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INSIDE CLAUDIA  作者: 雨音ナギ
第二章 インサイドクローディアとアルトゥーロ
18/24

02:上級死神討伐専門部署

「おはようございます」


 そう言いながら入る紫苑の声に対して、二つの返事が帰ってくる。

 一人は朝食用のサンドイッチを頬張りながら、自身の仕事をしている赤毛の女性。

 もう一人は書類に目を通しながら優雅に珈琲を飲む、桃色の髪の女性だった。

 紫苑は忙しそうにしている赤毛の女性、バーニスの姿を一瞥すると奥の方でのんびりとくつろぐミリアに声を掛けた。


「まだ、セドリックさんはいらっしゃってないんですか?」

「セドリックはまだ会議中だよ。それにしてもシオンはこの半年間で立派に成長したねぇ」

「まあ、そ、それはミリアさんの訓練の賜だと思います。本当に有難うございます」


 やたらと立派に成長したのは、実際にミリアに恐ろしいぐらいしごかれたから、とは言えるはずもない。

 だが、学校での生活とミリアの経験から学んだ事は大きく、紫苑は彼女が厳しく指導してくれていたことに感謝していた。

 しかし、未だ、彼女の距離感というものが掴めず、彼は緊張を感じながら、彼女から指示された席へと座った。

 あの事件以降、他の三人とは顔見知りとなり、ある程度のプライベートの会話もするようにはなったのだが、やはり本部での雰囲気に飲まれてしまい、まだ言葉数少ない返事しか返すことが出来ない。

 その内、慣れてくるだろうか、と彼は考えながらも、机の上に置いてある箱の宛先を確認する。


 先日、部署の配属に伴って運ばれた荷物は机の上にそのまま放置されており、彼はその荷物を出すと一つずつ机の引き出しにしまい始めた。

 異世界に飛ばされた彼は当時は無一文であり、一時保護の間に渡された必要最低限の生活品しか持っていなかった。

 当然、当時の彼は困っていたが、国家の直接指導機関である警備訓練校はそのような候補生をサポートするために一時金制度という物が存在しており、

 訓練を受けている間は一ヶ月ごとにそのお金が支払われる。

 日本円にして約十万円程の金額だったが、寮も食事も用意されているこの訓練校では、彼にとっては大金であった。

 日本にいた頃とは違い、娯楽もそこまで多くないこの国では買うものも大分限られてくるため、必要な生活品以外にお金を落とすことはない。

 そのまま彼は貯金していった結果、ある程度のお金がまとまり、こうして仕事に必要な品を揃えることが出来たのである。


(まあ、ボールペンが尋常に高かったのは予想外だったけど)


