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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
外伝 おやすみ闇の皇子
12/23

墓標とお茶会




『光の画』というものがある。

世界を四角く映し出す不思議なもので、たいていは偏屈な芸術家が稀に生み出し、そしてそこで終わり、数枚だけが世に残る。

作り方も定かではない旅人の置き土産の中に、灰色の髪の紳士がいる。

美しい碧眼を細めて、彼はずっと前にいなくなった。




おかえり、と出迎えたのは、またもや仮面の人だった。

彼と同じ仮面を被ったその人は、彼のお父さんだった。

ぼくを見つけると、にっこりと仮面を動かしたまま、どうぞ、とだけ告げて引っ込んでしまった。

「ごめんね、父様は子供が少し苦手なんだ」

苦笑する仮面を被って、彼はぼくを家に上げた。

端っこの竃から香ばしい匂いがしている。その上ではポッドが置いてあって、湯気が立っていた。

ボウルをテーブルに置かしてもらいつつ、勧められた木製の椅子にぼくは座った。

彼は不思議なカンテラを持ってきて、少し狭い丸テーブルの中央に置いた。

カンテラの中身は青い花で、ぼうっと光る白い光の粒をこぼしている。

「……花が光ってる」

「変だよね。でも、ここの唯一の光源なんだ」

やっぱりあの世なんだなあ、なんてことを思っていると、彼がティーポッドから苦労してお茶を淹れるのが見えた。慣れない手つきで彼がティーカップを運んでくるのを見ると、落っことすんじゃないかなあなんて思ったが、そうでもなかった。

「どうぞ」

「どうも」

彼が対面に座ると、なんとはなしに緊張した。

けど、それはすぐに解けた。

ぼくが紅茶に口をつけた瞬間、彼はあっさり仮面を外した。あんまり無造作に外すものだから、ぼくはしばらく仮面が外されたことに気がつかなかった。

彼が紅茶を飲み下した時、やっと気がついた。

「あ、仮面」

ぼくはちょっとした衝撃を受けたが、彼はなんでもないように頷いた。

「うん。さすがに仮面を被って紅茶飲むのはね……」

あはは、と笑う顔はやはり見えにくい。けれど、見えにくくとも整っていることは分かった。

輝くような緑の瞳が、カンテラの光を映し込みながら瞬いている。何かに似てるなあ、と思う。

「…………」

沈黙が降りる。

なんとなく家を見回すと、月明かりの差し込む窓際に花が揺れていた。

「あれは、母様が好きだった花だよ」

ぼくの視線に気づいた彼が説明を付け加えた。

「そうなんだ。……お母さんも、一緒なの?」

そうだとしたら、少し羨ましかった。

ううん、と彼は首をふる。

「僕と父様だけだよ。母様はね、天国」

かすかに嬉しそうに微笑む。

「そっか。天国かあ……」

父さんもいるかな、という呟きは、彼に聞こえてしまったらしい。

「父さん?」

「うん。ぼくの父さんは、ぼくが小さな頃に風にさらわれたんだって」

「…いるんじゃないかな、天国。風が連れて行ってくれたさ」

明るく笑う気配がした。

そうか、風か。だとしたら、いいな。

「そうだね」

一口、紅茶を飲んだ。さっきはよく分からなかったが、不味くない。美味しくもなかった。

「きみって、坊ちゃんだったの?」

淹れ方もぎこちないし、服装も高価そうだ。

「あ、不味かった?」

「ううん、不味くないよ」

「美味しくもないけど?」

ふっと彼は吹き出した。

「まあね。僕はさる国一番の坊ちゃんだったよ。姫君みたいに大切にされていた」

彼は懐かしそうに目を細めて笑う。

「おかげで紅茶ひとつに苦労してるよ。お菓子作りは何でかましなんだけどね」

「へえ。でも、死んでいるのに、食べないといけないのかな」

「いいや」

月が雲に隠れて、緑の目がほとんど見えなくなった。

静かな声音だけが聞こえてくる。

「僕らはね、ただ、眠ることだけを求められているんだ。時々起きるけど、それだけ」

「……眠る?」

「そう。こう聞いてないかい、『おやすみの夜』だって」

かた、とティーカップがテーブルに置かれる。中身は空だった。

「ああ……聞いてるよ」

「ここはね、弔いの場なんだよ」

「弔い……」

「僕らは……お墓も、葬送もなく、消えていったものなんだ」

お墓も、葬送もなく。

それってどんな気分なんだろう、とぼくは思った。彼は少し、ため息をついた。

「僕らはね、本当の意味では死人じゃない。墓標なんだ」

「墓標?」

「そう、墓標。魂が眠るのを待ってる、いわば墓場なんだよ、ここって」

墓場。それを聞いて、やっとぼくはぞっとした。

ぼくは墓場でティーカップを握っている。死者の墓標と向かいあって。

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