11:魔術師と四元素術師 (1)
「面倒だな」
セドリックは息を整えながら、目の前にいる二つの敵対者に視線を注ぐ。
追い打ちとばかりに地面を繰り上げて一気に詰め寄ろうとするが、二つの敵対者は邪魔だと言わんばかりに攻撃を弾き返した。
彼は汗を袖口で拭うといつでも身動きが取れるように姿勢を崩さずに彼らの姿を黙って観察する。
ミリアとの相談の結果、彼が死神を相手にする事になったのだが、その実力は中々の物で彼が具現化して繰り出す様々な武器を器用に回避していた。
(ランクとしてはAクラスの下といった所か。それでも二対一はあまり芳しくないな)
敵のランクを冷静に判別しながら、彼は反対側で行われている戦いに視線を向ける。
二人が放つ魔術攻撃はこちらにも余波が飛んでくる程であるが、一向に彼らのどちらかが倒れる気配はなく、尋常ではない魔術師達の力に彼は息を飲まざるを得ない。
セドリックは魔術師ではなく四元素術師であるため、魔術は扱えない。
ミリアと対峙しているラウル・シムノンは召喚魔術師の異名を持つ、魔術師兼召獣使いだ。
彼から土属性の効かない魔物や魔術を繰り出されれば、どんな戦況になるかは火を見るにも明らかであり、勝ち目は無いに等しい。
魔術師との戦いは魔術師であるミリアに任せるに限る。
彼女がラウルの方へ行った後、現れた死神と向き合った彼だが、相手のレベルは予想よりも遥かに上回っていた。
(Aランクなんて数年に一度出るか出ないかの際物だぞ……)
死神にはランク付けがされている上は特Aから下はDランクと幅広いが、Aランク以上は早々出る敵対者ではない。
大体、出現ランクとして多いのはCランク上位からBランク中位までであり、Bランクの上位やAランク自体、現れるのが珍しいぐらいだ。
彼自身も数ある死神と戦ってはいるが、Aランク級の者を討伐したのは十体にも満たない。
そんな稀な死神ランク保持者を一人で二つも相手にするのだ。分が悪すぎるのは分かっているが、手分けして行う以上、彼がやるしか無い。
(動きが早くて追いつけないのなら、こちらから追い込むまでだ)
セドリックは持っていた剣を更に大きくすると目の前に敵対者に向けて走りだす。
彼が走り続けている間にも、意識による四元素の術は作動し、彼の左右には頑丈な蔓が多く生え、死神に向かって貫こうとする。
死神は持っている赤い鎌を薙ぎ払いながらその蔓を切り落としていくが、一斉攻撃に富む土属性の攻撃は少なからずとも死神にダメージを与えていた。
流石にランクの高い敵であるため、下位ランクの者よりも耐性はあるようだが、そのダメージは只では済まず、少しずつ彼らの体を蝕んでいく。
スピードのある小さな攻撃よりも、辺りを包み込むぐらいの巨大な攻撃のほうが戦術として合っているらしい。
じわりと追い詰める彼らの姿を見て、セドリックは勝利を確信し始めていた。
(これで……どうだ!)
大きく剣を振り下ろし、死神の方へと突き刺す。
手応えは十分に感じており、脅威となる四元素術をまともに受けたのでは動く事すら出来るはずがない。
彼は思っていたのだが、瞬く間にその考えは打ち砕かれる事となる。
まさか、二つが合体して、その攻撃を受け止めているとは思わないだろう。
貫かれているはずの死神は痛みも感じずにただセドリックを睨みつけているだけだ。
(なっ――)
一瞬の隙が大きな攻撃を生む。わかっているはずなのに体が動かない。
死神は優雅に鎌を振って強い風と衝撃波と共に彼を奥の方へと吹っ飛ばした。
「っ!」
当たる寸前に意識を集中し、木の葉を出現させてダメージを和らげるが、風属性の様にスピードは落とせない。
かろうじて動ける程度の怪我で済んだが、腹部に痛みを感じている所からしてみれば何処か折れているのだろう。
幸いにも生命の力による治癒力を土属性は持っているので、それで措置を行うが、これも対処療法にしか過ぎない。
傷口が開かない内に何とかして二つを倒さなければならないが、思わぬ攻撃手法に彼は目を見開かせるしか無かった。
(死神が相手を取り込んで攻撃を行うなんて聞いたこと無いぞ……!)
野生の死神、という言い方は変かもしれないが、通常の死神には感情という物は存在しない。
ただ、下級魔獣と同じく本能的に戦っている。相手と協力して敵を倒すなんて考えは無いと言ってもいいだろう。
理論的には確かにそのはずなのだが、この死神はどうも一般の者とは違うらしい。
分離させていく姿を見た時にセドリックは何故自身の攻撃が及ばなかったかに気が付いた。
(幻術が使えるのか)
僅かながらにノイズが走る姿を見て彼は確信する。
この死神には相手の目を欺かせるための惑わしの術を使う事が出来るらしい。
ラウルが死神に何らかの細工を行ったのかは分からないが、厄介な相手には間違いないだろう。
(上等じゃないか……!)
