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イルザは僕を殺したい  作者: Perseus7
イルザは僕を殺したい
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0.『気狂いイルザ』と『消えたバラッド』

この小説には、本当にさわり程度ですが、性描写や男性から男性への性的虐待の仄めかしが入る予定です。




彼はドレスを着ている。

くすんだような濃い赤紫の艶のない生地を基調に、薄緑色の細かい花柄の布を重ね、褪せたような水色で長い襟を拵えた、どうにも不思議なドレスだ。

彼にはそれが良く似合った。

彼は本当に神懸かったように美しい姿をしていて、しかも成長が止まっているものだから、ドレスが良く似合う女の子にしか見えない。

しかし、人がすんなりと彼に魅入ることは少ないだろう。まず彼の中で目の行く所といえば、その夜空を切り取ったような見事な長髪ではなく、血の気の引いた滑らかな白磁の肌でもなく、世の神秘が詰め込まれたような凄絶な貌の造りでもなく、ーーその、びっしりと生え揃った睫毛の奥にある、碧眼だ。

その緑の瞳は古沼のように濁り、闇がしたたるように濃厚な翳りを帯びている。

とんでもなく不吉な目だった。彼の外見には、これでもかというほど不釣合いな。

ただ、釣り合っているとしたら、その表情と中身だろう。

とても気づかれにくいことだが、彼の顔は始終表情が抜け落ちていて、まるで感情を伺わせない。そしてなにより、中身が問題だった。

彼は精神を病んでいる。一人を除いて人間がカボチャに見え、誰とも口をきかず、誰の声も聞かず、物をよく壊し、痛みを感じず、奇矯な行動が目立ち、いつも疲れたようにしている。

一番問題なのが、彼が死にたがりだということだった。

唐突にふっと死んで死んでしまおうとして、止められては何事もなかったかのように元に戻る。それを延々と繰り替えし、しかし本人は無自覚だ。

彼はいつもの通り、魂が無いような顔をして、何故か部屋の窓縁に腰掛けている。

天井が吹き抜けのように高い彼の部屋において、窓はそれなりに高い位置ーーちょうど二階と一階の間くらいーーにある。そんな所に座るのは、危なっかしいことこの上ないと思われるが、ナイフを首に当ててみたり、湯船に沈んでみたりしている彼にとってはなんでもないのかもしれない。

しかし、周りはそうは思わないのだろう(あたりまえだが)。

その証拠に、後ろから彼の腰を支えている騎士がいる。



この騎士はエルザという。未だ少女ともいうべき年齢ではあるものの、そのすこし大人びた風貌や高めの背には、立派な女騎士の風格が漂い始めている。

それでも花のような容姿は変わらず、華やかな彼の騎士団の制服がよく似合う。

窓の枠に手をかけ、足をかけ、いざという時のために保険をかけながら、器用にバランスを取って彼の腰に手を回しているーー落とさせないために。

彼はそのことに少しも気がつかないような、それとも気にしていないような様子で外を向き、足を投げ出してぼうっとしたままだ。

彼も、彼女も無言だった。彼は前述の通りたった一人にしか言葉を交わさないし、彼女もそれを知っていて話かけないし、注意もしない。

ただ、心のうちでは延々と問いかけていた。

(ーーバラッド)彼女は心の中で彼のことに呼びかけた。

バラッドーーそれは彼の正式な名前ではない。彼はイルザ。皇国の第三皇子、イルザ。バラッドは忘れ去られたはずの彼の幼名だ。

何故ただの女騎士であるエルザが知っているのかというと、海よりはもちろん浅く、山よりは断然低い、単に暗殺除けで騎士の名門、エルザの実家に預けられていたから、という理由がある。

当時のイルザーーバラッドは父母から離れた寂しさからか、年の近いエルザに懐き、エルザもまた多少わがままでも美しく愛らしい弟(妹)分にご執心で、騎士の誓いまで勢い余って立ててしまうほどであった。その後いくつかの事情で数年離れることとなるが、熱は冷めやらず、全く変わらなかったーーのは、エルザだけだった、のかもしれない。

バラッドもつい最近まではそうだったが、いつからかやり取りしていた手紙の文面が次第に乱れ始め、あるときぷっつりと途切れてしまった。

何事かと慌てて修行を終えてイルザの騎士団に入団してみれば、すでにこの有様であったという。

それに重ねて、奇妙なことにーーイルザはエルザ姿が見えず、声も聞こえないように振舞うのだ。再会したときは周りがどういう事だとざわつく中、エルザだけが納得してしまっていた。特大の衝撃と共に。

エルザが立てた騎士の誓いーーそれは『あなたをお守りします』等という子供騙しの代物ではあったものの、その頃のバラッドは本気に受け取ったし、エルザもそれなりに本気で言ったものだったのだ。それにはしっかりと『守る』の一言が入っていた。イルザに対して、決して誓ってはならなかった言葉だ。

(ぼくが守れなかったーーいや、守らなかったから、きみはこうなってしまったのか)

エルザは思う。これは己が罪だ、と。


(彼がバラッドでなくなったのは……ぼくのせいだ)

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