 訓練校当時では鉛筆を使っていたが、短くなるのは早い。そして、何よりも鉛筆削りが無い為、ちまちまとナイフで削って行うのは面倒だ。

 これでは効率良く仕事は出来ないと彼は思い、先日、この国最大の中央商店街に買い出しに出かけたのだ。

 その時に売られていたボールペンの存在に彼はいたく感動したものだが、その一本の値段が余りにも高く、日本円にして約五千円程する。

 使い勝手としては彼の世界で使っていた百円ボールペンと同じ感じであったが、この国では珍しい未知なる技術によって作られたこのペンは大変人気らしく、

 羽ペンで物を書いていた上級貴族もこぞって乗り換えているらしい。

 セドリックは契約書を渡す時にボールペンを一緒に渡しており、その時は何とも思わなかったのだが、彼は上級貴族並に高いものを取り揃えているようだ。


 彼は先日の買い物の事を思い出しながら、持ってきた書類と道具の整理を進める。

 この世界にも宅急便という制度はあるらしく、前日に送った荷物はきちんと届いており、中身に関しても特に問題は無いようだ。


 紫苑が卒業後に配属されたのは、「上級死神討伐専門部署」であった。

 と言っても、この言い方は対外的に話すために使われる言葉の俗称であり、実際の呼び名と異なる。

 一般的な通り名としてはインサイド・クローディアと呼ばれ、これは伝説的な四大神の一人の技から由来している。

 このインサイド・クローディアという技は水の精霊神・リリアが愛した、三大技の一つとされており、慈悲深い彼女にあやかって付けた組織名となっているのだ。

 帝国からの独立を機にこの組織名に変革されたとされ、それ以降に勤めている本部の人間は皆、この組織名が通名として認識をしている。

 中にはインクロと略称して呼ぶ者もいるが、セドリック自身は余り好ましいとは思っておらず、大体の場合は組織の事をクローディアと呼んでいる事の方が多い。

 これは一緒に働いているミリアやバーニスも同じであり、彼ら自身も身内相手に話す時にはクローディア名義で使う。


 それに加えて、インサイド・クローディアは警備隊の中でも特に優秀な人物しか入ることが出来ない組織である。

 この組織に入るためには多くの条件をクリアすることが要求され、最大の難関とされるAランクの死神の討伐を行える者は全体で見てもごく少数だ。

 恐らく、その死神を討伐出来るのはインサイド・クローディアの面々と彼らの下の実行部隊としての統括指揮を行う、トップしかその力を持っていない。

 そして、この組織に所属する彼らには他の者には無い、絶大な力を持っていた。


 双璧の魔術師、ミリア・ウェールズ。

 命刻の土使い、セドリック・アランジ。

 零雨の風使い、バーニス・ダニエルソン。


 双璧の魔術師として魔術界の歴史に名を刻むミリアは、世界でたった一人の死神討伐が可能な魔術師である。

 彼女が持つ白銀の剣は魔術研究者から見れば、秘宝の塊に近い物らしいが、ミリアはその剣の詳細について話していない。

 ただ言えるのはその剣を利用すれば、死神に致命傷を与える事が可能である事とミリア以外の持ち主では全くその力は発動しない、という事だけだ。

 彼女はその二つ名に恥じる事無く、多くの死神を葬り去り、魔術としての実力も歴代の魔術師に以上の物を身に付けている。

 全属性の上級魔術を扱える彼女にとって、使えない魔術は無く、彼女の容姿も相まって、摩訶不思議な人物として国内の魔術師に恐れられているほどだ。


