92 氷竜王の宮殿
四巻が1/16に発売となりました。よろしくお願いします。
◇◇◇◇
解呪が完了した氷竜の王が、口を開いて最初に言った言葉はお礼ではなく謝罪だった。
「使徒殿、我が眷属が、お仲間を襲ったようだ。すまぬ」
氷竜の王の支配から逃れた竜は、王の下に駆けつけず、山腹にいる仲間達を襲ったのだ。
それは本能によるものか、そういう命令を呪者から受けたのかはわからない。
「一刻の猶予もない! 我の背に――」
「今の陛下よりは、俺の方が速いでしょう」
言うが速いが、レックスが体長十メートルほどの青白い竜の姿になる。
「背中に乗ってくれ!」
「わかった!」
ミナトがぴょんとレックスの背に乗ると、すぐに飛び立つ。
「わふわふ!」
タロは走ってついてくる。ミナトが背に乗っているときよりも速い。
「……俺が飛ばなくても、タロの背に乗ればよかったかもな」
「うーん。タロはいつも手加減してるから」
ミナトも強いが、タロの強さは桁違いだ。
タロの全力について行けるものは、この世界にそういない。
「空を飛ぶと速いねぇ」
地形を無視して飛べるので、やはり速い。
雲をくぐって猛吹雪の中を飛んでいく。すぐ側を走っているはずのタロが見えないほどだ。
「場所がわかっているから飛べるが、そうじゃなきゃ俺でも迷いそうだ」
「こわいねー」
だが、場所がわかっているので、レックスは迷わず飛んだ。
あっというまにキャンプ場に到着した。
テントは破壊されており、その側に竜が倒れていた。
全員、傷だらけで満身創痍だが、死者はいない。
「二頭目だ! 構えろ」
ジルベルトが叫んで、戦闘準備に入ったので、ミナトが叫ぶ。
「大丈夫! この竜はレックスだよ!」
「わふわふ!」
レックスがキャンプ場の上空に届くと同時にタロも到着した。
「ミナトとタロか! そっちはだいじょ……いや! コリンがコトラを連れて下に避難した!」
ジルベルトはなによりコリンの安否確認を優先すべきと判断したのだ。
「俺たちも探し始めたんだが、吹雪でみつからん!」
「少なくとも私の索敵魔法の範囲外のようです!」
満身創痍の中、みなコリンを探していたらしい。
だが、マルセルの索敵魔法の外にいるということはそれなりに距離があると言うことだ。
吹雪の中見つけるのは難しいだろう。
「下? わかった! レックス、ここはお願い!」
「ミナトは?」
「タロの鼻で探してもらう!」
そういうと同時に、ミナトはレックスの背から飛び降りる。
地面までの高さは五メートルほどあるが、風魔法で勢いを殺してタロの背中に飛び降りた。
「タロ、お願い」
「わふ!」
タロは得意の鼻で、ミナトは雀の聖獣に貰ったLv44ある【索敵】スキルで周囲を探る。
「ぴぃぃぃ」「ぴぎっ」
近くを探索していたピッピとフルフルが合流する。
「わふっ」
「いたっ!」
ミナトとタロがコリンを見つけたのはほぼ同時だった。
コリンは地面に倒れていた。体の上には雪が積もっている。
「にゃ~」
コリンの顔の横にいるコトラがはやく助けてと鳴いていた。
「うん、まかせて」
ミナトが大急ぎで調べると、コリンは辛うじて呼吸していた。
だが、低体温症になっていて、危険な状態だ。
「靴が破れてるけど……」
「にゃ」
「そっか、コトラを助けるために。え? レトル薬を飲ませたの?」
「にゃにゃ」
コトラは自分が飲ませてもらったレトル薬のあまりを一生懸命コリンに飲ませたようだ。
「そっか、ありがと」
それがなければ、コリンは死んでいたかもしれなかった。
「おかげで、まにあったね! タロ、ピッピ、フルフルお願い!」
「わふっ」「ぴぃ~」
タロが風の魔法を使って風を防ぎ、ピッピの火魔法でじんわりとコリンを暖める。
フルフルは、コリンの冷え切って凍傷になった足をその体で覆った。
「ヒール!」
そしてミナトがコリンとコトラの傷を癒やした。
レトル薬の効果で外傷はほぼ治っていたが、極寒ゆえに凍傷になっていたのだ。
これで全員の生命の危機を脱した。
ミナトは手袋と靴を脱いで、コリンにつける。
「もどろっか」
「わふ」「ぴい~」「ぴぎっ」
