Op.『青眼に瞬く狂気』
ーーいくら逃げても、恐怖は追いすがってくる
僕の歯車はガタが来ているのに無理矢理潤滑油を入れられて動かされていて、最近は泥を被りながらそれに沈まないようにあがいている。
その泥は死だ。
幾人もの騎士の死。
追っ手に見つかってしまうまでは天国じみていてさえした逃亡の旅は、短く燃え尽きてただの泥に塗れた惨劇と化し、僕らに襲いかかってきたのだ。
女たちが死んでいく中で、エルザは僕を抱えて必死に逃げる。
仲間を屠られるその胸中ははかり知れない。僕だって、彼女らの死にちっとも悲しみが無いとは言えないし、特に古参の騎士がいなくなれば、戻りたての痛みが疼く。
でもきっと、エルザほどじゃないんだろう。
エルザは死にそうな顔をしている。
僕もそれを真似ているけれど、それだけじゃない。いくらかは自然と浮かんで来ているようだ。
息を潜めた旅の合間では、彼女らが何を、どうして僕にかけて国を出ようとしていたのかは散り散りにしか聞けなかった。
でも、取り戻した温かさが削り取られるようで、辛かったのかもしれない。
騎士の心得をかなぐり捨てるような勢いで主人を抱えて逃げるエルザたちは、まるで生きた炎だ。短くも激しく燃え立ち、そして消えゆく炎。
僕を守ろうとする炎の騎士たちは、何を思いながら死んでいったのか。
まだ僕と走っている騎士は、何を、何かを考えられているのか。
僕の騎士は今、とてもひどい顔をしている。絶望に追いつかれそうな、そんな顔を。
君のために笑いかけるのも虚しくなる。それでも微笑もうとして、向かい合った形相に凍りついてしまう。
怖ろしかった。
間近に迫り、はこびる死よりも、君の青い目が同じ色の狂気と重なり始めてきた気がするのが。
とても、怖かったんだ。