 セドリックは土属性の中でも一番難易度の高い、時間変化の能力を使うことが出来る。

 時間変化と言っても多岐に渡り、代表的な術の例としては、作物の成長を促進したり、成長速度を遅らせる事が出来る。

 中でも彼の秘技と言っても過言ではない、命刻という技術は壊れたものを再現させるという難易度の高い術であり、土属性の中でもこの技を使えるのは彼しか無い。

 元々は上流の武家出身なだけあって、その戦術はミリアと同等の力を持つとされており、警備隊の実力の中でも上位の部類に入る。


 バーニスは他の二人と比べて、特殊な能力という物は持たないが、他の四元素術師に比べて、攻撃の早さと精度が高い事が特徴的だ。

 作り出すスピードもまるで呼吸をするかのような早さで大きな風の槍を創りだすのは他の者では難しく、彼女の作成時間よりも早く作り出せる風属性の者は居ない。

 作成技術もさることながら、彼女の攻撃として特徴的なのは小さな投げナイフのように繰り出される風の槍だろう。

 攻撃スピードを早められる風属性の利点を活かして繰り出される攻撃に隙はなく、敵の流れを読みとって完全に仕留めてしまうのだ。


 彼ら三人の絶対的な力があるからこそ、今日の死神に対する被害は抑制されており、彼らが居なければ、毎日の生活は脅かされてしまうのだ。

 実際、この組織に関する話を紫苑は研修で聞いた時、背筋がゾッと凍ったと同時に後悔していた。

 そんな組織の責任者に対して、自分はとんでもない事を言ってしまったのだ、と。

 それでも負けず嫌いな気持ちと元の世界に帰るという強い気持ちが合わさり、彼ら三人を前に対峙しても大丈夫なように訓練を重ねてきた。

 今の実力では当然、三人には及ばないだろうが、ミリアとの実践練習もあったし、以前よりかはかなり成長していると信じたい、と彼は考えていた。


 ビルの最上階一歩手前に位置するこの部署は紫苑を含め、四人しか居ない為、一人あたりに割り当てられた空間は広い。

 左のドアの先には応接室があるが、大抵の来客が本部の人間に限られてくるため、滅多に利用されることは無いのだ。


 それぞれの仕事を行っていた彼らの部屋の中でドアの開く音が響き渡る。三人はに作業をしながら、そちらの方に視線を向けた。

 貴族らしい、優雅な出で立ちで入ってきたのはこの部署の責任者であるセドリック・アランジだった。

 出勤してきた紫苑の姿を見て、彼は満足そうに笑みを浮かべる。


「久しぶりだシオン。卒業直前の国家試験対策以来だな」

「あの時はどうもお世話になりました」


 紫苑は彼に深々と頭を下げた。

 この部署の配属を願ったのは紫苑自身だったが、それでも入るには相当厳しい条件をくぐり抜けなければならなかった。

 実力があれば、平民出身者が多い警備隊の中でも出世は出来るとはいえ、それでもある程度の役職までの話である。

 本気で本部にまで上り詰めようと思えば、それこそ戦闘のセンスと部下を率いる為のカリスマ性が無いと軍事者としての名を挙げることは出来ない。

 帝国との小競り合いの中で効率的な戦術を組み、かつ、勝利を収めた者だけが、本部での勤務を行う事が出来るのだ。


 つまり、紫苑が警備隊学校の新卒者として入るのは異例中の異例の出来事であり、当初は上層部からも彼の待遇による疑問の声が上がっていた。

 それを宥めすかしたのが、紫苑本人を勧誘したセドリック自身である。彼は歴代の流れを変えるほどまでに紫苑を推薦し続けたのは彼自身の能力とその強さを見抜いていたからだった。