キャンプ場のテントは壊れていた。アニエスたちも危険な状態なのだ。
ここにミナトたちがいる限り、アニエスたちは動けまい。
ミナトはコリンを背負って、タロの背にあがった。
「タロ、いくよ!」
「わふ~」
普通、ホワイトアウトしている中、正しく走るのは難しい。
だが、ミナトには鳩の聖獣からもらった【帰巣本能】スキルがあるので迷わなかった。
そして、キャンプ場まで戻ったミナトたちはアニエスたちと合流したのだ。
◇◇◇◇
「それでテント壊れちゃったから、頂上に来たの」
レックスの背とタロの背に分乗し、頂上まで避難したのだ。
ちなみにミナトは信じられない身体能力を発揮して自分の足で頂上まで走った。
「え? ここは頂上です?」
「正確には頂上から少し下がったところにある、氷竜の王の宮殿だ」
「でも、息が苦しくないです」
「それはタロ様のお陰ですよ。タロ様が風魔法で空気を集めてくださっているんです」
マルセルが笑顔で説明する。
「まったく、竜でも出来ることじゃないぞ? 流石タロだな」
「わふっ」
レックスに褒められて、タロは嬉しそうに尻尾を振った。
「あっ! ジルベルトさん、あのテントを襲った竜はどうなったのです?」
「ああ、あいつなら……」
「がるる?」
「ひぅ」
コリンの背後、タロの向こう側から、にゅっと竜が首を出した。
「がる~」
そして、コリンをペロリとなめた。
「あれから、なんとかアニエスが解呪したんだ」
「私もミナトほどではないですが、解呪が得意なんですよ?」
そういって、アニエスがどや顔をする。
全員で竜の攻撃を凌いで解呪の時間を稼いだのだ。
「それから竜と全員の治療をしつつ、コリンを探してたら、ミナトがきたって訳だ」
「……みんな、すごいです」
コリンのその言葉には、臆病な自分とは違ってという、自虐的な空気が漂っていた。
「ごろろろ」
「コトラがありがとうだって」
コトラの言葉を通訳したのはミナトだった。
「そんな……」
「それに、コトラに聞いたよ。導師を倒してくれたんでしょ?」
「ばうばう」
「そうだね。おかげで氷竜の王を助けるのも簡単になった!」
ミナトとタロは、コトラから話を聞いて、結界が壊れた原因を正確に理解していた。
「我と我が眷属を助けてくれてありがとう。小さき者よ」
そこに声が響いた。次に天井を通り抜けて、ふわりと少女が降りてくる。
氷の大精霊モナカに良く似た青白い髪をした美しい華奢な少女だ。
少女が降りてくると、レックスと竜達が一斉に頭を下げる。
「よい。頭を上げよ」
そして、コリンの前まで来ると、膝をついて、その手を取った。
「コボルトの勇者コリン。氷竜の王グラキアスが感謝申し上げる」
「お、王様です?」
「我ら氷竜は、使徒ミナト殿と神獣タロ殿。不死鳥ピッピ、スライムフルフル。それに聖女アニエス、ジルベルト、マルセル、ヘクトル、サーニャ、コボルトの勇者コリン、コトラのことをけして忘れない」
「僕は……」
そんなコリンを、グラキアスはぎゅっと抱きしめる。
「誇るがよい。コボルトの勇者。そなたは我と我ら眷属の命を救ったのだから」
「……はい」
コリンは涙を流しながら笑った。
コリンもコトラも、皆も疲れ果てていたので、その日は軽くご飯を食べてすぐに眠った。
そして起床後、皆氷竜にもてなされた。
高価な酒や美味しい食事が出されて、宴会だ。
「うまい! これはいったいどういう?」
「それはですね――」
ジルベルトは竜に気になった食事の作り方を聞いている。
コリンも美味しい肉料理を食べて、尻尾を振っていた。
そんな中、ミナトとタロは隣に座るグラキアスに幼竜を見せた。
「グラキアス。この子なんだけど」「ばうばう」
タロは出された焼いた豚肉をバクバク食べながら、グラキアスを見る。
「……聖竜の子であるな。ミナトもタロに負けぬよう、食べるが良い」
「ありがと。この子は――」
ミナトは甘いパンを食べながら、幼竜を保護した経緯を話す。
「それで、ミナトはこれを幼竜に飲ませていると」
グラキアスは、ミナトが渡した神級レトル薬を指でいじりながら言う。
