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第7話 崩れゆくもの

※本話はロベルト視点です。

精神的に追い詰められる描写があります。



執務室は、静まり返っていた。


 書類に目を落としたまま、リリアンは顔を上げない。

 それでも、ロベルトが入室したことには気づいている。


「……リリアン」


 かすれた声。

 王でありながら、許可を乞うような呼び方。


「座って」


 短い一言。

 感情は乗せない。


 ロベルトは椅子に腰を下ろすが、背筋は強張ったままだ。


「ダリアの件ですが……」


「終わった話よ」


 即答だった。


 ロベルトの言葉を遮り、ようやくリリアンは顔を上げる。

 その目には、怒りも悲しみもない。


 評価だけがあった。


「あなたは、彼女を選ばなかった。

 それだけのこと」


「違う……! 私は、ダリアを――」


「“守りたい”と言った?」


 リリアンは首を傾げる。


「それとも、“愛している”と?」


 ロベルトは言葉を失う。


 思い出そうとするほど、

 自分が曖昧な言葉しか与えていなかった事実が突きつけられる。


「あなたはね、ロベルト」


 リリアンは静かに続ける。


「誰も失いたくなかっただけ。

 王位も、私も、ダリア妃も」


 机に手を置き、立ち上がる。


「欲張った結果、誰も救えなかった」


 ロベルトの喉が鳴る。


「……私は、間違えたのか?」


 縋るような問い。


 リリアンは、迷わず答えた。


「ええ」


 たった一音。


「でも安心なさい。

 王としては、まだ使えるわ」


 その言葉に、ロベルトの顔色が変わる。


「王として……?」


「そう。

 “夫”としては失格でも、

 “王”としては、まだ役割がある」


 リリアンは微笑んだ。


 それは社交界で見せる、完璧な王妃の笑顔。


「だから、感情はここで終わり。

 これ以上、ダリア妃に関わることも、

 私に縋ることも許さない」


「……私は、どうすれば」


「立って」


 命令だった。


 ロベルトは反射的に立ち上がる。


「王として、そこにいなさい。

 それ以外の居場所は、もうないわ」


 逃げ道はない。

 責められもしない。


 ただ、切り捨てられた。


 ロベルトは、その場で初めて理解する。


 ――自分は支配されているのではない。

 見限られたのだと。


 リリアンはすでに視線を書類に戻していた。


 それ以上、彼を見ることはなかった。




ーーー




執務室を出た瞬間、足の力が抜けた。


 廊下の壁に手をつかなければ、立っていられなかった。

 誰も見ていない。

 見られてはいけない。


 ――王としては、まだ使える。


 リリアンの声が、何度も頭の中で反響する。


 使える。

 それだけの価値。


 笑いが、喉の奥からこぼれた。


「……はは」


 乾いた音。

 感情は、もう追いついてこない。


 その瞬間だった。


 前世の記憶が、完全に繋がったのは。


 配信画面。

 数字。

 順位。

 視聴者数。


 そして――

 自分より上に表示され続けていた、ひとつの名前。


 まり(マリアナ)


 必死に追いかけ、勝てず、

 それでも諦めきれず。


 陰で足を引っ張り、噂を流し、

 正当化していた。


 ――俺は、努力している。

 ――あいつが奪っているだけだ。


 同じだ。


 今も。


 王位が欲しかった。

 愛も欲しかった。

 肯定も、羨望も、すべて。


 選ばなければならない場面で、

 何ひとつ手放せなかった。


「……何も、変わっていない」


 声が震える。


 前世でも、今世でも。

 立場だけが変わっただけ。


 誰かの上に立とうとして、

 誰かを利用して、

 最後には、独りになった。


 ――守る。


 ――愛している。


 言葉だけだった。


 覚悟も、責任も、伴わない。


 だから――


 前世では、誰にも選ばれなかった。

 今世では、選ぶ資格を失った。


 膝が、床に落ちた。


 王宮の冷たい石床。

 王になるはずの男が、無様に崩れ落ちる。


「……俺は、王になりたかったんじゃない」


 誰にも届かない独白。


「選ばれたかっただけだ」


 だが、誰からも。


 マリアナからも。

 ダリアからも。

 そして――リリアンからも。


 選ばれなかった。


 いや、正確には違う。


 自分で、壊した。


 自分の欲で。

 自分の弱さで。


 廊下の奥で、足音がする。

 誰かが近づいてくる気配。


 ロベルトは、顔を上げられなかった。


 王として立つことはできる。

 だが――


 人として、もう立てなかった。




彼は、選ばなかったのではなく、

選ぶ勇気を持たなかっただけでした

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