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INSIDE CLAUDIA  作者: 雨音ナギ
第二章 インサイドクローディアとアルトゥーロ
17/24

01:警備隊本部

 季節は夏を過ぎ、僅かに秋らしい涼しさが紫苑の体を包み込む。

 夏服仕様の警備隊専用の制服を着ているが、この温度差から見て、もう少し着込んで来ればよかったと僅かに後悔しながらも、紫苑は煌めく朝日を横目に足を進めていた。


(あー、体が痛いな)


 痛みの原因となっている右腕を擦りながら彼はそう思う。

 この世界には湿布という物が存在しないため、痛みを和らげるには医術の心得を持った特殊な魔術師による施術か、土属性の四元素術師が持つ時間操作による治癒の促進しか方法しかない。

 どちらの術も持っていない彼は痛みを緩和させる事は出来ず、自然治癒による痛みの軽減を待つしか無く、最後の訓練から空いた三日間は休養としての時間を取ったのだが、それでもまだ痛みが続いていた。

 痛いと言ってもズキズキと痛むわけではなく、どちらかと言うと筋肉痛の痛みと似ているが、暫く経っても治らない様子に彼は苛立ちを溜息を零さずにはいられなかった。


(……セドリックさんに会ったら相談してみよう)


 彼は土属性による力を保有している。もしかしたら、その力を使えば、ある程度治るかもしれない。

 そんな事を考えながら、紫苑はこれまでの日々について考えていた。

 あの事件から半年。警備隊に配属された新米隊員は六ヶ月に及ぶ研修期間を経て、国内最大の都市・ヴェルゼに移り住んでいた。

 契約後、直ぐに警備隊所属の身分となったため国内の住民権も獲得する事ができ、一番の問題となっていた不法入国の案件は解消する事となったのだが――。


(訓練きつかったな……)


 警備隊というのは彼の世界で言う警察官の位置づけだと思っていたのだが完全に甘かった。

 完全に軍隊で行う様な厳しい規律を持った世界だったのである。

 と言っても彼はただの高校生だった為、親戚や家族からの又聞きで耳に入れていた程度の想像しかなかったのだが、どう譲歩したとしても完全に国家治安部隊のレベルを超えていた。

 それでも毎日、元の世界に帰る為だと己を言い聞かせ、真面目に取り組んだおかげで、基礎体力やこの国の一般教養については理解出来るようになった。

 そして、セドリックによるマンツーマンのお陰で筆記試験による国家統一試験の合格も果たし、晴れて候補生から一般隊員へと昇格したのだ。


 その後は新入隊員の日程合わせの為、しばしの休暇となっていたのだが、これほどまでに期間が空いて居るのにも関わらずまだ痛みが残っているのには理由があった。

 それは卒業後に毎日行っていた個人指導のせいだ。

 どういう理由か分からないが、ミリアが仕事帰りに毎日来て、彼に対しての戦術指導を行っていたのである。

 これが中々厳しい物で、全く手加減しない。

 魔術も剣術も秀でている彼女に対して、最初は付いて行くのすら覚束なかったが、不思議な事に毎日やる事によってある程度の攻撃の予測が立てられて来るようになるのだ。

 それでも突発的な事態にはまだ弱いが、そこらの騎士よりを返り討ちにするぐらいの事は出来るレベルにまでは成長し、ミリアの話曰く、後は己の実戦の経験次第らしい。

 私に対して、何となくでも攻撃を避けられるようになったら、実力はかなり付いているわよ、と彼女は述べていたが、訓練学校を卒業してから彼女以外の人と手合わせなどしたこと無いのでその辺は良く分からない。

