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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
外伝 おやすみ闇の皇子
13/23

チーズの行方



家の裏手には墓がある。粗末だけど、白くてきれいな墓がある。

真っ白い墓標にはいつも柔らかく編まれたリーフが掛かっていて、周りは花の咲く狭い庭。

春の間中ずっと満開の、美しい庭。




暗い夜の墓場で、その墓標はぼくに語りかける。

「ここのこと、だいたい分かった?」

「…………うん」

ぎこちなく頷いたぼくを見て、彼は微苦笑した。

「話しすぎちゃった? ごめんね、怖がらせたよね。ここは静かすぎて、つい喋りたくなるんだ」

たしかに、しんとしている。今もこの世界では何かが眠って、消えゆこうとしているんだろうか。

「大丈夫だよ」

半分嘘だった。この夜は恐ろしい。でも、だからといって彼を怖がろうとは思わなかった。

彼はただの、忘れられた死人だ。

「そう? 僕はしばらく眠らないから、ゆっくりしていってね」

ゆっくり。その言葉にはっとなった。

「う、ううん、ぼく、早く帰らないと」

「怪しいのがいるところに?」

椅子から浮きかけた腰が止まる。

「な……なんで知ってるの?」

「見てたんだ、僕。君が投げ込まれるところ」

隠れてたけどね、と彼は付け加えた。

むっと竃から漂ってくる薫りが強くなる。

彼が立ち上がった。

「ケーキが焼けたみたいだ。ちょっと待っててね」

「……うん」

雲が動いて、月明かりが戻ってきた。

月光を浴びて揺れる花を眺める。

いつまでもここにいるわけにはいかない。でも、帰ろうにも扉が開くか分からないし、開いても怪しい奴らがいる。

どうすればいいんだろう……。

物思いに沈んでいると、ふわっと鼻先にいい匂いが掠めた。

「あはは、ちょっと焦げちゃったけど、気にしないでね?」

顔を上げると、彼が円いケーキをテーブルに置くところだった。

表面はこんがり焼けた狐色で、平べったく、装飾のたぐいはさっぱり無いのが彼の服装と正反対だった。

「あ、そういえば前掛けとかしないの?」

ぼくはしてるんだけど、と自分の前掛けを引っ張ると、彼も手を伸ばして引っ張ってきた。

「?」

「何、これ。知らないや」

「ああ、」

そういえば坊ちゃん育ちの子だった。

「料理するときに、服が汚れないようにするんだ」

「へえ……じゃあ、僕がしても意味ないよ」

「どうして?」

彼は前掛けから手を放した。

「ここだと汚れは放っておけばきえるもの」

それは、便利というかなんというか。

「だから僕たちが生活出来るんだけどね」

「そうなんだ」

「そうだよ」

ふふふと彼は笑って、ケーキナイフを手に取った。

「僕、後片づけなんてしたことないしね」

スっとナイフの切っ先がケーキに沈む。

スっ、スっと切っ先が出入りし、きれいな三角に切り取られていく。

フォークと一緒に皿に盛り付けて、彼は僕の前にそれを置いた。

「めしあがれ……で、合ってたかな」

「合ってるよ。いただきます」

ひとくち口に含んで、ぼくは首をかしげた。

なんだか知っているような、慣れているような味がする。食べたはずもないケーキなのに。そういれば何ケーキだろう、これ。

「美味しいね。何ケーキ?」

「それが、僕にも分からないんだ。作ってるレシピが分からないなんて、おかしいよね……」

でも、ここはおかしな事ばかりだよ、と彼はボヤいて、緑色の目を伏せた。

そのまま正体不明のケーキを頬張ると、「う~ん、知らない味だ」と眉を寄せ、「でも僕にしては美味しい」とフォークをケーキに刺す。ひょいひょいと食べ進めて、彼の切り分けられた分はすぐに無くなった。

「たぶんチーズケーキじゃないかなあ、これ」

ナフキンで口許を拭きながら彼は言った。

「チーズケーキ? チーズなんて入ってたのかな」

「一応入れた記憶はあるよ。あんまりチーズ風味じゃなかったけどね。……たぶん、失敗作だったんだよ」

「きみが失敗したの?」

「かもしれないね。僕はまだまだ修行中だもの」

にこっと笑って、彼は仮面を被った。仮面がぐにゃっと笑う。

今更だけど、気になった。

「あのさ、それ」

「うん?」

指差すと、仮面の目が、というより穴がまん丸くなる。

「どうして動いているのかな」

「さあ」

さあって。ぼくは呆れた。

「分からないのに被ってるんだ」

「だって、面白いでしょう?」

彼は妖しく微笑む。仮面は、怪しく微笑む。

「へんなの」

「くっく。でも、面白いだけじゃあ四六時中被ってなんかないよ」

仮面が突然への字に口の端を曲げた。

「どうしたの?」

「うん、ちょっと悲しくなって」

「なにが悲しいの?」

「仮面」

いったいどうしたんだろう。悲しみの形に歪んでいく仮面に、もしかして呪いの仮面か、とぼくは思い始めた。

なんてことだ、彼は呪われてしまっていたのか!……、なんて。ちっとも面白くないジョークだ。微妙に真実味があるから、気味が悪い。

「この仮面を被っているのにはわけがあるんだけど、話してもいい?」

また怖がらせるかもしれないけど、という彼を、ぼくは上目遣いで見やった。

「呪われないならいいよ」

「なにそれ」

彼はくすくすと品よく笑った。

「呪われないよ」

「ほんとうに?」

「そんな呪いなんて無いって。……君は怖がりだね…、ちょっと彼女に似てるかもしれない」

彼は懐かしそうだ。

彼女って誰だろう。

病んだように白い小さな手を仮面に這わせて、彼は語り出した。

密談のように、声をひそめて。

「ーーこれさ、父様もしてたの、覚えてる…?」

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