「そうなの。それの水のやつを一滴ずつね。一日三回飲ませてる」
「これを我も飲んでもよいか? ミナト、これも食べるが良い」
ミナトは進められて、ステーキを食べる。
「おいしい! もちろんいいよ。滋養強壮の効果があるんだ!」」
「ばうばう」
タロも食べながら、効能を説明する。
「ほう。解呪後の弱った体に最適と。それではお言葉に甘えて……」
グラキアスはレトル薬を口に入れて酒で飲み込む。
「お……おお? おおお? おおおお?」
「どした?」「わふ~」
「これは凄まじいな! 力があふれてくるぞ」
「ならよかったよ-」「ばう~」
グラキアスは酒を飲むと、幼竜をじっと見る。
「お主。本当に起きておらぬのか?」
「…………」
「ねてるよ? 凄く疲れてるから中々起きないんだって」
「いや、確かに竜は力が大きい分、回復にも時間がかかるのだが……この薬を飲んだのだろう?」
「うん。一滴ずつだけど」
「一日三回であろ?」
「そう」
「ならば、充分回復しているはずだ。それでも起きないならば、精神的な要因であろ」
そういうと、グラキアスは幼竜にそっと顔を寄せる。
「……もう安心だ。そなたを虐める者はいない」
「…………」
「ミナトとタロは強くて優しい」
「…………」
「世界は美しいぞ。嫌なものばかり見て、世界を見たくなくなる気持ちはわかるが」
「…………」
「ミナトも起きたくなるような何かを言ってやれ」
「うーん」「わふ~」
ミナトとタロは少し考えた。
「外はね、とっても綺麗なんだ。ここは昼間でも空が黒くて、吸い込まれそうで……」
「空気が薄いからな。宙の色が見えるんだ」
「そうなんだって。雪は白くて冷たいけど、とても綺麗なんだよ」
「わふ~」
タロは一緒に遊ぼと幼竜を誘う。
「それにね。美味しいあんパンがあるよ。甘くて柔らかくてすごく美味しいの」
「わふわふ」
タロはクリームパンもあるよとアピールした。
「なんだ、そのあんパンとクリームパンというのは」
「あ、グラキアスも食べて」「わふ」
ミナトはサラキアの鞄からあんパンとクリームぱんを取り出した。
「僕も食べよ」「わふ」
そして、ミナトとタロも一緒にあんパンを食べる。
「ふわ~やっぱり美味しい」「わふ~」
「おお、いいな。これは小豆か。甘味の中に旨みとわずかな塩味が感じられる」
「パンも美味しいでしょ?」
「ああ、甘いのだが、バターの香りが良い。あんこの甘さを引きたてておる」
「クリームパンも食べて」
「おお、これもうまいな……。このクリームの滑らかさ。丁寧な仕事だ」
グラキアスは絶賛し、
「うまいうまい」「わふわふ」
ミナトとタロも美味しく食べた。
「…………り」
「あ、起きた?」
「きゅるるるる」
起きた幼竜は、ミナトの持つあんパンに向かって手を伸ばす。
「はい。食べて。少しずつね」
「きゅるるる~りゃあ~」
幼竜はあんパンを口にすると、嬉しそうに尻尾を揺らす。
「おはよう。よろしくね」
「わふ~」
「りゃあ~」
「ん? もっと食べる? 無理はしないでね」
ミナトはクリームパンも小さくちぎって幼竜の口に入れる。
「ミナト。その子は聖獣の竜だが、まだ赤ん坊だ」
「うん」
「保護するためにも名前をつけてあげて欲しい」
「わかった! なにがいい?」
「りゃありゃあ~」
幼竜はもっともっとと手を伸ばす。
「あんパン気に入ってくれたみたい。あ、名前はあん――」
「待つがよい」
あんパンと名付けようとしたミナトをグラキアスが止めた。
「ん? どしたの?」
「竜っぽい名前を考えたのだが、よいか?」
「いいよ~」
「この子は光の竜であろう?」
「そうなの? 赤いから火の竜じゃないの?」
「いや、光の竜なのだ」
「ほほう?」「わふふ?」
「そこで考えたのだが、古い竜の言葉で光を意味するルクスはどうだろうか?」
「りゃあ~」
幼竜は嬉しそうに尻尾を揺らす。
どうやらルクスという名を気に入ったらしい。
「きゅるるる~りゃあ」
「じゃあ、君の名前は……ルクス!」
「りゃりゃりゃあ~」
ルクスと名付けられた幼竜は、嬉しそうにミナトに顔を押しつけて甘えたのだった。





