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INSIDE CLAUDIA  作者: 雨音ナギ
第一章 四元素術師とアルトゥーロ
15/24

14:決意

(また、逆戻りか)


 紫苑は渡された軽食に口を付ける。

 セドリック達に助けられた後、紫苑はとある有力者の保護という名目でこの部屋を与えられていた。

 不法入国状態である為、警備隊によって拘束されていてもおかしくはない状況だったが、セドリックの口利きにより、数日間、客として部屋を用意されたのだ。

 流石に出入りの制限は掛けられ、安易には出れないが、使用されている部屋は視察における上官の為に用意された特別な部屋の物らしく、内装は綺麗に作られている。

 紫苑の世界とは違って魔術に特化しているこの国では冷暖房機器も存在しないはずなのだが、丁度よい温度設定にされており、部屋の中で過ごしていても心地が良い。

 食事に関しても一定の時間には届けてくれるし、部屋には無い物や個人的に必要な物があれば、取り寄せも行ってくれる。

 まさに至れり尽くせりの生活と言っても過言ではないだろう。

 彼は小さく息を吐きながら、持っている食べ物へと視線を向けた。


(グロテスクな形をした魔物の料理とか出てこなくてよかった)


 紅茶に手をつけながら小さく胸を撫で下ろす。

 この世界においての食事はかつて住んでいた世界とはあまり変わらない。

 朝からずっと此処に篭っていたがその料理はどれも美味しく、朝に食べたパンに関してはほんのりとした甘さのお陰でジャムやバターを付けなくても美味しく食べられたからだ。

 食事も洋食中心であり、味も向こうの世界の物とよく似ている。日本人である紫苑の感覚からしてみれば、ヨーロッパやアメリカ方面に移住し生活している感じだ。

 食事が出る前、彼は心配を隠せずにはいられなかったが、杞憂に終わったようだ。

 軽食を食べ終えた彼は甘味として添えられていたクッキーを齧りながら、セドリックと出会った時に告げられた条件を思い出す。


 ――監視されながらも保護された空間でずっとこの生活を続けるか。それとも四元素術師として働きながら元の世界に帰れる道を探すか。


(俺は――)


 自らに自問自答するかのように彼は思考に耽っているとドアの外からノック音が聞こえた。

 彼は簡単に返事をし、入ってきた人物に視線を向けた。

 金髪の男性、セドリックは彼の方に歩みを進めると一つの質問を繰り出した。


「さて、あの話の返事を貰いたいのだが」


 具体的な事は紫苑も言わなくてもわかっている。

 約束の日時は今日の夕方までだったからだ。

 紫苑は緊張を解くかのように大きく息を吸い込んで吐き、目の前に居るセドリックの表情をじっと見つめながら言葉を紡ぐ。


「俺は、貴方の元で働きたいです」


 普通の四元素術師として働くのではなく、”セドリックの元で”仕事をしたい。

 言葉のニュアンスを受け取ればそういう事なのだろう。

 ただの肯定と否定の言葉を予想していたセドリックにとっては意外な言葉に目を見開かずには居られない。

 彼の言葉にくつくつと笑いを零した。


「君、面白い事言うね。私の元で働きたいと願い出る人は君が初めてだ」


 誇張でも冗談でも無く、彼の様な言葉を言った人物は紫苑が初めてだった。

 上級貴族という立ち位置と絶大な能力を保持している彼は上層部からは疎まれ、部下からは畏怖の念で見られていた。

 つまり、一緒に仕事をしたいと願い出る者の方が少なく、特に仕事の際には恐れ多きとばかりに部下は皆、引いた姿勢を見せる事が多かったのだ。

 普通に接しているのはミリアの様なごく一部の人間だけであり、自身の特性を考えると致しがないと考えては居たのだが、どうやらそれを肯定してくれる人物が現れたようだ。

 紫苑の行方不明事件でも彼の力は魅せつけているはずなのに一つも恐れを見出さない。

 逆にその姿勢を見せる紫苑にセドリックは好感を持ったのだ。


「言っておくが、私の地位と権限の関係上、他の部署に所属する四元素術師よりも激務になるぞ?それでもいいのか?」

「ええ、構いません」


 実を言えば、死神と戦うまでは紫苑は迷っていた。寧ろ、安全策を取る方が自分には好ましいとも考えていた。

 しかし、先日の出来事が彼の考えを変えさせた。

 この国とは違って平和に過ごしてきた彼からしてみれば、この国の状態は些か刺激が強すぎる。

 だが、彼はその状態の中にいても不思議に不快と感じることはなかった。

 部屋で(くす)っているよりも外に出て様々な経験を積んだほうが、自身が求める道を見開ける感じがしたのだ。

 それにこの国の現在の魔術理論では別世界への転移は不可能だ。

 図書館などに蔵書されている数ある魔術書を読んでも芳しい結果にはならないだろう。

 それならば、と紫苑は考えたのだ。他の人よりも未知なる者との戦いに身を投じている彼らと一緒に動く方が何らかの手がかりが掴めるのではないかと。


 言い切る彼の表情をセドリックは黙って見据える。嘘を言っているようには見えなかった。

 彼は紫苑の双眼を観返しながら一枚の紙を取り出す。

 この前、紫苑の時に示した紙よりもはるかに上質な物で作られた契約書が紫苑のテーブルの前に置かれた。


「時間があったから、きちんとした正式な書類を作ってきたんだ。此処に書かれている条件で良ければ、一番下にサインを」


 言われて紫苑は契約書の項目に書かれている条件をざっと見通す。

 各項目には衣食住の保証、候補生として半年間の訓練の実施など、彼がこれからに行う生活の事が書かれていた。

 全ての項目を見終わった彼は渡されたペンを受け取り、下にサインをする。


(す、凄い……)


