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婚約破棄、彼女は私たちの恋を許してくれてありがとうと笑った

作者: にふゆ

私はシャーリィ。グッバリー公爵家の娘で、この国の王太子の婚約者。真っ直ぐな白銀の髪と紫の瞳を持っていて、女性にしては高い身長も相まってか『怖い』『踏まれたい』などと恐れとコアなファンの混じる感想をいただくきつめの美人だ。


「殿下のことを愛してしまったの。お姉様、どうか私達のことを許して!」


そして、こちらは異母妹のレイラ。彼女は目に涙を溜めながら言う。ふわふわとした輝く金色の髪にくりくりと大きい青い瞳。身体の線は折れそうなほどに華奢で、あらゆるものの庇護欲を掻き立てそうだ。そんな儚げな美少女の涙は何も知らない人間が見たらうっかり絆されてしまいそう。

……まあ、私は全部知ってる上に当事者なので絆されるわけないんだけれど。


「レイラ、君が頭を下げる必要はないよ」


いや、まったく下げてないし。

レイラを庇うように前を出てきたのはこの国の第一王子であり、私の婚約者であるはずのアルフォンス殿下。中身が滲み出ているのか、顔は整っているのにやたらと軽薄な印象を受ける。

今この場で一番頭を下げるべきなのは誰かと問われたら、間違いなく殿下だと思う。

今日は私や殿下の通う学院の卒業パーティーだ。本来であれば彼は婚約者である私をエスコートしなければならないところ、なぜか妹のレイラを伴って会場に現れた。事前に用事があるから一緒には行けないと断りを入れられてはいたが、まさかこんな『用事』とは誰が思うまい。おかげで、変な注目を浴びてしまったし、今も興味津々な視線が私達に刺さっている。


「殿下。説明をしてくださいませ」

「説明もなにも、婚約破棄をしたいと言っている」

「ですから、それに説明が必要だと言っているのです。私が婚約者に選ばれた理由は殿下も重々ご理解されているでしょう?」

「お前が聖女だからだろう?」


そう、聖女。この世界には魔法が存在するが、聖女にはそれとは別の不思議で神聖な力があるとされ、その者は私のように白銀の髪と紫の瞳を持つとされている。そして、その神聖な力は大昔に人間と敵対していた魔族に対して絶大な力になったらしい。

聖女はこの国から生まれる。前の聖女が死ぬと、入れ替わるように新しい聖女が生まれてきた。私の前の聖女はアルフォンス殿下のお祖母様だ。この王国はそうやって聖女を王家に取り入れ、再来するかもしれない魔族に備えてきたのだ。

つまり、私と彼の婚約は政略結婚であり、魔族がいると信じている国民に対してのパフォーマンスでもある。殿下とレイラの一存で破棄できるようなものではないのだ。

私が詰め寄ると、しかし殿下は鼻で笑った。


「父上も所詮はお伽噺に過ぎないと笑っていらしたよ」

「そ、れは……陛下が婚約破棄に同意なさったと?」

「ああ。そもそも、レイラだって公爵家の娘に変わりない。政略結婚であるなら、姉だろうと妹だろうとどちらでもいいだろう。それに、聖女だということを鼻にかけてレイラを見下すお前のことが俺は気に入らなかった!」

「見下してなど……」

「うるさい!今さら言い訳など無用だ!」



レイラと私は同い年だ。それはつまり、彼女が父親の浮気で出来た娘であるということ。父は母が病気で亡くなると、喪も空けぬ内からレイラとその母親を屋敷に招き入れ、そしてすぐに再婚をした。

それまで平民として暮らしていたレイラには貴族の常識もマナーもまったく身についておらず、しかも本人に学ぶ気がない。

せめて家の名に泥を塗らないようにと、学院でのやらかしを見るたびに口を酸っぱくして注意していたのだがそれが殿下の目にはレイラをいびっているように映ったらしい。

しかし、殿下と陛下がこれなら公爵家の方は……


「……レイラ。お父様にも伝えたのよね?お父様はなんて?」

「お祝いの言葉をくださいました!」


嬉しそうにレイラは答える。言いながら殿下にさらにくっついてなんとも幸せそうだ。


そうか、そりゃあそうよね。考えるまでもなかった。


父親はレイラをたいそう可愛がっており、彼女が欲しがるものは私から取り上げてでも与えた。今回のこれも例に漏れずということだろう。


しかし、本当にこんなことがまかり通るだなんて。

レイラと殿下が親密な関係にあることは把握していたけれど、それでも正妃は私、レイラは側室として召し上げられるものだと思っていた。

……まるで夢みたいだ。


「殿下。そして、レイラ」

「なんだ。文句があるなら聞いてやらんこともないぞ」

「婚約破棄の件、了承いたしましたわ。私、お二人の婚約を心からお祝い申し上げます」


そう笑顔で言った時の二人の顔ときたら。それどころか、周りの群衆までぽかんとした顔を浮かべてしまっている。


「つ、強がりか?お前は昔から可愛くない女だったものな!」


てっきり憎悪の視線を向けられるか、はたまた悲しみで泣き崩れるかだと思っていたらしい殿下は思わぬ反撃に面食らって、震えた声で私をなじる。この癇癪に腹が立ったものだけど、今はなんだかもう微笑ましくすら思えてきてしまう。


