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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
イルザは僕を殺したい
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2.『イルザの痛み』と『役立たずの騎士』

直接的な表現は避けまくりですが、少々生々しいかもしれません。




母様が池の中にいる。違う。違わない。イルザは母様だよ。でも母様はーー母様は……


こんなに、汚くなかった。




ある夜のことだった。

ほとんど間を開けずにイルザの部屋に夜毎訪れる王が、真夜中、唐突に帰っていったことは。

そんなことはこれまで一度も無かったので、遠ざけられた当直の騎士たちはまったく気がつかず、部屋から遠く離れたところを、ずっと巡回していたそうだ。

その巡回騎士たちに何も告げず、王は慌てふためいて帰っていったらしい。同じく慌てた家臣に連れられて。

つまり、その晩、イルザの傍には誰もいなかったということで。

その事実を夜が開けてから王の使いによって知り、誰もいないがらんとした部屋を見た騎士たちは、背筋を泡立たせた。イルザがいない。どこにも。

そのことは瞬く間に朝食の席に着いていたエルザたちの耳に届き、エルザは真っ先に手に持っていたスプーンを放り出して食堂から駆け出し、他の騎士たちも次々に食堂を飛び出していった。

ただ、イルザは不思議なことにまだ死んでーーというか自殺してーーはいなかったし、そう時間もかからずに見つかった。

発見したのはエルザだった。てっきり部屋から遠くの川や森、自殺に適した場所に歩いていったと思った他の騎士は、イルザの部屋周りは最初に部屋の確認に来た騎士たちがざっと見回すのみで、白い東屋に白いシーツをひっ被ってぐったりしていたイルザのことは見つけられなかった。

だが、風に煽られたのかシーツがめくれて黒い髪の毛が零れた頃に、部屋に戻っていないか一応確認しておこうとしてそこが見える場所を通りがかったエルザは、すぐに気がついた。

(バラッドーー!)

「イルザ様!」

驚きながらも蔦薔薇の絡む東屋に駆け寄って、エルザははっと目を見開いた。

イルザは東屋の椅子の上で手摺に寄りかかるようにしていて、何故かシーツにくるまっていた。

そして、そのシーツごと全身がびしょ濡れだったのだ。

「な、………」

何故? エルザはそう思いながらもとりあえず東屋の中に入り、イルザのびしょ濡れのシーツごと抱き上げようとして、思わず手を止めた。

シーツの隙間から、何か不自然なものが見えたのだ。

エルザは嫌な予感がした。

あえて見て見ぬ振りをしたいとも思ったが結局気になり、恐る恐るエルザはシーツを退けてみてーー戦慄した。

シーツの下のイルザは裸体だった。その池にでも飛び込んだように濡れそぼった体は痩せこけ青ざめ、それでもなお美しく、しかし決定的に不自然なものがあった。

エルザの痛ましく痩せた体には無数の、不気味で訳のわからぬ嫌悪感をもよおすような跡がつけられていたのだ。

そう、つけられていた。きっと、あの王によって。イルザの父によって。

エルザには分からない。この跡が何を意味するのか。

夜伽の正確な意味も知らぬ少女には分かるべくもない。

(イルザーーあなたは、いったいなにをされているんだ)

エルザは全身這う怖気に身を震わせながら、虚ろな貌で座り込むイルザを凝視した。

死体のように生気のない、確かに昔、恋をしていた少年を。



何をされていたかなんて、すぐに知れた。そこらへんの(ただしイルザ付きではない)侍女から聞き出せばよかった。彼女らはこの年になるまでなにも知らなかったエルザを面白がり、必要なことから余計なことを面白おかしく叩き込んでくれた。その叩き込まれた衝撃で、エルザの頭は巨人の鎚で思い切り殴られたようにグワングワンとぐらつき、足取りは蚊トンボよりもフラフラだ。

(……ぼくは、ほんとうになにも知らない……)

自嘲の笑みが顔に張り付いている。

これまでエルザは、王が来ると必ず夜警から外され、朝も遠ざけられていたが、この理由がやっと分かった。

こういうことだったのだ。エルザがあんまり子供だったから、騎士団の誰も、イルザの侍女のだれも、エルザにそういうことを知らせようとはしなかった。

エルザがそういうことに耐えられないことも分かっていたのだろう。

(………イルザ)

エルザは心の中で初めて、イルザと呼んだ。

(……あなたはこうして狂ったのか)

「バラッドはそれも……分かってたのかな……」

ーー『イルザ』。それはバラッドの母、イグザルテ妃の愛称。

亡き母の名前を付けられ、愛妾のように扱われ、己を蹂躙されて、彼は何を思っただろう。

純粋で、甘やかされた子供だった彼は。

誰とも喋らずに、何を思っているのだろう。

エルザは俯き、立ち尽くして、そして決意した。

(……これを知って動かずに、何を騎士というものか)

強国の王の愛妾を、狂気で執着されている皇子を連れ出すなんて、不可能に近いというより、ただの不可能だ。絶望的でさえあるし、十中八九捕まり、首を跳ねられる。そんなことになればイルザの症状は悪化するかもしれない。

(それでもぼくはーー我慢がならない)

ーーイルザをどこかに連れ出そう。あの王がいないところに、馬に乗せて。

(たとえ、もうきみが狂気の沙汰から逃れられないとしても……ここからくらいは)



しかし、それから約ひと月、王はイルザの宮を訪れなかった。

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