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INSIDE CLAUDIA  作者: 雨音ナギ
第一章 四元素術師とアルトゥーロ
13/24

12:魔術師と四元素術師 (2)

「バーニス、無事で良かったわ」


 見知った顔に彼女は胸を撫で下ろす。

 行方が分からなくなってから、およそ一週間弱であったが、こうして何事も無く再会出来たのは喜ばしいことだ。

 しかし、此処で歓喜に浸っている場合ではない。敵はまだ、彼らの姿を探し続けているからだ。

 バーニスは軽く服に付いた砂を払うと風による探知を張り巡らせながら辺りを見渡す。


「ミリアさんが危うく貫かれそうになった姿を見て助けに来たんです。あの男は……ラウル・シムノンか」

「ええ。もう色々と現実離れした魔術師だわ。どうにもならない」


 それを言う貴女も間違っているのではないか、とバーニスは思うが、あえてその言葉を飲み込む。

 ミリアの言葉は嘘ではないと感じ取ったからだ。事実、彼女の姿はいつもよりも疲弊しているようにも見える。

 まだ大丈夫そうだが、いつ限界が来るか分からない。

 魔術の腕も武術も他に勝る所なしといった所か。

 ミリアの様にとある理由から身に付けるならまだしも、純粋なる魔術師があそこまで鍛えぬかれている例は珍しい事だ。

 一部の騎士は補助的な役割で魔術を学んでいるという話もあるが、やはり、職種に特化させている方が多く、文武両道の者は決してそう多くはない。

 完全に見くびっていたな、と彼女は淡いピンク色の髪を揺らしながら溜息を零していると不意に隣から声が上がった。

 この国では珍しい黒目黒髪の少年、紫苑は何かを思い出した様に二人に告げる。


「いや、打つ手は有るかもしれませんよ」


 紫苑は自らの薬指を指しながら、二人に説明する。


「あの男、確か俺たちを何かしていた時に青い指輪を撫でていた。もしかしたらあの指輪に何かあるのかもしれない」


 紫苑はラウルがしているあるアクセサリーを示す。

 彼曰く、ただの勘といえば勘だが、あの時、僅かながらに黒く濁ったように見えたらしい。

 そう言われてみれば、彼があの魔剣に変化させた時、最初に見た時よりくすんでいる様に見えたな、とミリアは呟いた。


「恐らく、魔道具の一種なんだろう。どういう理念で発動させているかは置いておいても、調べる価値は大いにある」


 バーニスは彼の話に確信を覚えながら、軽く頷いた。

 魔道具とは簡単に言えば魔術の力を高める、ちょっとしたグッズの様な物である。

 主に身に着けやすいようにアクセサリー型となっており、基本的には組み合わせにより、その効果を増大させている。

 ただ、魔道具にも相性というものが有り、付け方を間違えれば、危険な効果に発展するケースも少なくないが、魔力や実力が足りない魔術師は魔道具を使って補ったりしている事もあるのだ。


