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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
イルザは僕を殺したい
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3.『澱んだ王の黄昏』と『開けられた檻』




それは、どろりとした夢でもみているように濁った青の瞳をしていた。

その暗く昏く翳った目はーー彼に良く似ている。

彼とは似ても似つかない造作をしていても、その蝋のように白い肌や、魂の抜け落ちたような無表情が、その狂気をより一層似通わせている。

それは国の王だ。

賢君、マズル十三世ーーそう、呼ばれていた。寵妃イグザルテが死ぬまでは。他の妃を皆殺しにするまでは。

今はこう呼ばれている。

ーー冬の黄昏、狂王マズル、と。



侍女たちの色話でエルザの魂と脳みその中身が抜けかかっていた頃、イルザは新しい部屋の新品の絨毯の上で、カボチャ人間につかまっていた。はたから見れば、自分付きの侍女に抱きついて座り込んでいるのだが、彼の主観としては目と口をくり抜いたカボチャが侍女服を着ているようにしか見えないのだ。だからイルザの中ではカボチャで遊んでいる、ということになっている。

イルザはそのカボチャの口にお菓子を放り込んでいる。マカロン、マドレーヌ、カヌレ、プディング……次々と放り込まれるそれは、イルザの食べ残しだ。今も大量にお菓子の山が皿に積まれているが、ガラガラになった皿はそれ以上にある。そして、彼のお気に入りの青リンゴも。

カボチャが詰め込まれたお菓子を必死に咀嚼している間、イルザは青リンゴを齧った。それから片手で青リンゴを積み木代わりにし始める。一段目を三角形に並び終え、さらに二段目を積み上げ、三段目を完成させて、イルザはもう青リンゴがないことに気がついた。残るはイルザの齧りかけな青リンゴだけだ。

もう無いの? イルザはカボチャに話しかけた。

「…………」

話しかけたのもまた、彼の主観でだけだ。実際には唇も動いていないし、やっとお菓子を飲み下せた侍女の方を見てもいない。彼は青リンゴの果汁をドレスに滴らせて、ぼんやりしていた。

ぐしゃり。

それは唐突だった。といっても、その訪れが唐突なのはいつものことであったが。

「きゃっ……」

侍女がサッと顔を青ざめ、そして素早く部屋から出て騎士に告げた。イルザ様の癇癪が、と。



グジャア、と靴底で青リンゴが踏み潰される。しかしイルザの体重では平たくならない。そのことに業を煮やしたかのように、イルザは青リンゴを掴むと、ガシャァン! 窓に投げつけた。当然ガラスは割れる。

そのまま次々と青リンゴを手当り次第に投げつけ、さらには蹴り上げ、それから何を思ったか割れて尖ったガラスの残る窓に突進しはじめた。カッカッカッカッと赤い靴の音が響く。

エルザは助走をつけて長椅子の上に飛び乗り、そこを駆け、テーブルを駆け、飾り棚を踏み台に跳び上がろうとしてーー後ろから何かに飛びつかれた。エルザだ。しかしイルザは分からない。分けのわからぬまま転げ落ち、そしてエルザに潰された。

「ッッ………」

衝撃に息が詰まる。しかしイルザは痛みを感じない。

エルザが悲鳴を上げるが、イルザには聴こえない。部屋の入り口付近に立つ女騎士が、目を丸くして二人を見ていた。カボチャ人間が群がってくる。

イルザはどっと疲れて、そのまま目を閉じて眠ることにした。



イルザの飛び降り自殺なのかガラスで自殺なのかよくわからないことを強制的に未遂にした後、眠りこけたイルザを見張っていたエルザは入り口の脇に控えた女騎士、ベアトリクスに話しかけられた。

「ねぇ、エルザ」

「はい、何ですか?」

イルザから目を離さずに返事をすると、ベアトリクスは艶めいた仕草でふうとため息をついた。

「貴方、物騒なことを考えているわね」

エルザは咄嗟に何も言えず、黙り込んだ。

「……ねぇ、エルザ。私、貴方のその時々真っ直ぐなところは嫌いではないわ」

「……どうも」

どんな顔をしたものか考えあぐねているエルザに、「でもね、」と強い調子でベアトリクスは言った。

「貴方が今考えているだろうことは、賛成しかねるわ」

「…………」

エルザはぐっと唇を噛んで俯いた。

「……危険よ、エルザ。私たちは貴方にそんな目にあって欲しくないのよ」

貴方のこと、イルザ様からたくさん聞いていたわ、と囁かれて、エルザは思わずベアトリクスの方に振り向いた。

ベアトリクスは妖しく微笑んだ。

「すごい惚気ようだったわ。貴方、愛されてるのよ」

イルザを見遣り、うふふと笑う。

それに笑い返す余裕もなく、エルザはベアトリクスを見つめ続けている。

「……ねぇ、気づいてる? 貴方が落ち込んでいるとね、イルザ様はお菓子を食べ残すのよ」

ベアトリクスは可笑しそうに告げた。

エルザは頬を赤らめたりなんてしない。

ただ、泣きそうな顔をした。



誰にたしなめられても、逃亡の算段は手放せなかった。

手放せなかったが、どうも気にかかることがある。

最近、王城は何だかおかしい。

エルザはそう感じていた。

王がイルザの宮から真夜中に慌てて帰ったこともそうだが、それからというもの、いっこうに王がイルザの元を訪れない。広大な王城の敷地を囲む巨大な城壁の内側にはいくつかの宮があるが、イルザの宮以外の空気が、おしなべて何かに怯えたような空気を纏い始めたのもそうだ。

渡り廊下ですれ違った見知らぬ騎士の強張った表情に、エルザは顔をしかめた。


その、夜のことだった。


真夜中に王の使いがやってきて、イルザにこう告げた。

この城から、国から、冬から、

そして謀反の手からお逃げになりますよう、と。



ーー冠を被った首が落ちた。

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