03.『力なき神懸かり』
悪夢のように美しい自分の貌を見ると、この役立たずと罵りたくなる。
本当にこの顔は役に立たない。印象どうりに悪夢を背負ってくるだけである。
(しかも顔から下もどっこいどっこい)
これで何をどう役立てというのか、僕には検討がつかなかった。
(今ほど昔を悔やんだことはないよ……)
せめて甘ったれてないで真面目に勉学に励んでいれば、何かしら出来ることがあったかもしれないのに、遊びたい遊びたいと飛び出してばかりだった僕じゃあ何にも。いや本当に何にもない。
母様や父様どころか教師から庭師にまで甘やかされて甘えまくって勉学もそこそこに遊びまわり、本格的に勉強する年頃になるとさっさと気を狂わせて勉学どころじゃなくなった自分。剣もろくろく扱えない自分。身体が小さいまま成長してなくて、子供のままな自分。
鬱々と考えていると我ながら落ち込んで浮上出来そうもなくなってくるけれど、やっぱり。
(やっぱり考えなきゃいけないんだ)
頭をひねって、足を進めて、前を向かなきゃならない。
死者と生者を巻き込んで進む、それが僕の今いる道なんだから。
中心である僕が、しっかりしなくてどうする。
心が冷えていく。
冷たく、冷たく、暗い水底に落下するようなーーそんな感覚。
(これはきみが味わっていたものと、似ているのだろうか)
すかすかになってしまった一行の中、きみの手を引きながら考えた。
人を殺す度に、殺される度に冷たい塊が沈殿していく。そしてじわじわと奥底まで凍りつかせようとする、気がする。
まるで、宮にいた頃のイルザのように。ーーそう考えて、はっとした。
(ぼくを、凍らす……のか?)
そうだろうか、ほんとうに?
ぼくは凍ってしまうのか。彼を置いて、この手をはなし、安穏と氷漬けになって狸寝入りを決め込むのか。
(ーーそれは違うはずだ)
ぐっ、と握る手に力をこめる。
「……エルザ……?」
緑色の双眸がぼくを見やる。その目に光は、ある。
やっと取り戻した。
やっと取り戻したばかりだというのに、また失われてしまえというのか。
また独り、闇に預けて。
(恐怖に、狂気なんかに、負けてる場合じゃないんだ!)
この冬の国を出れば秋の空がある。その先には春の園が、彼方には夏の海が。
征かねばならない。
一人でも多く、共に。
ぼくは歩く足を止めずに、すこし振り返ってイルザを見た。
「もうすこし待ってて。国境を越えるころには、きっといい名前を考えつくから」
決然と伝えると、きみはひどく驚いたようだった。
ぽかんと口と開けて目を見開き、そのままおぼつかない足取りで数歩進んだ後、「わぁっ?」
足をもつれさせて躓いた。
わあっとこちらも声を上げながら咄嗟に抱きとめる。
「ご、ごめんよ!」
「いや、いいけど……足は?」
「大丈夫だよ!」
「イルザ様、静かになさってください」
先頭のエレノア団長が振り向いて、苦笑しながら人差し指を唇にあてた。
ごめんなさいと謝るイルザをちゃんと立たせながら、おや? とぼくは目をまたたいた。
(あ。……よくよく考えてみると、団長が笑ったところなんて、久しぶりだ……)
道中の他愛ないやり取りも、かなり前のことだった。隠れながらの旅だから、しかながないのかもしれないけれど、いや、しかし。
(いくらなんでも変だ。……というより、みんな変になっていたのか)
会話も減れば塞ぎこみがちなのも当然で、これからは夜休む前以外でも、声を抑えながら何かしら話したほうがいいかもしれないとぼくは思った。
(空気が重いのも状況が状況だから仕方がないとして、重いなら重いなりになんとか)
しよう、と考えたところで、ねえ、とちいさな声がかけられた。
なに、とぼくもちいさく返すと、ふっ、と彼は目を細めて微笑んだ。
木陰の続く森の中に、急に光が灯ったような笑みだった。
ねえ、エルザ、と明るさを含んだ囁きが耳朶を掠める。
「国境を越えたら、君が考えた名前、教えてね。ーー約束だよ!」
無邪気にころころと笑いはじめたきみに、ぼくはうんと頷いた。
「うん、約束するよ」
雪の下から芽を出す春のように、真新しいきみの名前。
道を示す、希望のひかり。