「となると、私達はあの指輪を撃破しなければならないって訳ね……。バーニス、私に風属性の加速を付けて」

「了解です。シオンは後ろに下がっていて。もし私達に何かあったらそのまま逃げてくれ」


 切迫した様子に彼は分かった、という面持ちで頷くと後方へ下がる。

 相手が、強い分、作戦会議を開きたい所だが、生憎、時間が無い。

 二人はそれぞれに武器を携えて追いかけてくる敵の気配を感じ取る。真剣な面持ちで構えを崩さずにいると上からラウルが舞い降りた。

 彼は風属性の魔術を唱えていたのか、大した衝撃を受けている様子もなく、目の前にいる魔術師と四元素術師の姿をちらりと一瞥した。


「此処に居ましたか……。おっと、これはこれはバーニス嬢。私の監獄から抜け出すとはどういう了見で?」

「どういう了見も何も、お前に捕まる理由なんて無いからな。湿っぽい空気の中だから居心地悪いし」

「ほう……。貴女が戻らないというのであれば、こちらとしても全力でお手合わせしなければなりませんね」


 澄ました顔でバーニス達の奪還を宣言する所を見るとラウルには自身の魔術によほど自信がある様だった。

 彼から先ほどとは違う、殺気を含んだ気配に生唾を飲む。まさに彼は二人を倒すつもりで襲い掛かろうとしているのだ。

 実際の所、ミリアを此処まで追い詰めるという魔術師はそれほど多くはない。強い魔術師を相手にバーニスも大きな勝算は無かった。

 しかし、此処で悪質な召喚使いを野放しにしておけば他にも被害が及ぶ。見過ごす訳にはいかなかった。


「あんたを監獄までぶち込んでやるよ!」


 バーニスの言葉を合図に三人は同時に動き出した。

 まず、先手を取ったのはミリアだった。彼女は剣を持ち、唱え終わっていた魔術を解き放つ。


「風の大地よ、我が力と共に携えよ――雷刀(ライブラ)!」


 ミリアの周りが金色へと包まれた途端、彼女が持つ大きな剣に変化が起きていた。

 銀色に輝いていた刃は放電を起こしながら小さな音を立てている。

 大きく跳躍した彼女は身を翻しながら、ラウルの懐へと飛び込んでいくと彼も持っていた魔剣で応戦する。

 互いの力は一歩も引かずにその場に停止しているが、依然として彼女の視線は男の姿を離さない。


「痛い目に遭いたくなかったら、大人しくしなさい」

「それは無理な話ですね」


 彼女が纏う刃の電流は一応、封じ込めの為に威力は抑えられてはいるが、一発食らえば、一ヶ月はベットの上で過ごすこととなる。

 そうなりたくなければ、今すぐ降参しろ、と彼女は彼に言っているのだが、男は聞く耳を持たない。

 彼は力を込めたのと同時に彼女の体は後ろへと飛んだ。その合間を縫ってバーニスは十本ほどの風の刃を叩き込む。

 甘い、と彼は呟き、一振りすると彼女が生み出した刃は全て消失させられてしまう。


「ちょっと固かったが……。まあ、四元素なんてこんなもんでしょう」


 こんなもん、という言葉で済ませられたバーニスは怒りで顔を紅潮させる。

 自身の四元素術師のプライドを否定された様な気がしたからだ。

 それよりも、と彼は二人の奥に隠れている黒髪の少年の姿を見つけると直ぐにそちらの方へと走りだすが、前衛として二人が立っている以上、通り抜けることは出来ない。

 彼自身もそこまで考えが無いわけではない。此処で回避として上に飛べば唯では済まないことぐらい分かっていた。

 だからこそ、彼は魔術を唱える。魔剣の恩恵により、ある程度の魔力と呪文の省略が出来る為、彼の魔術は瞬く間に完成する。


「真なる大地に力を与えよ――龍風陣(ジン・ドラギニア)


 ミリアが攻撃を抑えるために特殊な防壁を立てるが、その矛先は全く違っていた。

 彼女達の元へ確かに大竜巻はやって来たのだが、彼女らに当たる瞬間、角度を変えるかのように避けたのだ。

 しかし、ミリアは紫苑の元までドーム状の防壁を張り巡らせている。

 特殊な技法でかつ、無詠唱で作ったこの結界はいつもよりかは強度は落ちてしまう。

 風属性の中級魔術を何度も耐えることは難しいかもしれないが、それでも一発は有に耐えられる物を持っていたはずだった。

 ラウルはその様子を見ながら、不敵な笑みを浮かべて、一度、指を弾いた。


「えっ、な、うわあああああああ!」

「嘘だろ!?」

「……くっ」


 メキメキと音を立てながら、彼女が張った結界は一瞬にして崩れ去ると彼の姿をそのまま吹っ飛ばす。

 二人は何が起きたのか一瞬理解出来なかったが、ミリアは気が付いたかのように小さく声を上げる。

 暴風の中に複数の鋭い刃が混じっていたのだ。その刃が彼女の結界を切り刻み、限界を迎えた防壁は彼共々に巻き込んでしまったからだ。

 ミリア達の方へ行き渡らなかったのは気づいたバーニスが風を繰り出して進路をずらしたからだろう。

 彼女はそれを行いながら、風属性を駆使して彼を助けようとするが、その距離は余りにも離れすぎており、視界による把握と思念による発動の早さでは追いつくことが出来なかった。

 大きく飛ばされた紫苑はその身を風属性で調整を行うことも出来ずに遠くへ飛ばされると、高度を下げて森の方へと落ちていった。

 助けようと直ぐに結界の外を出て駆け出そうとしたバーニスだが、その背中はラウルによって打ち砕かれる。

 激痛が走る背中を押さえて、彼女は倒れこむと僅かに後ろを向いて、奥にいる男の姿を睨みつけた。

 完全に背後を取られた彼女の姿を見て、ミリアは詠唱を行おうとしたが、その動きを止める。赤く染まる剣がバーニスの首に当てられていたからだ。


試合(ゲーム)はまだ終わっていない。途中退場は認めませんよ?」


 ◇◆◇


(っ――)


