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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
ジャック・ナイフ
19/23

02.『心を象る暗やみ』



「う、あ、あ、あ…………」

ずるりと刃が引き抜かれる。

はく、と開閉する口から、言葉の代わりに血が、ああ、血が、ながれて。

命が流れていく。

彼女の名前を叫ぼうとして、声が出なくて、剣を抜こうと、いや彼女の身体を受け止めようと、したのかも、しれない。

息が苦しい。うまく、呼吸が出来ない。

それでも、ぼくの身体は動く。

ぎらぎらと光る剣の刀身にぼくが映る前に、相手の懐に、もしくは背後に、死角に飛び込んでーー首を貫く。一番、切れやすいから。何にも覆われていない、薄い皮。柔らかい肉。太く、無力な血管。それを断ち切って、血が噴き出す前に飛びずさる。じり、と土をえぐる足は、以前のように痛むことはない。ただ、疲労が積もっていた。

「……エルザ」

うつくしい声がぼくを呼ぶ。

その声音が含んでいるのは、恐れか、悲しみか。ぼくには分からない。

イルザ、イルザ、イルザーーまだ名前を変えられないきみ。覚えているんだ、あの約束を。でも、考えつかない。考えられないよ、きみの、新しい、新しく生きるための、名前。

そう、それは希望じみた光のようでーー

こんな暗がりじゃ、どうやっても見つけられそうにない。



あなたは万華鏡の夢でも見ているような寝顔をしているわ、と、一昨日いなくなったベアトリクスは言っていた。ならエルザはどうなのかと聞いてみたら、知らない人のは分からないわよ、と笑われた。それもそうだ、その頃のベアトリクスはまだエルザに会ったこともなかった。ただ、ぼくのエルザ話によく付き合ってくれていた。最近は、誰も彼もが塞ぎがちで、黙り込むことが多かったけれど、本来彼女はおしゃべり好きで、笑っている事が多かったはずなのだ。

なんで僕なんかに着いてきたのやら、とは、思ってはいけないんだろうか。許されるかな、それくらい。でも、悪いかな。

悪いね。

ごめんね、ベアトリクス。僕は万華鏡の夢はもう見ないんだ。

見れないんだ。

真っ黒いーー闇を溶かした黒が、広がっている、夢の中。

せめてこれが夜空だと言えたなら、彼女らも少しは報われただろうか……。

冷たい腕や青い目の転がる悪夢に、いつしか突き立つ剣の墓標。

華奢な形の、鋭い剣。

柄の色も長さも見慣れたそれは、彼女たちの剣。

こんなところで埋葬しても意味が無いのに、それは増え続ける。

(無駄なことを)(でも、人間らしいかな)(どうだろうね)(僕が殺しているの?)転がる『僕』と囁きあう……というより、独り言か。壊れた部分とはいえ、僕であることに変わりはないから。

(万華鏡は)(死骸を探れば)(出てくるかも)(でも動けないね)(僕脚がないや)(掴む手がない)(ああそういえば)

((君なら動けるんじゃない?))

ぐるり、と緑の目がいっせいに僕を見た。

「……動いたら、崩れてしまわないかな」

(大丈夫)(崩れても)(運んであげる)

ぬっ、と闇の中から青白い手が伸ばされ、僕の腕を掴んだ。

(慎重に)(まあ君も残骸だしね)(まだまだ保つんじゃない?)(とりあえず、ほら)(誰が一番持っていそう?)

「バラッドだよ。バラッドが持ってる」

万華鏡を夢見ていたのは、彼だ。

(そう)(そうだね)(どこにいるの?)(どこに)(いない)(遠くに?)(いないよ)

(いないね)

(万華鏡、なくなっちゃったね)

そうだね、とため息をついた。手がするすると離れて、闇に消えていく。

万華鏡があったら、さて、どうなっただろう。

(どうにもならなかった、かな)

(エルザにも、あげられないし)

エルザ。

君はまだ、万華鏡の夢を見ているだろうか。

((ーー見てるわけ、ないか))

せめて真っ黒くなければいいんだけど。

(いやいや)(絶対黒いよ)

笑いを含んだ声がして、それを最後に闇が除けられていく。

ーー朝が来る。目を開けて、遠くへ行かなければならない。



夜明けの遠い、月の照らす午前。

泥のように眠るエルザの顔は、とうてい安らかとは言えない。

(やっぱり、真っ黒けなのかな)

さら、と寝乱れた赤い髪を手ぐしで梳く。

細い骨格。薄い胸。疲労した脚。

痩せた、手。

いつかきっと……。

いつか、

きっと?

(『いつか』がくる前に)

この細い人は、壊れてしまわないと、どうして言える?

ぐっ、と乾いた唇を噛む。

(どうにかしたいのに)

そう思ってから、いや、違う。僕は首をふった。

(どうにか、するんだ)


ほんの僅かにでも、力があるのなら。

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