 まるで何かの化学反応を起こすかのように綺麗な色を彩りながら契約書は光り、二枚に分裂した。

 どちらにも先ほどには無かった、赤い紋章の様な物が刻み込まれている。

 セドリックはそれに加えて、サインが青色に変化した紙の方を紫苑に渡す。


「これで君との契約は成立した。明日からこの契約に沿って君の生活を保証しよう。今日は此処でゆっくりと休むがいい」


 サインが青く書かれた方が紫苑側の契約の控えとなるのだろう。

 もう片方の契約書をセドリックは丁寧に畳んで懐の中に仕舞い、彼にそう声を掛けて退出していったのだった。


 ◇◆◇


 ドアを閉めたセドリックは脇に待機させていた補佐のミルヴァの元へと近づく。

 先ほどの書類を彼に手渡し、代わりにミルヴァの方から複数枚に連なった紙束を引き渡された。

 どうやら紫苑の一件にはこれ以上首を突っ込む気は無いらしく、先ほどの上司がした事は知らない振りとして突き通すらしい。

 相変わらずの生真面目さにセドリックは苦笑いを零しながら、渡された書類を軽く読む。

 書類は数時間前に行われたある被疑者の口頭陳述にまつわる物だった。


「で、あいつの取り調べは進んでいるのか?」

「いえ、一向に本題に入る気配が無く……。かと言って激昂する様子もなく、ただ座っているだけです」


 彼がそう答えるとセドリックは僅かに肩を竦めた。

 ラウルが何故あの場所にいたのか。彼のそもそもの目的が一体何だったのか。

 彼が捕まって以降、未だ全てにおいて謎に包まれている。

 ラウル・シムノンを警備隊に引き渡した後、偶然(・・)出会った一般人の保護という名目で紫苑をこちらの棟の部屋で待機させていた。

 不法入国者となっている事に警備隊や上層部が気が付くのもそう遠くはなかったが、契約が交わされた以上、上層部の誰かに知られても手出しは出来ないだろう。


(あの時の彼の技は常識をはるかに覆す物だった)


 三日前に彼がラウルに捕らわれていた日の事を思い出す。

 紫苑が初めて水属性の適性を見出し、自ら志願して戦闘に参加した時の事。

 トドメを刺す寸前に紫苑が行った技法が今でも信じられずにはいられなかった。

 一度、出した具現化の攻撃を空気中の魔力に分散化させて、再構築させる。

 あの後、考えた仮説としては一番しっくり来る物だった。

 本当にそうなのかはまだ判明はしてないが、一般的な魔術理論を顧みてもそれ以外に理由付けは出来ないだろう。


 セドリックが蔓を使役できるのは彼の具現化したものが直に魔力と繋がっているからである。

 離れている様に見えるが、実際にはそうではなく、主に地下の根っこを通じて力を繰り出しているに過ぎない。

 自身の手から離れていても投げ武器の操作が出来るのは風属性の者だけであり、水属性の力を持つ紫苑では出来るはずもないのだ。

 にも関わらず、紫苑は遠く離れた場所から、直接手を触れずに魔力を再構築させるという非現実的な技を行っていた。

 地下にあった水を通じて発現させた可能性も無くはないが、あの一瞬の出来事でわざわざ広範囲の水源に手を出すのは難しいだろう。

 空間把握能力があれば、魔力の場所を特定する事は可能であるが、探知した直後に離れた場所から作り出すのはほぼ無理に等しい。


(本当にあいつは普通の一般人なのか)


 身なりと構えだけであればその様な事実でも頷けるが、彼に秘めているあの能力は高すぎる。

 彼が言わないだけで誰かに師事していたのではないのか。

 それとも、彼にはその力さえ把握する何かを自身も知らない内に知ってしまっているのか。

 街に帰った時に彼に問い質してみたが、彼の言葉に全て首を振るばかりだった。

 あの様子からして本当に何も知らない可能性が高かったのでそれ以上は聞かなかったが、未だにセドリックの中には疑問が残るばかりだ。


(この目で現実を疑う日が来るとはな)


 間違いなく紫苑は大成する。絶大過ぎるその力に嫌悪感も恐怖感も抱いていない所が逆に不思議なぐらいだ。

 力という物に慣れていないと人間は感情が高ぶり、その制御力は低下してしまう。

 自身の力という物を明確に理解し、当初から使いこなしている彼はかなり珍しい例だろう。

 自嘲気味に彼は笑みを零す姿を見て、ミルヴァは怪訝そうな表情を向ける。

 彼は何でもないと答えると歩みを進めながら再びぼんやりと考え込んでいたのだった。

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