05:状況証拠
「想像以上ね」
車から降りたミリアは苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。
紫苑は断水地域における給水作業の為、先にミリアが現場へと降り立って実況見分を行っている。
西部地域に着いたのは車に乗ってから一時間ほどであり、日暮れも近くなりつつあるが、目の前に広がる光景は荒んな状態だった。
まず、建物を防御するために作られた魔術強化を行っている石は粉々に砕かれ、火の手が移ってしまったのか、一部は焦げた跡が見受けられる。
そして、謎の爆発により、辺りはクレーターの様に凹み、気を付けて歩かないとそのまま落ちてしまいそうになる。
観光客や地元民を含む一般人の出入りに規制を掛けているのは正解だろう。
とてもじゃないが、今のままだとまともに観光地として見せれる物ではない。
(古代の魔術を利用した建物は安易には砕けないと言われていた。なのに此処までするとはなかなか酷いわね)
現代最強の魔術師と言われるミリアでも此処までは出来ない。
古代魔術の研究も行っているが、現代の魔術に比べて、複雑な術式を組み込み、強度を保っている。
その術式の解析過程はまだ全て解明はされておらず、日々、専門家たちが調べあげているのだが、それでも現代の魔術以上の強さがある事は分かっている。
(何故、この様な事をする必要があった?)
彼女は辺りの景色を見渡しながら、考える。
被害を受けているのは歴史的建物として登録されている古い建造物ばかり。
幸いにも住宅街に火が及ぶ事は無かったが、観光客が集まるこの場所で事件が起きたせいで多くの怪我人を出すことになったのだ。
(国の不満による攻撃なら、人が多く集まる駅前の方が都合がいいわよね)
国に不満を持つ者であれば、当然、国にとって不都合な事が起こる様に仕組みたがるはずである。
この地域で言えば、貿易が盛んであるため、国家の一財源である貿易を潰しにかかれば、それだけでも効果が出るはずである。
そこで一気に畳み掛けるように政府を批判するような反政府デモでも起これば、それはそれで効果があるはずだ。
しかし、古い建物を攻撃して破壊した所で、政府の財源を揺るがして崩すような真似は出来ない気がする。
(少し、建物における文献を漁ってみたほうが良いかも知れないわね)
反政府デモでの攻撃でなければ、何らかの要因でこの建物に限定して攻撃された可能性が高い。
上空から見れば何か分かるかもしれないが、夕焼けに差し掛かっていた空は暗くなり始めており、細かな調査は難しいだろう。
今から必要な文献を漁るにしても、ライサ国家図書館は既に閉館時刻を過ぎてしまっている。
明日、出直して再調査をした方が良さそうだ。
そう考えた彼女は建物に背を向けて歩みを進め始めた。この先に地域住民が集まっている給水所がある。
此処は住宅街から割と近いため、今から歩けば十分ほどで到着するはずだろう。
そもそも、調査というものは一日やそこらで出来るような仕事ではないのである。特殊な例になればなるほどその日数は大きくなる。
今回も派遣を指示したセドリックは一週間ほどの滞在期間を見積もっている。そのぐらい、調査というものは時間を掛けておかなければならないのである。
明日の予定を頭の中で考えながらミリアは歩いていると、明るく灯りの点った場所へと辿り着いた。
まだ、人通りは多く、昼間の半分以下の列となりつつある給水所だったが、その先頭の列の先に紫苑が一生懸命に仕事をしている。
タオルで汗を拭いながら、真摯に仕事を行う彼の姿を遠目に見た彼女は関心を覚えながらも内心で驚嘆していた。
(恐らく、来てから二時間以上経っているはず。なのに、一つも術がブレていないなんて)
魔術における術の行使でもそうだが、術を持続的に行使するのに一番辛い事は集中力の維持なのである。
集中力が切れてしまうと思う通りに術が発現出来ないのだ。
特に思念で発動させる四元素術師はこの集中力というものが欠かせない。
(しかも、あんな涼しい顔して此処まで大量の水を生み出すなんて……。あの子の魔力量どうなってるのよ)
無から有を生み出すのにはそれなりに体力と魔力も必要である。
ミリアでも、この長蛇の列を捌き切るのは不可能ではないと思うが、ただ汗を拭きながら作業を淡々にこなしていくのは流石に難しい。
何処かで小休止を入れてもらわないと体力的に無理がある。女とはいえ、並の訓練以上の物を受けているミリアでも、何時間に及ぶ術の維持は大変なのである。