 しかし、確かに警務学校時代に比べての力は同期よりも凌ぐものとなっているだろう。

 どうせなら、候補生時代の時にもやって欲しかった、と彼は四日前の最後の戦術指導で述べたが、彼女は紫苑の言葉に対してこう返したのだ。


「候補生の時にやったら、君、相手に合わせた力加減の調節が出来なかったでしょ」


 その言葉に彼は押し黙るしか無い。

 確かに毎日、必死に過ごしていたので力の調節なんか出来るはずもなかったし、正直言って、武術での力加減がどの程度なのか彼にとって分からなかったのだ。

 その中で対人戦に強いミリアの手合わせに慣れて、そのままの力を出してしまったら同期は太刀打ちすら出来ないだろう。

 武術の成績は間違いなく上位を収めるだろうが、一方的な力を使って勝ってしまえば、後に残るのは恨み辛みだけだ。

 戦術は戦術として割り切り、また日々の鍛錬を積む者もいるが、毎日がハードスケジュールの候補生にそこまでの余裕は出せない者の方が多い。

 その気持ちを抱えたまま、卒業してしまえば、後に残るのは罪悪感だけだろう。


「言っておくけど、候補生の訓練は強いやつを倒すコツを覚えるためじゃないからね。相手の力に合わせた戦闘を行うことを主としてるんだよ。

力加減が出来ないと万が一の時に起こった不祥事で人質が出た際に助けることが出来ないからね。

そこで、あり得ない程の力で一方的に倒されたら、相手の為にも自分の為にもならない。力だけ求めるなら公営闘技場にでも行って賞金稼ぎでもしていればいい。

それにきちんと基礎を覚えてから応用に励んで貰いたかったし」


 案外、基礎って馬鹿にできないものだよ、とその時彼女は述べていた。

 意外と強さの秘訣だけ学んで基礎に対する返しが出来ない人が居たりするそうなのだ。

 実戦と訓練じゃ覚え方も違うし、混乱せずに覚えて欲しかったから、という理由で卒業するまで彼との手合わせを行わないと彼女は決めていたらしい。

 納得したようなしないような、モヤモヤとした気持ちを抱えながら、その日の訓練を終えた彼だったが、その後に来た筋肉痛は計り知れず、三日の内の一日は寝込む羽目となってしまったのだ。

 集中力が切れると此処まで体は動かなくなるのか、とその時、彼は実感したものだ。


(まあ、ミリアさんと手合わせに比べたら訓練なんてまだ楽な方かな……)


 そんな事を考えながら彼は一つの大きな建物の前へと辿り着く。

 青を基調としたビルは、紫苑が住んでいた現代のビルを彷彿させ、入り口付近に検閲の警備が立っている事以外は至って普通の建物だ。

 警備隊から支給された自宅から徒歩十分という、距離に存在するこの建物はこれから紫苑が働こうとしている警備隊本部が設置されている国家建物である。

 治安維持部隊である国家警備隊の本部はかなりの実力者ばかりであり、国家部隊を希望している士官学生達にとっては夢の様な職場だ。


 庶民にとって警備隊が他の職種よりも特別視されているのにはある理由があり、それはこの国の階級制度に原因があった。

 一般的に上流階級は高度な知識を身に付ける傾向にあるため、学者や魔術師などを志す事が多いが、戦闘職務としての魔術師という職業は一般的な物とはなっていない。

 魔術師の六割が上流階級の出である。後の四割は訓練校に通い、魔術の素質を伸ばした、言わば成り上がりの庶民達である。

 此処数年で国家魔術師の数は増えてきているとはいえ、まだ一般兵士に比べると数は少ない。

 庶民の間では魔術は便利な道具としてしか認識されておらず、それに伴う公的教育も魔術の基本的な部分までにしか及んでいないのだ。

 特に火、水、風、土属性以外の属性について学びたい場合は高等魔術学校の様な場所に行くしかないが、その殆どは私立運営のため、その学費は高く、庶民が気軽に払える金額では無い。

 国家側も国立の学校を建設しようと幾つかの学校が建設されたが、学費が庶民にでも手が届きやすい分、倍率は高く、私立校以上に狭き問となってしまっている。

 どちらの学校においても特待生で高等魔術を学ぶという手もあるが、枠が限られているため、そこまでの人数が進学するわけでもなく、義務教育の範疇である高等学術校を卒業した後は何処かへ就職して働くケースのほうが多いのだ。


 しかし、警備隊の学校である警務訓練校ではその事情は少し変わってくる。

 魔術という物は戦闘において大きく役に立つ場合が多い。少しでも魔術の適性を見出された者には積極的に国家が魔術についての学びを施しているのだ。

 そのレベルは魔術学校には及ばないが、それでも適性さえあれば、中級レベルの攻撃系から補助系までの物は有に扱えるようになる。

 少し実践的な魔術を学びたいと思う者が訓練校を志願する事が多く、例年、その魔術の実用性から受験者も増えつつある。

 だが、厳しい訓練内容についていけず、辞める人も多く居るが、彼らは家柄による職業制限を受けないため、実力でのし上がる事のできる警備隊の職務は庶民にとって人気のある職なのである。

