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魔王「勇者の顔を改めてよく見たら二重マブタだった件」  作者: 『冷やし勇者始めました。』読者の皆様。さんくすです!
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そのよん 部下Sと、もやしクレープ

『そのいち 側近ともやしハンバーグ』 http://ncode.syosetu.com/n7310br/1/ の続きです。

 みなさま、お久しぶりです。魔王城で側近様の部下をしております、部下Sと申します。


 種族は生ける鎧ーーリビング・アーマーです。ええ、毎日、オリーブオイルでお肌の手入れは欠かしません。見て下さい、この神秘的な漆黒。ーーあ、ごめんなさい、やっぱりあまり見ないでいただけますかーー? 注目されるということは、こんなにも恥ずかしいものなのですね。


 今日は、ハリウッドはチャイナシアターからそんなに遠くない位置に、日本人の経営する美味しいクレープ屋が存在するとの情報を、確かな筋から入手し、側近様がその調査に向かいました。しかし落胆した様子で帰還されたところをみると、あまり成果が芳(かんば)しくなかったのでしょう。


 側近様の落ち込んだ表情を見ていると、何故かわたしの胸が苦しくなります。これはどういうことなのでしょう? 側近様がまるで、わたしの心臓になってしまったかのようです。不思議な感覚ーー。魔族ならこういうとき、あざ笑って差し上げるのが優しさなのですが。


 ーーまあ、わたしたちの常識は人間族とは異なって高貴ですからね。あなたがたが理解できなくとも、わたしは気にしません。


「……側近様」

 わたしの近づく気配に気が付いたのでしょう。黒いドミノ牌を並べていた側近様が顔を上げました。


「……ああ、部下Sですか。あまり気にしないで下さい。人間はあのように間抜けで愚鈍な連中ーー彼らがもやしの美しさを理解しなくとも、仕方のないことーー」

 わたしは側近様の手をぎゅっと握って差し上げました。


「みなまで仰らないでください、側近様。そのような下賤なクレープ屋は、わたしが潰して参ります。ただ一言仰ってください。殲滅せよ、と」


「いいえ、違うのです部下S。たしかにあのクレープは絶品でしたよーー。パリッとしていて、そうでありながらふっくらとした優しさを保ち、しっとりとしている。一口噛めば極上の食感が口中くちじゅうにふわりと広がりました。


 生クリームの加減も絶妙ーーそう、あれは何と言っていいかーーまるでもやしのような。それでありながらまるでもやしのようで、まるでもやしではないかのようなーーそう、この世のものとは思えませんでした。


 薄切りにしたバナナの芳醇で甘い香り。添えたブルーベリーソースのコクのある味わいーーどれをとっても絶妙でした。しかし!」


 どんっ!

 ーー側近様が机を拳で叩きました。その振動でドミノが倒れ始めます。


「だからこそ!」

 ぱたんぱたんぱたんぱたん。

 ドミノが連続的に倒れていきます。側近様は気が付きません。


「だからこそ惜しい! なぜ、高邁にして至高、もっとも邪悪で、もっとも魔族にふさわしい食材であるもやしを使わないのかッ!?」


「……あ、あの、側近様……ドミノが」

「黙りなさい部下S! あなたは一体、もやしとドミノ、世界征服とゴキブリ退治、どれが大切だというのですかっ!!」


 ゴキブリ退治です。そんなもの決まっています。ですが恐ろしくて、わたしは口にはできませんでした。ーーなぜって、もやしの名を口にする側近様はちょっとキてますから。


 きっと、アドレナリンの分泌神経ともやしのイメージ(クオリア)が直結してらっしゃるに違いありません。もやし神経をお持ちなのです、我が上司は。

「……あ、あの、もちろん、もやし、です」

「そうでしょうとも!!」


 側近様が宙空で華麗な回転をキめました。麗しいです。


「……はぁ。というわけでわたくしは落胆しています。あのクレープ屋の作るもやしクレープはさぞかし……」

 美味であったろう、と。

 そうつぶやき、再び黒いドミノ牌を並べはじめました。


 こんなに落ち込んでいる側近様を見ていると、また、わたしの心臓がちくちくと痛みはじめました。


   ◆


 翌日のことです。わたしは、少しばかり緊迫した面持ちで、側近様の執務室へと向かいました。ドアをノックし、返事を待って開きーー、そして。

「……側近様!」

「……おや、部下S……その手に持っているのは……」


「もやしクレープ……です」

 わたしは、僭越な真似をしているのが恥ずかしくて、無理にちょっとだけ、微笑んでみました。ーー面頬のついた甲冑姿ですが。


「……あの、ある親切な方が作り方を教えてくださったんです。ーーそれで、わたしーー、あの。側近様がこれを食べて下さったら、人間界征服をもっと頑張れるような、そんな気がするんです。ですからーー」