(セドリックはとんでもない逸材を見つけてきたかもしれないわね)
彼女はそんな事を考えながら、裏道を通って多くの列の先で作業している紫苑の方へ近づこうとした時。
背後から力強く肩を掴まれた。
後ろを振り向くと容器を持った屈強そうな男二人組が張り付いた笑顔を浮かべて話しかけて来る。
「お嬢ちゃん、そこをどきな」
恐らく、裏道を通って給水所を突破しようと考え此処に来たのだろう。
目の前にいるミリアから道を通してもらうためにその声音には凄むような勢いが上乗せされている。
列がある道より逸れた場所を通っていたため、警備隊員は居ない。その隙を狙って割り込みをしようと思ったのだろう。
「嫌よ。ちゃんと並びなさいよ」
「痛い目に遭いたいのか?」
「脅しても無駄よ。そんぐらいのはもう慣れてるから」
「なんだとこのクソガキ!」
殴りかかろうとする男にミリアは涼しい表情を浮かべて、受け流した。
そして、彼女は彼の足に引っ掛けてバランスを崩させるとそのまま男は前のめりに倒れ込んだ。
攻撃らしい攻撃は一切していないのに倒れた男を見て、もう一人の男は驚いた表情を浮かべる。
そして、激昂し、持っていた容器を持って彼女に向かって襲い掛かろうとしたが――。
「甘い」
男の攻撃は彼女が目立たない場所から直ぐに取り出した短剣の鞘によって逸れる。
彼女は僅かな隙に男の背後の方まで立ちまわると彼の手を掴み、後ろの方へ回す。
小柄な体格に似合わない力強い掴み方をされ、男は痛みに小さな悲鳴を上げた。
「警備隊法、第三条の違反に基づき、貴方達を拘束します」
ミリアは冷徹な声を出すと持っていた拘束具を取り出し、男達の手にかけ始める。
そして、細い道から本道へと出た彼女は近くにいた警備隊員に国家魔術師用の認証IDを取り出して、事情を説明し、彼らの引き継ぎを頼んだのだった。
◇◆◇
「給水は一列に並んで下さいねー」
彼が水を入れて始めてから約二時間ほどが経過しているが、未だに給水を求む声は多く飛び交う。
数人の警備隊員は辺りの交通整理の為に旗を振りながら、指示を出している。
給水用の容器を持つ彼らの長い列の先で、一人の黒髪の男は自らの力を調節しながら、容器に水を入れ続けていた。
(こんなもんで良いかな)
用意された容器に水を全て入れると一人ずつ手渡しで渡していく。
紫苑はミリアから復興担当を行うようにと言い渡された後、複数の警備隊員に連れられ、臨時で作った給水場まで足を運んだ。
そこで待っていた住人たちはようやく給水される事に喜び、早速、紫苑の力をもって水を注ぐことになったのだが――。
(確かにこれは俺じゃないと無理だろうな)
目の前に並ぶ、五つの容器に大量の水を注ぎながら彼は考える。
水属性に適性を持つ魔術師であれば、自らの魔力を利用して生成する事は可能である。
発現の概念や一般的な魔術師との魔力の質に差はあれど、生み出される物に変わりは無いからだ。
しかし、いくら魔術師といえども、地域住民に向けての水の供給となると長い詠唱が最大の弊害となってくる。
その部分を解決するために紫苑は呼ばれたのである。彼の視界に入る範囲であれば、四元素術を行使出来る。
そして、その量は彼の意思次第で変えることが出来るので、集中力さえ途切らせなければ、今、彼がやっているような複数個の容器に水を注ぐという芸当も不可能ではないのだ。
尤も、そのコントロールを身に付ける為には空間把握能力が高くないと難しいのだが、その部分に大きな適性を持つ彼であれば、そこまで苦になる内容ではない。
夕方前に並んでいた三百人を超える長蛇の列は大分落ち着き、待っている住人たちの数は二十人程度にまで減少した。
(只者ではないとは思ってはいたけれど……。あんな大男を軽々と地に伏せさせるなんて凄いな)
視線の先には指揮官らしい表情を浮かべた現地の警備隊員が柄の悪い連中をしょっ引いている。
そして、その隣にはいつもの表情よりも厳しい視線を向けたミリアが大男達を指揮官達に引き渡している。
近くにいた警備隊員から取り次いだ話を聞く限り、どうやら彼女はあの男達に少しばかり絡まれたらしい。
拒否した彼女に苛立った男達は物理行使に出たようだが、相手が完全に悪かった。
紫苑でも、ある程度の訓練を受けているので、武術で対応することは出来るが、体格の良い男二人を同時に相手をするとなるとまだ自信はない。
四元素術を使って目眩ましがせいぜいだろう。