 今年はたまたま紫苑と同じ勤務地の同期はおらず、卒業間際に同期から羨望と期待の声を背負ってきた彼にとっては緊張感を感じずにはいられない。

 セドリックとの契約があったと言っても、彼は飽くまでも教育の場を提供してくれたに過ぎない。

 彼の元で働きたいとは言ったが、実際にそこまで辿り着く条件は大きく、一番の難関であった上位での成績を収める事と国家試験を通過する事の二点をクリア出来たのは奇跡に近い。

 日々、その条件を達成できるかどうか不安だったが、彼の指導のお陰で、希望する勤務地に就けたのは有難い事である。

 紫苑は門の前に来ると一度大きく深呼吸をすると気合を入れ、本部の玄関の警備に隊員証を見せると大きな扉のドアを開けたのだった。


 中のエントランスホールは広く、多くの人が行き交っている。

 吹き抜けになっており、朝日が入り込んだ周囲は白の壁と相まって清潔感溢れる物となっていた。

 セドリックが所属している部隊のオフィスは七階に位置しているらしい。

 彼は目的の階へと行こうとエレベーターの前へと立ち止まった。

 このエレベーターは特殊な魔術によって動いているが、見た目は紫苑がいた世界のエレベーターと変わらない。

 詳しい仕組みについては警備隊での訓練では習わなかったが、恐らく、高貴な魔術師が日々、研究してこの様な技術を作り上げたのだろう。

 それは異世界に行っても変わらないらしい。

 上のマークがついたボタンを押すと直ぐに扉が開いた。

 紫苑は乗り込み、何気もなく閉じるボタンを押そうとした時、一人の男性が駆け込みで乗り込んでくるのに気が付き、直ぐに彼は扉を開けた。


「ああ、すみません……。六階お願いします」


 オレンジ色の髪の毛の男性は両手で書類を抱え込み重そうに資料を持っており、相当、焦って来たのか額には汗が滲んでいる。

 彼は紫苑にお礼を言って、顔を上げると何かに気が付いたように声を上げた。


「あれ?貴方は新人さん?」

「ええ。お、おれ……じゃなかった。私はシオン・ミカヅキです。今日から警備隊本部に務めることになった者です」


 訓練校で習った名前の名乗り方を思い出し、何とか紫苑は言い直すと軽く一礼を行う。

 対するオレンジ色の髪の男性はそんなに畏まらなくてもいいよ、と言って気さくに返事を返した。


「僕はアイザック・ベル。六階の管理課の事務職員さ。もしかして、キミ、僕と同い年?十八歳でしょ?」

「……何で分かるんですか?」

「んー、僕は見た目で判断しない人だからねぇ」


 その言葉に良くわからないと言った様子で紫苑は首を傾げる。

 正直な気持ち、紫苑はこの目の前にいる男性は自分より年上だと感じていたのだ。

 身長での見た目もそうだが、その深みのある表情からは同年代から漂う幼さは感じられない。

 大人の雰囲気を持った人物と言った方が分かりやすいだろう。

 彼の表情を察した男性は先程の理由について簡単に述べた。


「僕、魔力の質みたいなのに敏感でね。人の周りに漂ってる魔力で歳が分かるんだ。ただ、ちょっとでも強い魔力があると体調を崩しちゃうんだけどね」


 彼が説明を終えた後、タイミング良く到着の鈴が鳴った。紫苑は扉を抑えながら彼が降りれるよう、ドアを手で抑えておく。

 アイザックは重たそうに書類を抱えたまま、一歩前に出て、彼の方へ振り向いた。


「ありがとう!じゃあ、初出勤頑張ってね、シオン君!」


 軽く頭を下げた彼に紫苑は会釈を返しながら、扉を閉める。

 一つ階のメモリが上がり、再び扉が開くと紫苑は目の前に広がる廊下を歩き、目的地である職場に辿り着いたのだった。

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