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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
外伝 おやすみ闇の皇子
14/23

過去と未来話



母さんよりも料理が上手かった、

母さんを誰よりも愛していた、

誰もが守れなかった、

風にさらわれたフレイ。

父さん。この世でぼくの名前を一番最初に呼んだひと。




「正確には僕らは何にもしてないんだけどね。ただ、それでもやっぱり恐ろしいことが起こったのは事実で、すんなり笑い合うには暗すぎてね」

「…………」

「だからね、ちょっと合わせる顔が無いかなあって、お互い思ったんだ」

「……それで、その仮面?」

なんか変だなあ。

「そう。でもね、これが結構深刻なんだよ」

「何が起こったのさ……それに、きみらじゃないって?」

ううん、と彼は首をひねった。少し沈黙。

そして、彼はそっと口を開いた。

「…………むかしむかし、といってもあれからどのくらい経ったかなんて知らないけど……とっても仲睦まじい夫婦がいてね。子供も生まれて幸せで、毎日笑暮らしてた。夫婦喧嘩もあったみたいだけど、僕は見たことなかったなあ……」

仮面が外して、彼は自分の頬を撫でた。冷たそうな指先だった。

「その子供はね、妻にそっくりだったんだ。男の子なのにね、瓜二つだったんだよ。髪の色や、目の色さえ、寸分違わなかった」

自分の目元をなぞって、彼は遠くに視線を投げかけた。薄明るい光に照らされて、顔の下半分だけが柔らかくも流麗な曲線を晒している。

ぼくは黙っている。不吉な気配がしても。聞く前から、分かったことだ。

「とっても幸せだったんだけどーーある日、妻が亡くなってね。夫はおかしくなったんだ。だんだん気が触れていく中で、妻にそっくりな子供に妻の面影を重ね始めて、それから坂を転げるように子供を忘れ、妻がいるんだと思い始めた……」

「…………」

唾を呑み込む。自然と息が詰まって、すこし苦しかった。

ふ、と短く息を吐き出すと、その音で我に返ったのか、彼は目を見張ってぼくに視線を合わせた。

「…………ああ、よくよく考えなくても、君くらいの年頃の子にする話じゃなかったね」

「え」

「終いにしよう」

唐突すぎる。ぼくは焦った。

「つ、続きは?」

「気になるの?」

「……うん」

「んー、じゃあね」

少し間が空いた。

「二人とも死んだよ。……でも、僕らはそうじゃないけどね」

「……?」

「壊れたものなんだよ、僕ら。壊れて戻らなかったもの。過去のものだね。生きて、死んだ彼らじゃない」

「…………」

分かったような、分からないような。

「つまり、おかしくなる前の夫と子供?」

「そういうこと」

にこっと彼が笑う。仮面が被りなおされる。

「だからね、僕らは何もしてないし、されてないんだけど……起こったことは知ってるから」

だからーー仮面被って、誤魔化してるんだよと、寂しげに微笑まれる。

「過去の、もの……」

不思議だった。

ぼくは確かに現在を生きているはずなのに、過去の人間と対話している。

「あの、きみさ……きみの未来は……」

もう、死んでるのかな? とまでは、言えなかった。そういえばさっき、死んだとか言ってたしなあ。

予想に反して、彼は少しおかしそうにした。

「あはは、別にそんなこと、遠慮しなくていいのに。……それにね、僕の結末はそんな不幸じゃなかったよ」

「そうなんだ」

ほっとしたけど、さて。不可解でもあった。

「本当はね、きっと未来なんて存在しなかったんだ。僕は壊れて、そのまま潰えるはずだった」

すっと背筋が冷えるようなことを、彼は平然と告げる。でも、実際には背筋が冷えるくらいじゃ済まなかったはずだ。

それでも彼は、幸せになれたのだろうか。

ぼくはじっと答えを待った。誰かの話しを真剣に聞くのは、最近じゃあんまりなかった。

「けどね、彼女が……僕を救おうとしてくれる人が、いたから」

輝く緑の瞳が鈍る。ハッピーエンドを語る顔が曇る。

「僕は未来に連れ出されて、不幸のままにはならなかった」

どうしてなんだろう。

彼はまったく嬉しそうじゃなかった。

「……その割に、嬉しそうじゃないんだね」

彼はもちろん、と大きく頷いた。

「だってね、不幸から未来へ引っ張っていかれたのは、僕じゃないんだもの」

僕は、ほら、この通り。

薄暗い月夜の下で、過去の墓標は目を眇めた。

「……きみは、救われなかった」

「うん」

「きみはーー不幸せなの?」

「そうかもしれないけど、さてね」

君はどう思う?

彼はぼくから目をそらして、天井へ視線を向けた。

二階の、父へ。

「僕は今、元々の暮らしや境遇を壊されて、悲運を押し付けられて、元凶と墓場で暮らしてる。それを、君はどう思うの?」

言葉にされると、ますます重たい状況だった。

ぼくはテーブルに置いていたボウルを抱えて、中身のプディングの元を覗き込んだ。プディング。彼のチーズケーキとは違う、レシピの分かったお菓子。

父さんのレシピから作った、菓子。

顔を上げた。説得力の無さそうな声音が出る気がしたけど、仕方ない。ぼくには父さんなんて遠い話なんだから。

「……きみはきっと、とても不幸なんだと思う。けど、ぼくはやっぱり……うらやましい、かな」

「君には父様がいないから?」

彼は怒っても、喜んでもなかった。無表情でぼくをじっと見ている。

ぼくは、少し悲しく思った。父さんがいない。ぼくにはいない。彼には、母さんも、未来もない。

「うん、そう。でも、こうも思うよ。ぼくは、父さんがいなくても幸せだったよ。母さんがいたから。さみしかったけど、幸せだよ」

だから、そう、そろそろ帰らないと。怪しいひとたちがうろついていても、ぼくの家に帰らないと。

母さんが、待ってる。

「きみは今、父さんといられて幸せ?」

果たして、彼は微笑んだ。

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