(魔術師なのに戦闘も得意だなんて……。チート過ぎるだろう)
紫苑は知らないが、彼女の武術の実力は警備隊の中でも上位に属する。
特殊部隊としてまとめ上げているインサイド・クローディアのセドリックとほぼ互角の実力を持つ者なのである。
文武両道とはまさにこの事だだろう。魔術に関する知識も豊富で戦闘による武術も問題ない。
もし、彼女が通常の警備隊に所属していれば、伝説の隊員として名を残すに相応しいだろう。
話が終わったのか彼女は後の処理を警備隊員に任せると彼がいる所へとやって来た。
丁度、最後の給水作業を終えた彼は大きく溜息を零すと近くの椅子へと座り込む。
「ごめんごめん、遅くなっちゃって」
「いえ、それは良いんですけど……。大丈夫でした?」
「ええ。平気よ。まさかこんな場所で絡まれると思わなかったわ」
今度から長剣も下げて行動しておいた方が良さそうね、と彼女は呟く。
今回は調査が主なため、武器を表立って持つのはどうかと考えたらしいが先ほどの状況を見る限り、そうした方が良いとミリアは判断したようだった。
容姿があまりにも幼いが故に彼女は絡まれる事がよくあるらしい。
「全く、お嬢ちゃんって言われるなら、もうちょっとかっこいいおじさんとかに言われる方がいいのに」
「ミリアさん、その……年上の人が好きなんですか?」
「ええ。三十代前半ぐらいの人が好きね」
紫苑は近くに置いてあった飲料水を手に取りながら、いや、絶対駄目です、色んな意味で、と横で突っ込みを入れた。
どう多く見積もってもミリアの見た目は十三歳ぐらいだ。紫苑の感覚で言えば、妹の紗枝より一つ下な気がする。
神妙な表情を浮かべている紫苑に対し、ミリアは怪訝そうな表情を浮かべていた。
「何で?別にいいじゃない」
「いや、だって……。ミリアさん、かなり若いでしょう」
「私、二十五歳なんだけど、貴方が居た世界じゃその年齢って若い方なの? 結婚も視野に入れる人が出てくる年頃だと思ってたのに」
まあ、私はまだそういうのは良いかなって思ってるけど、と彼女は言いながら、置いてあったジュースを取って飲み干す。
彼女の言葉に紫苑はコップを持ったまま固まらずにはいられなかった。
紫苑の表情には嘘だろ?という言葉がありありと出ており、あまりにも衝撃の事実に開いた口が塞がらない。
彼は空中に水を浮かせるとそのまま自分の顔面に大きく浴びせた後、タオルで顔を拭き始めた。
「ちょ、ちょっと! なにしてるのよ」
「いえ、頭を冷やして、幻想から現実に戻そうかと思って」
「失礼ね! 私は嘘はついてないわよ!」
そう言って彼女は持っていた国家魔術師用の認証IDを彼に見せつける。
確かにインサイド・クローディア所属、ミリア・ウェールズの隣に書いてある年齢は二十五と書かれてある。
どうやら、見間違いではないらしい。紫苑はなんとか気を取り戻すと言葉を紡ぎ始める。
「異世界だから子どもでも、飛び級で活躍出来る世界なのかなという認識だったんで……」
「それはないわ。十三歳までなら基礎的な魔術を扱うことは出来るようになるだろうけど、流石に前線に出て動くのは無理」
飛び級制度というものはあるにはあるのだが、職業的にそれが適応されるかとなるとまた別問題である。
学術的な研究者であれば場合によってはあり得るが、警備隊に限っては体力的な意味もあり、年齢制限が設けられている。
その年齢よりも若ければ、どれだけ優秀であっても入隊することは出来ないのだ。
「そうか、シオンには私の話してなかったんだっけ」
彼の反応を見て気が付いたのだろう。
紫苑は何も聞いてこなかった為、ミリアは他の組織の仲間が彼に彼女自身の話をしているのかと思っていたらしい。
(まあ、セドリック達も悪いと思ったんだろうね)
ミリア自身、自分の過去に辛い事が無かったと言えば、嘘になるが、わざわざ隠しておく程でもないとは思っている。
ただ、話の内容が内容なだけに他人の口から言うのは憚れたのだろう。
先に言わなかった自分にも非があったな、とミリアは心の中で反省しながら、紫苑に対して言葉を紡ぎ始めた。
「今から話す私の話はちょっと暗いかもしれないけど、聞いてくれる?」
いつもとは違うミリアの目に紫苑は背中に緊張感を走らせる。
彼女がこの様な表情を見せるときは本当に大事な話をする時なのだ。心して聞くべきだろう。
紫苑は彼女に対して頷く。ミリアは彼の返事に分かったと返事をすると過去の出来事について話を始めた。




