私服だが、上流階級出身特有の優雅な雰囲気を持ち、緩く巻かれた金髪は、何処かのご子息がお忍びで来ているようにも見える。
しかし、この状況に置いても誰も彼の事を言及しなかったのは、討伐組合自体が単独の旅をメインとして行っている者の集まりだからだろう。
討伐組合ではどの国にでも存在する、世の中の階級制度にうるさく突っ込んだりはしない。寧ろ、身分関係なく仕事を行えるのが討伐組合の強みでもある。
彼女はそういう風土が気に入り、しばらく、故郷へと帰る気にはなれなかった。
魔術の研究者もまだ貴族の上流階級優先の方向にあり、平民出身である彼女にとっては狭く窮屈な世界だと感じていたからだ。
(この小国は故郷からはかなり離れてるし、そう知り合いに会うとは思えないけど)
怪訝そうに彼女は先ほど、カウンターに居た男を見据える。
仕事仲間としての知り合いは居たが、友人としての知り合いはほぼ皆無に近い。
自分を知っているとすれば、研究者関連なのだろうが、生憎、彼女は彼の顔を知らなかった。
恐らく、これだけ存在感があれば、学会で出会っていたとしても見覚えがあるはずだ。
ミリアが黙って考え込んでいると、男は彼女に近づいて一つの質問を行った。
「もしかして、あのミリア・ウェールズさん?」
「どのミリア・ウェールズさんを指しているのか知りませんが、私がミリア・ウェールズと言うのは間違いないです。貴方はどちら様?」
「申し遅れました。私、魔術国家アルトゥーロ、中央庁警備隊上官のセドリック・アランジと申します」
男は私にそう自己紹介をする。そして、彼の発言に思わず、彼女の体は固まってしまった。
――何故、こんな所に警備隊本部の重鎮が居るのか、と。
◇◆◇
とりあえず、ミリアはセドリックに外に出るように促すと少し離れた喫茶店へと入る。
ギルド周辺には多くの店も揃っているが、店はいつも混み、夜を迎えそうな今では余計に騒がしくなる。
この容姿のせいで夜の客に絡まれる事もあったので、ミリアは静かに話が出来る場所として喫茶店を選んだのだ。
コーヒーを二つ頼み、まず、彼女自身が一番気になっている事について話を始める。
「何故、貴方が私のことを知っているのですか?」
正直、その肩書からしてあまり敵には回したくないタイプだが、それでもこの質問はしておかなければならないと彼女は思っていた。
突然、何も告げずに学会から出て行った彼女に声を掛けて近づくという事は何らかの裏の事情がある、と考えたのだ。
確かにミリアは魔術研究の世界では割と有名である。
一人前の魔術師として、魔術の研究界に居たのは一年ほどだったが、それでも名を覚えている者も居るだろう。
だが、魔術に関係のない人物からしてみれば、彼女の容姿を見ても魔術が使えるただの人だとしか思わない。
それに、今、目の前にいる警備隊の上官が魔術というものを熱心に研究しているとは思えなかったのだ。
彼は警備隊の隊員の割に華やかな容姿だが、その動作には隙がない。
恐らく、その姿からして、彼は二十代半ばぐらいだろう。
この若さで上官の地位まで上り詰めたということは相当な実力を秘めているはずだ。
中央庁の警備隊上官は、警備隊の中でも幹部クラスに属する人達である。
地方に散らばる上官も含めるとそれなりの人数は居るらしいが、中央庁で働く人間となるともうそれはエリートとしか言い様がない。
彼も彼女が質問をした意図には気づいているのだろう。
ミリアの厳しい表情にセドリックは苦笑いを浮かべると、そんなに怖い顔をしないで下さい、と諭した。
「昔、アルベルト・ユーギン氏と仕事をしていた事が有りましてね。その時に新しい弟子が来た、と貴方の名前を挙げていたのを思い出したんですよ」
「そうなんですか。私は貴方の事を先生から紹介された事は一度もありませんでしたが」
未だ疑いの目を浮かべながらミリアはそう言う。
彼が上官だと言う事は先ほどの証明書を見せてもらって分かった。