軽く咳き込みながらセドリックは立ち上がると浮遊する敵を強い視線で見据える。
「私を此処までさせた罪は重いぞ」
彼は再び武器を持ち直すと二つの死神に目掛けて走り始めたのだった。
◇◆◇
「水の精霊よ、我に力を与えよ―― 氷の息吹」
彼女が発した理に倣い、地面からは氷の槍が多く現れ、ラウルの方へ飛び交うが、対する彼は優雅に 火壁を唱えると無数にあった槍は高温の熱で全て溶かされてしまう。
戦い始めてから約一時間。互いの属性干渉による消滅で二人の戦いは繰り広げられていた。
一向に決着が付かないのは魔術師としてのレベルが二人共同じぐらいだからだろうか。
(予想以上ね……)
ラウルが召喚使いとしては一流の腕を持っていたのは知っていたが、魔術の腕も此処までだとは思わなかった。
魔術勝負としても良い戦いとなっているだろうが、このままだと埒があかない。
ラウルもそれは分かっていたようで、溜息混じりに彼女の姿を見据えながら腕を小さく回した。
「六大魔術師として名高いミリア・ウェールズはこんなもんですか。大賢者アルベルト・ユーギンの弟子にしては大した事なさそうだ」
「何だと……!?」
唇を噛み締めて怒りを隠せない様子で彼女は憤慨するが、僅かに聞こえる詠唱を耳にし、表情を一変させる。
強力な上級魔術は幾つかあるが、彼が唱えていたのはその中でも一番難易度の高い、精霊の力を借りた魔術の行使だった。
赤く纏っている姿を見る限りでは彼は火の精霊を呼び寄せて自身の魔力の中に入れているようだ。
彼の周りに渦巻く魔力は全てを集約させるかのようにその姿を強調させている。
このまま攻撃を食らえば、ある程度、魔術に耐性を持つ彼女であっても只では済まないだろう。
それにこの術は並大抵の防御魔術では歯が立たない。彼女はこれに対抗する持ち駒の魔術は持っているが、詠唱時間は長く、今から唱えていたのでは間に合わない。
それでも彼女は精一杯の抵抗とばかりに唱え始めるが、その姿をせせら笑いながら、唱えた魔術を解き放った。
「焔を司る神よ、世界の理に力を携えよ――銀焔弾」
十数個に浮かぶ銀の炎弾が彼女の元へ降り注ぐ。
ミリアは持っている特殊な剣の効果で簡単な結界を張り巡らせる事が出来たが、やはり、魔術によって生み出されているわけではないので一時的な回避でしかならない。
(くっ……こうなったら)
既に一発受けているだけで亀裂が生じている結界の中では彼女は水属性を増加させる簡単な魔術だけを唱える。
息を吸って、柄に魔力を込めたと同時に周りにあった結界は砕け散った。
次に向かってくる炎だけに精神を集中させながら彼女は剣を構えると剣と自身の魔力を同調させながら、一気に踏み込んで一周するかのように剣を振った。
刃から生み出された力は彼女の意思に従い、次々に線を繋ぎながら伸びていく。
魔力とも魔術とも違うこの特殊な力は辺りに与える圧力としては並大抵の物ではなく、一閃を翻したミリアの周囲には先程まで生み出されていた無数の火の弾が消えていた。
ラウルは予想外の表情を浮かべながらも、先程の攻撃に感心したように目を細めながら彼女の姿を見据えた。
「南方で密かに行われているという気迫を用いた武術ですか。私には到底真似できない手法だ」
「あんたごときにやられるほど柔な修行は積んでいないのでね」
ミリアは空中で一回転を行い、僅かに革靴の音を響かせて地上に降りる。
その殊勝とした態度はまるで魔術師というよりも戦を連ねた騎士のように見える。
「強い女は嫌いではない……。せめて貴女がもう少し歳相応の格好であれば、お付き合いも考えても良かったのだが」
「誰が変人魔術師なんかと付き合うか。私は御免だね!」
勢い良く彼女は走りだすと縦に剣を振り下ろす。ラウルはその攻撃は無意味だと言わんばかりに体を大きく逸らして後ろへ飛んだ。
彼女は大きな金属音を響かせて、彼に追撃を行うが一向に当たらない。
対する彼は余裕の表情を浮かべながら、彼女の攻撃スピードを交わしていく。
まるで舞踊を行うかのように二人は軽やかなリズムを描きながら互いの武器を合わせるが、その力はどう見ても互角そのものだった。
「私も武術は多少、嗜んでいましてね。東方の国で貴族向けの剣技をやっていたので腕には自信があるんですよ」
彼は昔、武器の研究のために東方の国へ赴いた事がある。
ラウルがその時に教わった剣術という物はどちらかと言うと実践的な物ではなく、貴族同士の競技様に改良された剣術であった。
この剣術は剣としての威力はあまり無いが、回避能力に関しては他の武道より引けを取らない。
