第4話 ーー見えていなかったもの
※本話は、第2話より前の出来事になります。
最初に違和感を覚えたのは、ほんの些細なことだった。
ロベルトが、私を見ていない。
正確に言えば――以前と同じように見ている“つもり”でいるだけだった。
学園の廊下で言葉を交わしても、視線が合うまでにわずかな遅れがある。
微笑みも、返事も、すべてが一拍ずつずれていた。
「……どうかしたの?」
そう尋ねれば、彼は決まって同じ答えを返す。
「いや、何でもない」
それ以上は言わない。
言えないのか、言わないのか――その区別すら、私にはつかなかった。
周囲は変わらず穏やかだった。
私が側妃候補として名を挙げられていることも、誰もが知っている。
祝福の言葉も、期待の視線も、以前と何ひとつ変わらない。
変わったのは、彼だけ。
それなのに、私はずっと自分に言い聞かせていた。
忙しいだけ。
責任が重くなっただけ。
王子として、考えることが増えただけ。
そう思う方が、楽だったから。
けれどある日、偶然耳にした噂が、胸の奥に小さな棘を残した。
――最近、第二王子殿下の周囲が騒がしいらしい。
――学園で、よく話している令嬢がいるとか。
名前は出なかった。
誰も断定はしていなかった。
それでも、その場にいなかったはずの私は、なぜか息が詰まった。
「……まさか」
否定する言葉は、あまりにも軽かった。
その日の午後、庭園でロベルトと顔を合わせた。
他愛のない会話を交わしながら、私は思い切って彼の名を呼んだ。
「ロベルト」
彼はすぐに返事をした。
けれど、その瞳は――私の奥を、通り過ぎていた。
まるで、別の誰かを見ているかのように。
その瞬間、胸の奥で何かが静かに音を立てた。
壊れる音ではない。
けれど、元には戻らないと分かる、そんな感触。
私は笑った。
いつもと同じように。
そして、その笑顔の裏で、はっきりと理解してしまった。
――彼はもう、私を見ていない。
知らないふりをしていたのは、
もしかしたら――私だけだったのかもしれない。
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