国家機関特有のサインもきちんと書いてあったし、複製不可のホログラムも入っていたから間違いないだろう。
しかし、それでも腑に落ちない。中々、彼の事を信じないミリアにセドリックは彼女にある一つのエピソードを話し始めた。
「昔、ユーギン氏が一週間の出張に出た事がありますよね?」
「ああ、確かそんなことがありましたね」
彼女がアルベルトの元で勉強し始めてから一年ほど経った頃、国家機関から依頼され、魔術専門家として現地視察を頼まれた時があった。
留守を頼むと言って出て行くついでに、様々な研究道具を持って出て行ったな、と彼女は回想する。
「あの時請け負った仕事が警備隊関係の物だったんですよ。その時に彼と出会いましてね。彼は貴方のことを孫みたいに可愛い弟子が出来たと言って喜んでいました」
(……そうなんだ)
アルベルトは複雑な事情を抱えていた為、一人でずっと暮らしてきていた。
そこにミリアという人物が現れ、彼女を一人前に育てるというのが彼の使命となりつつあったようだ。
(先生……)
急に押し黙ってアルベルトとの日々を思い返していたからだろう。
気が付くと心配そうに視線を向けるセドリックの姿が目に入った。
「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事していて」
「……申し訳ありません、少し、話が過ぎましたね」
何を考えていたのかセドリックは察しが付いたのだろう。
申し訳無さそうな表情を浮かべていると頼んだコーヒー二人分がウェイトレスによって運ばれてきた。
気まずい雰囲気を払拭するかのように彼女は小さく咳払いをすると、今までの話を納得したかのように表情を変える。
そして、彼女は彼が何のためにギルドで呼び止めたのかを聞くことにした。
「貴方が先生の知り合いだという事は分かりました。それで、私をギルドで呼び止めた理由は何です?」
「ああ、実はお願いしたい事がありましてね」
そう言って、彼は一枚の紙をミリアの元へ差し出す。
上質な紙で書かれてある紙は討伐組合用の依頼書であり、今回彼が依頼したい出来事についての概要が書かれてあった。
その内容を見るとミリアは目を見開かせ、驚いた表情を浮かべると同時に理解する。
依頼書の内容を見た瞬間、あの時、受付嬢が彼の依頼を受けられないと言った理由が分かったのだ。
(光火の洞窟での護衛業務を依頼する……ですって!?)
しかも依頼主の欄はご丁寧に役職と名前まで書かれてある。
あの女性が断るのも無理もないはずだ。セドリックは国の機関の中でも上位に属する役人である。
そこらの街商人なんかを護衛するのとは訳が違う。
そんな役職を持つ人物の護衛を討伐組合側が個人的な依頼として処理出来るはずがない。
討伐組合も一応、請負者に対する身分証明はされているが、それでも一国の中枢を担う者に何かあったら困るのはギルドである。
ギルドが仕事を請け負ったせいで彼にトラブルが起きたら、外交問題への発展も否めないだろう。
「実はとある案件でこの国にやって来たのですが、私は四元素の土属性しか使うことが出来なくて。どうしてもその洞窟に行くためには護衛となる魔術師が必要なんです」
「ということは貴方は四元素術師なのですか?」
「ええ、そうなんです」
ミリアは魔術の基礎理論を専門としていたが、四元素術の事については知っている。
確か、百年ほど前に不可思議に現れた魔術技術の一つで、無詠唱で発動できるのが特徴的な術だったはずだ。
そして、四元素術の最大の特徴として、あるモノに絶大な効果を与えることが出来るという物らしいが、まだ、彼女は四元素術を使える人物には会ったことが無かったのだ。
「実はこの国で“死神”が現れたという報告がありましてね。未知なる魔物にこの国の政府は対処法を知っているアルトゥーロに助けを求めてきたというわけなんです」
「こんな所に死神が出るんですか?」
冗談でしょう?と言わんばかりに彼女はセドリックに顔を向ける。