実際、とある剣術の師範レベルの実力を持つミリアを相手に彼は軽々と流れを読んで跳ね返しを行っており、涼しい顔をして攻撃を避ける彼の技はまさに芸術的だった。
攻撃軌道を全て読み切られている彼女からしてみれば、一歩も変わらない戦況に苛立ちを隠せない。一旦、ミリアは後ろに下がり相手の姿を見据えた。
この程度で息が上がる事は無いが、それでも無駄な動きは避けたいのが彼女の本音である。
(下手な兵士より強いかも……)
ミリアの場合、武術は魔術を補助する為に利用しているが、その実力は半端ではない。
下手すれば、街中を警備している兵士よりも腕は立つ。
国家騎士団の様な選抜部隊が相手であればどうなるかは分からないが、それでも互いに納得の行く力を魅せつける自信はある。
実際の所、ラウルは戦術を見る目に関しては国家騎士団と同じぐらいの力を持ち合わせていると言ってもいいだろう。
だが、所詮は貴族の武流の嗜みだ。回避は一流だが、攻撃に関しては割と甘さが目立つ。
彼の隙さえ抑えてしまえば、こちらの流れとして掴むことは可能であるが、その動きを見せてくれない以上、事実上の消耗戦となってしまう。
魔術を使って欺くという手もあるが、詠唱という弊害がある以上、間髪入れずに多くの攻撃魔術を生み出すのは難しいが、それはラウル側も同じ事だろう。
対等な条件で立っている状況で、勝利の風は僅かにラウルの方へと吹き始めたのだ。焦らないはずはない。
彼女は持っていた剣に魔力を込める。
全身が淡い光に包まれながら、ミリアは大きく振ると無数の白い刃が彼の元へと向かっていく。
「不死者よ、我を守れ」
彼の言葉に反応するかのように銀色に加工された剣は赤く黒い、不気味な色へと変化していく。
ラウルがその剣を薙ぎ払った瞬間、彼女が多く繰り出した刃は一瞬の内に消えてしまっていた。
「魔剣……ですって!?」
流石のミリアもラウルの手に携えてある剣を見て、狼狽えた様子を隠せずにはいられなかった。
彼の呼びかけに応えて変化した所から見ると応答型の魔剣のタイプだろうが、通常ならば、人間は触る事すら不可能だ。
その理由としては剣自体に付属する膨大な魔力と怨念が人間の力を奪い取ってしまうからであり、ミリアの様な特殊な人間でも、剣に触れる事すら膨大な痛みを伴う。
ましてや、純粋な人間であるラウルが軽々と使いこなせる様な代物ではない。
「貴女の驚く表情、見ていると中々清々しい物だ」
「悪魔にでも魂売ったの?」
魔界の剣を使いこなせるものは純粋なる魔族かそれこそ抵抗力の強い神でしか扱えない。
魔力の膨大化を望む魔術師は多く、度を超えた者は悪魔などに魂を売る事もある。
ただ、殆どの場合は自身の体との負荷が取れずに生きて帰れる者はいないが、稀にだが居るケースも存在するのだ。
そういう場合だと魔剣を利用することも不可能ではない。
しかし、ラウルはミリアの言葉に対して、首を振って否定するどころか、彼女に冷たい視線を送り、落胆した表情を浮かべていた。
「私はそんなリスキーな事は犯しませんよ。人間を辞めて世界を飛び回るのもそれもまた一興ですが、死んでしまっては元も子もありませんからね。まだ、不死薬の研究でもしていたほうが良い」
彼女の本質的な問いに答える気は無いのか、彼は溜息混じりに言葉を返した。
ラウルは自身の背ほどある魔剣を軽々と持ちながら彼女の方に刃を向けて紡ぐ。
「さて、そろそろ貴女の力はこれで限界なのかな?もっと楽しませてくれると思っていたが、残念だ。だが、私と同等に戦えたのは貴女だけだった。それに対して、敬意を示さなければな」
来る、と彼女が感じた時には既に彼は彼女の目の前にまで来ていた。
超越した身体力は魔剣のせいなのかは分からなかったが、対する彼女も愛用の白銀の剣で受け止める。
再び互いの動きが止められたかと思いきや、全力を出しているミリアに対して、ラウルは片手で楽々とその力を押している。
彼が両手で持ち直すとその力は増幅され、彼女の剣の力は押し出されてしまい、後ろへと飛ばされる。
(やばい!)
飛ばされた後に来る追撃の姿を見て彼女は危機感を覚える。
このスピードでは防ぎきれない。体制を立て直そうとするその間にも彼は迫ってきている。
最大限の攻撃を受けることを覚悟した彼女が、せめてもの軽減に軌道を変えようと空中で藻掻いていた瞬間、目の前に何かが通り過ぎた。
”ソレ”は彼女の手を取るとそのまま高速で真っ直ぐに飛んで地上へ着地し、ミリアを降ろす。
「大丈夫ですか?ミリアさん」
風属性の結界を解除し、彼女に尋ねたのは同じ組織の仲間である赤髪の女性――バーニス・ダニエルソンだった。