 既の所でセドリックは攻撃を避ける。

 足元には自在に動く木々の鞭が蛇のように蠢いており、彼はそれを携えながら様々な攻撃を繰り出していた。

 遠距離による攻撃が出来るのが彼の最大のメリットだ。全てにおいて接近戦に持ち込んでしまえば、勝ち目は薄い。

 ならば、と彼は森である条件を活かし、木々の生命力をありったけに活発化させながら、二体の敵を追い詰めていく。

 最初は何事も無く、動きまわっていた死神達も、そろそろボロを出しはじめたらしい。先程より、動きが鈍くなったように思えた。


(よし、これで、私の方に利は向き始めた――)


 彼が頃合いを見計らって、大きな攻撃を打ち込もうと思った時だった。

 遠くの方から何かが落ちてくる気配を感じたのだ。

 彼は目の前にいる敵の警戒を解かないまま、視線を上げると一人の人間が大きく吹っ飛ばされ、こちらの方へ徐々に下降して行っている姿が目に入った。

 遠くから見ても分かる、黒髪の人間。間違いなく、今まで知り合った中でその様な人物となれば、あの人物しかいない。


「シオン!」


 流石に目の前の敵を撃破するか、人命救助に当たるかは天秤にかける余地もない。

 彼は蔓を自在に操りながら、振り子のように木々に巻き付くと彼が落ちていく地点の元へと駆け抜ける。

 何故、彼が宙を舞っているのかに疑問は湧いたが、そんな事を考えている暇はない。

 バーニスのような風属性や自分の様な土属性による蔓の使いであれば、自力でも何とか出来るかもしれないが、まだ適性がある”かもしれない”水属性の使い手候補者なのだ。

 自身の属性を使いこなすまでのレベルに達しているとは思えない。このまま放っておけば、彼は地面に直撃し、唯では済まないだろう。


(頼む、間に合ってくれ!)


 彼が動くスピードと紫苑の落下のスピードでは間違いなく後者の方が早い。

 視界が近づいてくる様子から見て、一刻の猶予も争わない状況下となりつつあった。

 セドリックはなるべくスピードを早めながら、己の視界の近くに紫苑が映るよう視線を強める。

 もう、これ以上間に合わない、と悟った彼はタイミングを見計らって上に大きく飛んで、右手を地面に付ける。

 彼の力と共鳴した木々達は絶大な生命力を与えられ、大きな枝が何本も伸びていくと同時に彼を取り囲む蔓も数を増やしていく。

 そして、その先は落下する紫苑へと向けられ、彼が地面に付く直前、紫苑の体は四方八方に伸びた蔓によって絡められたはずだった。

 彼は自身の周りに液体を張り巡らせながら、伸びた蔓と共に下降していく。まるでシャボン玉を支えるかのように蔓は徐々に長さを失うとゆっくりと彼は地面へと降ろされていったのだ。

