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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
イルザは僕を殺したい
9/23

リトルアフター 『きみを救う奇跡』

これはエンドロールのすぐ後の話です。

次の最新までにはまた少し時間が経ってしまいそうです。

パチパチと炎が木の枝を喰う音がする。

きみに灰が舞い落ちてくるのを、ぼくは手で払った。

「……エルザ、それって結構意味ないかも」

「…………」

すでにいくらか灰を被ったイルザが目を瞬かせるのを無視して、ぼくは上着を脱ぎ、彼に頭から被らせた。彼は咎めるような視線を寄越す。

「寒いでしょう、エルザ」

ぼくは首を横に振った。寒くなどない……はずもないけれど、今空に広がっている夜のような彼の髪に灰が紛れるよりは耐えがたくない。

イルザは普段血の気のない、寒さで薔薇色になった頬をふくらます。

その子供じみた所作に、ぼくがどれだけ安堵しているか、彼は知っているだろうか。


ーーあのとき、ぼくがしたのは危うい賭だった。


成功していなければ、きみはもうここにはいまい。

どうして成功したのかは、分からない。まったくだ。今でも不思議に思う。

けれど、それが重要なことではないとは絶対に言えないけれど、ぼくは思う。思うんだーー


(……きみが、生きていて、よかった…)


きみが死ななくてよかった。

きみは、ぼくが騎士団に入る前に死んでいてもおかしくなかった。

涙を流さぬまま、惨たらしく傷つけられたまま、孤独に逝ってしまっても、なんらおかしくなかった。

ここにいるのが奇跡みたいだ。

魂切るように引き攣れた叫びが、耳の奥に木霊する。

神懸かったように美しい貌を歪めて、きみは叫んだ。凄惨な過去の傷口を開いて、けれど、きみは本当の涙を流さない。

それが何故かなんて、いくらでも想像がつく。

ーーきみの黙殺された悲鳴や、言葉や、涙が。

狂っても憎まなかった父に、しかしきみが抵抗しなかったはずがない。

助けを呼ばないはずがない。

涙を流さずに、いられるはずがない。


きみの無為になった涙や、再び預けてくれた信頼に、ぼくは報いられるだろうか。


(いいやーーそうじゃない)

ぼくは同じ倒れた枯れ木に座り、むくれたまま夜空の星を見上げる彼に手を伸ばした。なめらかな、少し痩せた頬に触れる。焚き火に照らされた緑の瞳がきらめきながらぼくを見る。

(必ず、守ってみせる)

きみはぼくの手のつめたさに顔をしかめた。

「やっぱり、寒いんだ。エルザの馬鹿。僕、君が寒いと嬉しくないよ」

ていうか、見てると寒くなるよ、と彼は文句を言う。

ぼくがそれに口元をゆるめると、彼はすこし戸惑ったように口をへの字に曲げた。

それから「しかたないなあ」と何かを誤魔化すようにため息をついて、ぼくの上着を持ち上げると、ぼくの頭に掛けた。

あ、こら、と言おうとした口はすぐに封じられた。

イルザの体温がぼくに寄り添う。

「…イルザ?」

「こうすれば暖かいよね!」

うかれたようにきみが言う。

肩に擦り付けられたきみの顔は見えない。けれど、はしゃぐようにブラブラと脚が揺れている。

見ていると、それが唐突にぴたりと止まった。

「……ねえ」

かすれた声がぼくに囁く。

「僕の新しい名前、君が考えて」

「えっーー?」

「僕が生きるためには、必要だから」

母様の名前じゃ、もう生きられないーーと、彼は吐息のように細く告げた。

ーー彼は生きようとしている。すべての過去を呑み込んで。

(きみはもしかすると、……ぼくより強いのかな)

ぼくは唇を噛み締めるように頷いた。

「うんーーぜったい良いのを考えるから」

共有した小さな天幕の陰で、僕ときみは顔を合わせた。

息を飲むほど綺麗な緑の瞳が、ひどく間近にある。

きみの手がぼくの頬を包み、ぼくの手がきみを抱きしめる。

さらに近づいて、気づいた。彼の目がやけにきらめくのは、涙で潤むせいだった。

閉じた瞼の端から、涙がこぼれる。

唇が合わさる。

きみの唇はつめたかったが、相変わらず砂糖菓子よりもあまくて、溶けてしまいそうに柔らかい。

唇はあっさりと去っていった。

きみは近づけすぎた顔を離して、涙のつたう赤い顔をうつむかせた。

「君はお子様だから、ここまでだよ」

べつに照れすぎて死にそうなわけでもないよ、と涙を拭って、きみは悪戯に笑いかける。


きみという奇跡が、今、笑っている。



これからも、きっとーー




少し読みやすいように編集しましたが、内容に変わりはありません。

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