「……フフッ、そこまで言われたら、食べないわけにはいきませんね」


 どうしてでしょう。側近様がほほえむと、わたしの心臓の鼓動が速く、強く、なります。

 側近様の手が、わたしの作ったばかりのクレープに伸びていきます。


 仕上げにかけたのはお醤油とマヨネーズ。醤油は間に合いませんでしたが、マヨネーズのほうは手作りです。タマゴと油から作りました。

 もやしは塩こしょうでサッと炒めてーー。


 そして、何よりも手をかけたのが生地。上質な小麦粉と、特別に取り寄せた「赤えんどう豆の粉」を使いました。落雁などのお菓子にも使われ、甘味と相性のいい食材です。それを今回は、三分の一ほど混ぜ込んでみました。味見をしたところ、まずまずといえそうです。そして新鮮な有精卵、塩こしょう。隠し味は人間界で手に入れた秘密の調味料です。


「……ど、どうですか……?」


 問いかけてから、わたしは気が付きました。

 ふいに放たれた殺気。この、空気はーー!


「側近、覚悟ォオオオ!!!」

 聖剣を構えた勇者が突進してきました。

 わたしの作ったもやしクレープの皿が宙に舞います。

「あーー」

 側近様が大鎌で、勇者の剣を受け止めました。わたしはーー


「させませんッ」

 勇者に突進しました。無我夢中です。

 肩から思い切り勇者にぶつかりました。

 勇者が吹き飛び、壁に背中から激突します。

 カシャーン!!!


「……あ」

 甲高い音がして、わたしは振り向きました。そこにはーー。

 ひっくり返ったお皿と。

 ーー床に落ちた、お料理がーー。


「……あ、ゴメン。食事中だったのか」

「……勇者よ」

 側近様がクレープを拾います。

 ーーそして。

「!?ーーダメです! 側近様、そんなものを召し上がられては!」

 側近様はわたしの作ったお料理を口にしました。初めに、一口。そして、ふたくち。愛おしむように、三口みくち目を。


「側近様っ!!」

 わたくしが止めるのも無視して、ゆっくりと、噛み締めて。


「ーーあぁ」

 わたしの目から涙が溢れてきます。ーーこれでは、いつもちゃんと手入れをしている鎧が台無しです。ツヤ出しスプレーもかけて柔らかい布で三時間も拭いているのにーー。


 食べ終えた側近様は、わたしのほうを振り向かないまま、勇者を見据えたまま、言いました。

「ーー部下S。美味しかったですよ。あなたの作ったもやしクレープはーー最高です」


 わたしは泣き崩れました。そんな、そんなーーっ! 側近様、まさかーー。

 アレを。


「ーー勇者よ。もやし料理を床に落下させたこと、悔やんでも悔やみ切れぬほどに後悔させてやろうーー!」


 側近様が詠唱した魔術。ーーそれは古代魔法の禁忌ーー。その威力ゆえに禁忌とされ、その扱いの難しさゆえに遺失魔法となったーー。


 上空に隕石群を召喚する魔術。メテオ・ストライク。


 流星雨が、魔王城に降り注ぐ。


   ◇


 その頃、人間界では、空を見上げる子どもがいた。

「あ、流れ星!」

「消えるまえに願い事いうとかなうんだよ!」

「無理だって!」


 三人の子どもが空を見上げて願う。

「だいじょーぶだよ! ほら、まだまだいっぱい流れてる!」

「……わぁ、ほんとだー!!」

「じゃあね、あたしの願い事はーー」



おしまい。


 読んで下さってありがとうございます!

!すぺしゃるさんくす!


 ハリウッドのクレープ屋の情報を下さったM2-1015ことマコ姫さま。

 もやしクレープのレシピを教えてくださった鴉野兄貴さま。↓


http://cookpad.com/recipe/904179

http://shopping.nihonkai.com/kobanet/products/1366946586/


上がもやしクレープのレシピ、

下段が赤えんどう豆粉のサイトです。

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