「いえ。私も叶わない恋だと思っていましたから、嬉しくて。……レイラ、どうか幸せになってね」

「お姉様……」

「私も幸せになるから」

「え?」

「エリアス、来て!どうせ見ているんでしょう!?」


きょとんとしたレイラを置き去りに、私は誰に言うでもなく声を上げる。

殿下が「頭でも狂ったか……?」なんて呟いているけれど、残念ながら私はどこまでも正常だ。

呼びかけた数秒後、私の隣の空間が捻じれて一度激しく光る。眩しさに閉じた目を開くと、そこには病的なまでに白い肌と長い黒い髪を持つ長身の男がいた。服も黒いので威圧感がまたものすごい。


「呼ぶのが遅いですよ」

「妥当なタイミングでしょ」


不満そうに私を睨む男に適当に返した私を周りの人間が信じられないような目で見ていた。まあ無理もない。

いきなりここに現れたのはこの世界で一番の大国を統べる皇帝の息子にして、次期皇帝であるエリアス・ティデーダだったからだ。大物も大物過ぎて、貴族の通う学校とはいえこんな卒業パーティーなんかに参加するような存在ではない。


「な、なぜ、エリアス殿がここに……!?」


アルフォンス殿下の顔色は至極悪い。次期王、次期帝王と、一見立場は同じようではあるが、その国力は桁違いだ。ちょっと可哀想になってくる。


「シャーリィの卒業式を見守りたくて、遠見の魔法を使っていました。あ、彼女に許可は取っておりましたよ」

「シャーリィの……?どういうことです……?」

「ああ、僕、ずっと彼女に片思いしていたんです。ただ、自分は婚約者がいるし聖女だからと求婚は断られ続けていましたが」

「私の一存では婚約破棄など出来ませんでしたので」


これはちょっと嫌味だ。しかし、これが功を奏したのか、殿下の顔色が少し戻った。けれど、「ところで?」自分の方に足を進めてくるエリアスを目にして、また顔色が紙のように白くなってしまう。そのうち倒れちゃわないかしら……。


「先ほど、聖女なんてお伽噺だと言っていましたね」

「あ、ああ……。でも、そうでしょう?それに、聖女だからってなんだっていうんです」

「……なるほど。アルフォンスさん、貴方、帝国の始まりはご存知ですか?」

「いえ。千年以上前のことでしょう?存じ上げませんよ」

「でしたら、教えてさしあげましょう。帝国はね、魔族が作った国なんですよ。うちに魔法が得意なものが多いのは魔族の血を引いているからです。魔族は息をするように魔法を扱えたといいますからね」


今でこそ戦乱の世はなくなって久しいが、魔法の力に長けたものが多いティデーダ帝国はたくさんの国をその領土の一部としてきた。それで今の広大な国があるというわけだ。


「そ、そうなんですか。しかし、それが今なんの関係があるというんです?」


殿下はまだなんとか頑張っているようだ。虚勢を張って噛みつくように返すと、エリアスはくすくす可笑しそうに笑った。


「お忘れですか?聖女の話を」

「え、」

「聖女の力は魔族に効くが、魔族の力は聖女には効かない。……ねえ。不思議に思ったことはありませんか?なぜ、帝国とこの国が和平を結んでいるのか。帝国はこの国より強い国などいくらでも相手にしてきましたよ」

「それは……」

「この国には聖女がいたからです。そのために不用意に手出し出来なかった」

「その女が聖女で、あんたが魔族の子孫だというなら、なんで求婚なんかするんだよっ!おかしいだろ!」


あら、もう耐えきれなくなっちゃったみたい。外面を崩壊させた殿下がつばを飛ばしながら問い詰める。けれども、エリアスはやっぱり余裕の笑みだ。


「好きになったから仕方ないじゃないですか。……ねえ?アルフォンスさんもそこの彼女を好きになって婚約破棄までしたならわかるでしょう?」


カウンターが強すぎる。メンタルの状態を可視化できる魔法があったなら、とっくに殿下はボコボコになっているに違いない。


私とエリアスの出会いは母方の実家の領地でのこと。病に伏せた母親はそこで療養していて、私もそこにくっついて行っていた。領地は帝国の領土と面しており、間にある森で私と彼は出会った。というか、彼が倒れているのを見つけた。

当時の彼は膨大な魔力に幼い身体がついていかず病弱で、大人になるまで生きられないだろうと言われていたのだ。

しかし偶然森で出会った私の聖女の力で魔力を消せることが分かり、それからずっとこっちが行ったりあっちが行ったりを繰り返して治療を続けて、しかしそのうちに彼が自身の魔力に耐えられるようになっても彼は会いに来るのをやめなかった。

青年になったエアリスは何度も私の元を訪れて好きだと言ってくれた。

私は聖女で婚約者がいた。彼の想いには応えられないとそう思っていた。


けれど、それも今日まで。


「エアリス、やっと言えるわ。私もあなたが好きよ。ずっと好きだった」

「シャーリィ!それでは……」

「私と結婚して!」

「……ッ!今日は人生で最高の日だ!」


感極まったようにエアリスは私を抱き上げる。それに抱きしめ返しながら、私は殿下とレイラに笑顔を向けた。


「私たちの恋を許してくれてありがとう。この恋が叶うなんて、本当に夢みたい!」



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