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 王都でも特に賑わうブティック街に到着した。年間を通して温暖なユニヴェル王国らしく、通りには色とりどりの花が飾られ、華やかな香りが漂っている。


 エドワードが、数ある店の中でもひときわ賑わっている一軒へと入っていく。その姿を馬車の中から見送っていると、ほどなくして店の前が慌ただしくなった。


 どうやら貸し切りの体制が整えられたらしい。

 店の窓際から、エドワードがこちらへ向かって微笑みかけてくる。ついでに、待ちくたびれているであろうミレーヌのために、魔法で窓ガラスをステンドグラスへと変えるなど、サービス精神まで発揮していた。


 ぶつぶつと不満を漏らしながら店を出ていく令嬢たちも、窓越しに彼の横を通り過ぎる瞬間だけは頬を染める。

 圧巻の魔法に、うっとりと見惚れているようだった。


 その様子を、ミレーヌは白けた面持ちで眺めていた。


(これじゃあ、まさに悪役令嬢らしい買い物じゃない……)

(というか、あの人って本当に――私の婚約者になるエドワード・アルシェント公爵令息で合ってる?)


 ミレーヌは、自分の記憶がだんだん信じられなくなってきた。


 なにしろエドワードとブティック街を訪れるのはこれが二度目。前回は、より派手なドレスを扱う店へミレーヌが半ば強引に連れ込んだだけで、彼が先に動くことなどなかったのだ。

 今とは天と地ほど対応が違う。

 

 それに店の中でも、彼は難解そうな本を手にしたまま、「似合っています」「どちらでも」と型どおりの返事を繰り返すだけ。それでもミレーヌは満足し、買い物の後にお茶をして帰ることをねだったが、彼は柔らかな笑みだけ残し、ミレーヌがポーっとしているうちにさっさと別の馬車を捕まえて帰ってしまった。


 要するに、うまくあしらわれただけだ。

 もちろん当時のミレーヌは気づいていなかったけれど。


(大部分は私が悪いとはいえ、そんな男のどこがよかったのよ)


 そう思いながら戻ってきたエドワードの手を取って馬車を降りる。整った横顔が視界に入るたび、うっかり頬が熱を帯びそうになるのが悔しい。

 やはり、顔だけはとてもタイプだったのだ。


 


 ブティックの中では、流行を取り入れた最新のドレスがずらりと並んでいた。ミレーヌが選んだものに加え、エドワードが手に取った三着を試着することになった。

 

 しかし、ここでもまた奇妙なことが起こった。

 〝あの〟エドワードが、前回とは別人のように、試着するたびに丁寧な感想を述べ始めたのだ。


 ミレーヌが淡いブルーのドレスを纏えば、「こんなに可憐な女性は見たことがない」と、甘い笑みを向けられる。

 レモンイエローの一着に着替えれば、「僕の見立てに間違いがなかった。今度このドレスを着て、興味を持たれていたオペラの観劇に行くのもいい」と、さらりと次の約束を取り付けようとしてくる。


 さらに、ふわりとした柔らかな生地のドレスに袖を通した瞬間、手を取られ、甲に口づけが落とされた。


「女神のようだ」


 ラピスラズリの瞳が闇を帯びた気がして、背筋に冷たいものが走った。

 今のは、なんだったのだろう?

 少し気になったけれど、それ以上にツッコミ欲が勝ってしまった。


(……キャラ、違わない? 大丈夫そう?)


「……ミレーヌ様?」

「あ、いえ、エドワード様に褒めていただけて嬉しいわ……」


 ははっと、下手すぎる、から笑いまでおまけしてしまった。

 それ以上どう返せばいいのかわからず、とりあえず無難な言葉を選んだまでなのだけれど……。

 本来のミレーヌなら「当然よ」くらい言い放っていただろうなと思うと、今だけはそっちの方が良かった気もしてしまう。


 ちらりと様子を窺うと、ミレーヌの反応が予想外だったのか、エドワードの目が見開かれていた。

 妙な空気に耐えきれなくなって「店を出ましょう」と提案したけれど、では最後にと、「本日の装いにはこちらの帽子がよくお似合いです」と可愛らしい帽子をプレゼントされてしまった。たしかに今日の装いにぴったりで、ちょうどいい帽子を1つも持っていなかった身としてはありがたい。


 素直に「ありがとう」と言って受け取ったら、また、お化けでもみたような顔をされた。

 

 それから結局、ごますりする店員の圧に負け、試着したドレスはすべて王宮へ送るよう手配することになった。

 



 店を後にしたミレーヌとエドワードは馬車に乗り込んだ。


「お付き合いありがとう。おかげで良い買い物ができたわ」

 

 不審なエドワードのせいで気疲れしたものの、ミレーヌはそれなりにホクホクしていた。

 これで、あの卑猥なとんでもドレスを着なくて済むことになったのが嬉しくてたまらなかった。


(これで当分の外出着には困らないし、足りなくなれば外商人に同系統を揃えてもらえばじゅうぶんかな)


 一旦、帽子を外そうと手を伸ばすと、エドワードがそれを阻止するように、やや大仰な口調で褒め言葉を重ねた。


「せっかくお似合いになっているのですから、もう少しその姿を僕に見せてください。……しかし、こんなに可憐になられて、他の誰にもミレーヌ様の姿を見せたくありません。いっそ貴女を僕の箱庭に閉じ込めてしまいたいくらいです」


(今、なんて言った?)

 

「……」

「……」


 お互いに「誰なの、この人は……」という顔をしていたと思う。


 仕方がない。エドワードほどの男性に気にかけられ、褒められて、嬉しくない女などいないはずだ。以前のミレーヌであれば、間違いなく鼻高々になっていただろう。

 それなのに、褒められるほど今のミレーヌの顔色は悪くなっていく。


 不信感しか湧かなかった。


 あまりにも態度が違いすぎるのだ。過去の彼の、記憶の中の印象のどれにも当てはまらない。

 イケメンだけど。めちゃくちゃ好みの顔をしているけど、おかしいのだ。

 やっぱり――。


(うさんくさ)


 率直にそう思ってしまった。エドワードだって、ミレーヌに対して得も言われぬ違和感を覚えていることだろう。

 これ以上は上手くやれる自信がない。必要なドレスは手に入れたし、デートだって終わりでいいだろう。この気まずい雰囲気を保ったまま王宮へ戻り、解散する。以降は徐々に距離を置き、両親にも「公爵令息への熱は冷めたのね」と思わせる。きっとお父様は、「やはり婚約しなくて正解だった!」とご満悦になるに違いない。


 そう、ここまでは完璧な計画だった――はずなのに。


 従者に「王宮へ」と告げたところで、「もう少しご一緒しませんか」と引き留められる。気がつけば以前ミレーヌが行きたいと騒いだ、王都の中心地から少し離れた有名な店へ向かうことになっていた。


 正式な護衛を伴っていないことに一瞬だけ不安がよぎったが、腕の立つ従者とエドワードがいれば問題ないと頷いてしまったのは――あの瞳に見つめられたからだろうか。


 おや、と思ったけれど、何が引っ掛かっているのか、その正体がわからない。


(ああもう、顔がいい男ってのは、本当に厄介だなあ)


 ミレーヌはのんきに息を吐くと、見慣れない街の景色へ視線を向けた。



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