 念の為、着地を確実にするためにひいた落ち葉へ身を下ろしながら、彼は軽く咳き込んだ。

 セドリックは突然の出来事に驚きながらも大きく息を吐いて、直ぐ様彼の元へと駆けつける。


「し、死ぬかと思った……」


 紫苑は自身の周りを囲っていた水の塊を解くと肩で息をしながらそう呟く。

 彼の体は完全に震えていた。まだ一般人でしか無い紫苑が感じた恐怖は計り知れなかっただろう。

 対するセドリックは安堵の表情を浮かべながらも内心、目の前で起きたことを信じられずにいた。

 具体的な発現が見られてから僅か数時間。咄嗟の出来事だったとはいえ、己の意思でこれを出した事に彼は驚きを隠せずにはいられない。

 沈黙しているセドリックの姿を訝しげに紫苑は見ながら、彼に声を掛けた。


「セドリックさん、でしたっけ。助けてくださって有難うございます」


 柔和に見せるその表情からは彼に対する感謝の気持ちが伝わってくる。

 本気で死ぬと覚悟していたのだろう。その表情はまだ青く、曲がりなりにも完全に無事だとは言えなかった。

 セドリックは彼の額に手を載せると自身の魔力をそこに込める。循環の流れを良くしているのだ。

 巡りが良くなった彼の顔は少しずつ赤みが差してきていた。気持ちも大分落ち着いたようだ。


「一時的な処置だ。私は医者ではないからな。直ぐにでもお前を街の医者に見せたいが、生憎、私は手が離せない」


 視線の先には追ってきた死神がいた。

 かなりの速さで走ったためであろう。彼らも来るのに時間がかかったようだった。


「ちっ、もう来たか……」


 セドリックは己の意識を森の物と同調させながら、剣を構える。

 先に攻撃が来たのは死神達からだった。

 蔓を巡らせながら彼は死神の背後へ回りこむために横へ動くと視界を離さないよう、目で追い続けていく。

 相変わらず、幻術により、彼を苦しめていたが、此処で倒れてしまっては彼を守ることは出来ない。二対一の戦いは明らかに分が悪いように思えた。

 次にセドリックが土による飛び道具を形成して投げ飛ばした途端、彼の背後からある魔力が感じることに気付く。

 無駄とばかりに避けて彼らの方へと歩みを進めて来たのと隣に居た死神の悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。

 水の槍が死神の足を貫いている。純粋なる四元素の攻撃をまともに受けて、立っていられる死神は居ない。ランクが違っても同じことだ。

 しかし、貫かれた者はよほど悔しいのか、負傷した左足を堪えながら、怨念の気配を巡らせて睨みつける。


「なんとか、当たった……」


 具体的に出現させる方法や角度が分からずに力んだのだろう。彼は少し息を荒げながら、敵を睨みつけていた。

 攻撃を繰り出したのは紫苑の様だった。その証拠に紫苑の黒目黒髪は薄い青色へと変わっている。

 幻想的なその姿に彼は視線を止めずにはいられなかった。

 相性が良すぎて、自分の意志で四元素を呼び出す時に瞳の色と髪の色が変わるケースがあるという話は聞いた事はあったが、セドリックがこの目で見たのは初めてだ。


「俺も手伝います」


「!」


 紫苑はセドリックの言葉を待たずにゆっくりと立ち上がる。

 彼が治療したおかげか、その表情はいつも通り変わらない物となっていた。


「足手まといになるかもしれない。でも、さっきみたいな事になるぐらいなら、俺も一緒に巻き込まれた方がいい」


 それは存外にも自身も戦闘の数に入れて欲しい、という意味だった。

 彼はバーニス達を思い出す。表情には出しては居なかったが、一般人の紫苑の護衛と魔術師との戦いの両立は二人にとって辛そうだった。

 守りに入り誰かの意識を削ぐぐらいなら、一層のこと戦闘に参加してしまったほうが良い。先ほどの事も相まって彼はそう考えていた。

 この深い森の中を駆けずり回り、街の方まで一人で歩くのは無理だ。土地勘も無いのにそんな事をすれば、倒れてしまう可能性のほうが高い。

 なら、ダメ元でも彼の援護に回った方がいいだろう。戦闘経験も無いし、己の運動神経がこの世界で直ぐに通用するとも考えていない。

 それでも、彼の後ろで黙って見ている気持ちにはなれない。単略的な考えだと非難されそうだが、彼にとってはそれが一番良いことだと感じていた。

 セドリックが彼の方に視線を向けるとその瞳からは強い意思を感じた。

 正直な気持ち、此処では彼には大人しくしてもらいたかったが、今の状況で戦力が欲しいのもまた事実。

 溜息を零しながら、セドリックは彼にこう返す。


「同じ戦場に立つんだ。一定の守りは期待するなよ」

「分かってます。今ので何となく感覚は掴めたと思うんで大丈夫ですよ」


 紫苑は笑いながらそう言う。セドリックは若干目を見開かせていたが、紫苑は気が付かなかったようだ。今の言葉の偉大さを彼は理解していない。

 通常ならば、発現が認められてから、自らの意思(・・)で技を習得するには相当な時間が掛かる。

 ましてや、感覚を掴むという事は自身の具現化と共に空間による攻撃や防御の把握も含まれているのだ。

 数発投げたぐらいでは掴むことは無理だ。過去最短とされる三ヶ月で、ある人物も習得していたが、彼はそれを上回るぐらいの速さで習得している。

 もう、素質に恵まれているとかそういう次元を超えている。目の前にいる人物は間違いなく、天才だ。

 彼はこの状況下においても必要以上に動揺した様子を見せていない。もう、先ほどの恐怖感は全て拭い去られた様だった。


「お前は突っ込んでいくなよ。絶対に援護だけしか認めないからな」


 はい、と紫苑が零した返事を聞いたセドリックは後ろの背中を彼に預けて走り始めた。

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