今まで死神はアルトゥーロ以外で出現したことは無かったからだ。
当時、彼女が研究していた時に唱えられていた一説では、人々が拡散する魔力とあの国の土地の性質が調和し、生み出されているという話だった。
しかし、まだ仮説段階で誰も実証は出来ていなかったはずだ。
旅をしている今、様々な国の中で、魔術系以外の学者とも何度か出会った事があるが、そのような噂は聞いたことがない。
「私も最初聞いた時には驚きましたよ。とりあえず、事実確認のために此処へやって来たのですが、国内の戦の影響で派遣人数が割けなくて。単身でこの国へやって来たという訳です」
そう言えば、と彼女は今朝読んだ新聞記事を思い出す。
一週間ほど前からアルトゥーロでは戦が始まり、渡航制限も掛けられるほど深刻な状態になってきているらしい。
帝国から独立して以降、帝国側につく国家は、彼らとの外交を制限し始めた。
その結果、国外へ輸出していた産物の利益は少ないものとなり、一部の地域では政府による買い取り運動を起こす所があったらしい。
それがきっかけとなり、今、国内では不穏な空気が流れているという概要記事だった。
まさか、護衛も付ける余裕がないほど国内が悪化しているとは思わなかったと彼女は呟く。
その言葉に彼は神妙な表情を浮かべながらも言葉を返した。
「魔術師もそうですが、特に四元素術師の需要は高まるばかりでしてね。今では国内外での四元素術師の活動は広がり、治安の悪化が叫ばれている場所もあります」
死神の対応が出来るのは四元素術師だけである。
魔物のように直ぐに大量発生するわけでも無いが、それでも日常的に警戒を怠れば危ない状態へと転じてしまう程のモノである。
国内での四元素術師の活動が減った結果、死神に対する被害が徐々に広がりつつあるのだ。
「これを重く見た政府は、四元素術を扱える者に対しての特別待遇の処置をとりましたが……。大体、この術自体、上級魔術が浸透している地域へ行けば行くほど鬱陶しがられますからね。身を隠して暮らす者ばかりで所在が掴めません」
「そんな状況で良くこの国へ来れましたね」
ミリアは彼の話を聞いて率直な感想を述べた。
それだけ国内が危ないのであれば、わざわざこの国へ出向く必要は無いだろう。
彼女の言葉にセドリックは一瞬、困ったような顔を浮かべると声を潜めて小さく呟いた。
「この状況の中、この小国とだけはアルトゥーロとの関係を維持できているんです。面目を保つためにもどうしても行ってほしいと総帥から言われましてね」
「確かに総帥からの頼みだと嫌とは言えませんね」
納得したかのようにミリアは頷く。
人手不足のこの状況下で更に敵を増やすのは良くない。
政府側も自国の事情で、わざわざ友好関係を壊す真似もしたくはないだろう。
政府の要請で総帥はセドリックを派遣要員として出向させたのだ。
「武術だけならば自力でどうにかできますが、如何せん、あの洞窟の性質を考えると魔術師の方についてもらうのが一番と思って、ギルドを尋ねたらあのような結果になってしまって」
先ほどの状況を思い出し、彼は小さく苦笑いを零す。
確かに彼が目指す、光火の洞窟は土属性の魔術を行使するのには厳しい環境だ。
火属性の魔物が多く存在するため、苦手属性である土属性では不利な環境である。
「貴方の実力は風の噂で聞いております。僅か一年ほどの間で魔術理論を四つ解明し、上級魔術も全て取り扱える実力を兼ね備えているとも存じております。報酬は貴方の言い値で構いませんので、道中までお付き合い願えないでしょうか」
「そ、そんなに畏まらないで下さい!」
寧ろ、身分的に畏まらなければならないのはミリアの方だろう。
丁寧に頭を下げるこの上官にミリアは顔を上げて下さいと諭す。
どうせ、放浪の旅を続けていたのだ。少しぐらい寄り道したって良い。
「分かりました。そこまで切迫した事情なら私も協力させて頂きます」
ミリアはそう考えながら、彼に返事をしたのだった――。