 セドリックが紫苑に厳しい条件を課したのも、これらの推薦を難なく通り過ごすための一つの案だったのだ。

 彼は警備隊の中でも上位役職と呼ばれる部分に所属しているが、歳のせいでまだ年配層からは発言を軽視される傾向にある。

 国家部隊のトップの発言が、その組織の代表の発言となる。その者がイエスと言わない限りは覆される事は無い。


 紫苑は知らないが、実際彼が此処に配属されるまで様々な物議が醸され、正式な配属が決まったのは卒業してから二週間先の出来事であった。

 ミリアを練習相手として当てていたのは紫苑自身を不安に晒したくなかった、という彼の意図も含まれている。

 セドリックはそのような出来事を思い出しながら、紫苑に対して席を薦めた。

 三人全員が席に座ったのを確認し、セドリックは小さく咳払いを行うと持っていた黒い帳簿を開き、朝の役員会議で出た案件について述べ始めた。



「では、これから部署朝礼を始める。まず、担当エリアから寄せられた事件についてだ。昨日の昼、東部のライサにて不審な爆発と火事があったそうだ。

死者は出ていないが、重軽傷多数ということで地元の治安部隊が治療にあたっているらしい」

「ライサって、十都市の中でも人口が少ない街でしょ。何でそんな所が襲われたの?」


 アルトゥーロ東部に位置するライサは国内有数の史跡を多く持つ都市である。

 国内メイン十都市の中では下位に属する小さな都市だが、その歴史的な風情が好まれ、観光客が多くやってくる。

 また、学術都市からの研究者も多く訪れ、古き良き都として名を馳せているが、それ以外は特に目立った物がない静かな都市だ。

 その様な土地性質を持った場所で不審な爆発と火事があったと聞き、三人は眉を潜めた。


「ライサにある遺跡や建物の被害は?」

「……幸いにも死者は出なかったようだが、セグメール神殿の一部が破壊されたという報告がある。

 現地での調査報告はこれからになりそうだが、かなりの被害を被っていると考えていいだろう」


 セドリックの話を聞いて、紫苑は警備隊学校で習ったセグメール神殿の事について思い出していた。

 セグメール神殿はライサにある四つの神殿の中でも巨大な建物である。

 古代に舞い降りたとされている精霊神が、人間の世界で暮らすために設置されたと言われる建物の一つであり、そのデザインは諸外国に高く評価されている。

 また、濃密に練られた土属性を用いて作られた建物の強度は現代の技術を用いた物以上に強固な物であり、生半可な魔術師では破壊できないだろうと言われている代物だ。

 そんな建物が一部壊されたとなると、国内中に震撼が走ってもおかしくはなかった。

 実際、この事件が起きて以降、ライサの観光客の入場制限が掛けられ、地元の警備隊は地域住民の暴動も起き、多忙を余儀なくされていると聞く。


「今朝の役員会議でこの事件の調査委員会を設置することになってね。各部署から何人か連れて来いという話になった」

「で、誰を連れて行くつもり?その凛とした表情を観る限り、もう決めてる感じみたいだけど」

「ああ……。今回の事件の担当はミリア・ウェールズとシオン・ミカヅキの二人に任せようかと思う」


 思わぬ発言に紫苑はセドリックの顔を見つめた。

 意外に思ったのは他の二人も同じだったようで、問いただしたミリアは本気か?と怪訝に満ちた表情を浮かべている。


「その選抜メンバーにした理由を聞きましょうか」


 静かにバーニスは述べる。

 担当エリア内からの仕事を覚えさせる方針で新人教育に当たっているセドリックが、いきなり現場に行かせる心情が彼女には分からなかったからだ。


「ミリアを選抜したのは国内の治安維持に努めて欲しいからだ。シオンを選抜したのは、向こうの事情があってね。

建物が一部破壊されたのと同時に水道などのライフラインが止まっているらしい。水属性を持つ彼ならその辺りの対応も出来ると考えたからだ。

本当は私かバーニスも同行してもいいが、最近、死神の出現が頻発しているからな。余りこちらとしては人員を配置できない」

「まー、魔術師なら四元素術師以上に人数いるからねぇ。私が抜けても精鋭部隊(エージェント)が、なんとかしてくれるだろうし」


 精鋭部隊(エージェント)とは各警備隊の中に存在する上位組織の事である。

 優秀な魔術師のみで構成されたこの部隊は大体、都市部警備隊の中でも上位十パーセントほどしか居ない。

 どの様な時に彼らが現れるのかと言うと、一般警備隊員が手に負えない事案に対しての対処要員であり、主な実例としては魔術テロの様な物などが挙げられる。

 一般警備隊員の中には魔術を使える者も居るが、それは補助的な役割でしか使えないため、魔術が大きく絡む事件では彼らが主導を握って動くのだ。

 確か、本部中央エリアでの精鋭部隊(エージェント)の人数は百人程度である。

 これは警備隊本部が国の首都としての役割を担っているから、此処までの人員を割けるのであって、他の地方都市では三十人程度というのもザラにある。

 ミリアの実力は一般的な評価として精鋭部隊(エージェント)の魔術師十人分とされているが、恐らく、帝国での戦争がこの場所で行われない限り、ヴェルゼの街は壊滅することはほぼないだろう。


「やはり、四元素術師はある程度常駐させておきたいからな。下に実行部隊が控えているとは言え、こちらとしては多くは派遣出来ないし」

「まあ、人々の生活を守るのが警備隊の本分だからねぇ。そういうことなら準備する。シオンは何か意見ある?」

「いえ、大丈夫です。俺から特に意見はありません」


 二人が当初、驚いていたことを顧みると新人の仕事としてはかなり大きな物なのだろう。

 その後、朝礼は続き、もう一つの案件である死神退治はセドリックとバーニスが対応する事になった。

 朝礼終了後、紫苑はミリアと共に準備をすると直ぐに本部を出る。

 彼らは事件のあったライサへ向かうため、駅の方へ歩き始めたのだった。

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