91 コボルトの勇者対氷竜
ちっちゃい使徒とでっかい犬はのんびり異世界を旅します 4巻 1月16日発売!
◇◇◇◇
一方、逃げ出したコリンは、コトラを抱えて転がるようにして駆けていった。
剣を落とさなかったのは奇跡と言っていいだろう。
(僕は卑怯ものです)
震えながら、涙を流し、それでもコトラを抱えてコリンは走る。
視界は真っ白でなにも見えない。ホワイトアウトという現象だ。
「にゃ」
そんなコリンをコトラは心配そうに見つめていた。
竜の咆吼は魔法なのだ。
ある程度、魔力が高くなければ、本人の勇気など関係なく抵抗するのは難しい。
「僕は、僕は、くずなのです」
咆哮が魔法だと知らないコリンは自分を責めながら走る。
いや咆哮を魔法だと知っていても、きっとコリンは自分を責めただろう。
何分走っただろうか。コリンは力尽き、剣を落として膝をついた。
「は~ぁ、は~ぁ、は~ぁ」
ここは空気の薄い極寒の高所、歩くだけでも息が切れる場所だ。
走れば当然息が苦しくなって動けなくなる。数分走れたコリンは異常と言っていいほどだ。
「は~~は~~」
頭痛がして、吐き気がして、意識が遠くなる。
だが、こんなところで気絶するわけにはいかない。
「ミナトは、コトラをお願いって言ってくれたです」
こんな自分を頼ってくれたのだ。ならばその責任を果たさねばならない。
竜が怖くて味方を置いて逃げた卑怯者な自分でも、せめてそのぐらいはしなければ。
「……大丈夫、僕がまもるですからね」
「にゃ」
少しだけ息を整えたコリンは、無理に笑顔を作る。
剣を拾って鞘に戻すと顔を上げた。
「ひぅっ!」
眼前にペストマスクが浮かんでいた。いや、猛吹雪と暗闇で体を見落としていただけだ。
吹雪の中、いつの間にか預言者が接近していたようだ。
「……また逃げたな?」
「ち、違う! コトラを守るためで――」
「お前が卑怯者で、臆病者で助かったぞ」
「な、何いってるです?」
「お前とその虎を利用しようと竜をけしかけたのだがな?」
別行動してくれたお陰で、面倒が省けたと、預言者は楽しそうに言う。
「……利用? 利用ってなんです?」
「お前に言っても詮ないことだがな」
そう断ってから、預言者は楽しそうに、ゆっくりと語る。
この山の頂上に呪神の使徒が呪いの核を埋めた。
その呪いの核を強化するために、別の神の特別な存在が必要なのだという。
「特別な存在?」
「たとえば、使徒、神獣、聖女、それに勇者。その中で一番弱いのがお前だ」
まだ覚醒していないから不十分だが、虎の聖獣も一緒に組み込めば良いだろう。
そんなことを、楽しそうに預言者は語る。
「お前は……一体なにものなんです?」
「ああ、私か? もう教えても良いだろう。私は呪神の導師だ」
「導師?」
「ただの導師ではないぞ? 使徒に力を与えられた特別な導師だ」
それから、再び楽しそうに語り始める。
「使徒様に力を与えられた後、俺は聖獣たちを呪い、そしてお前を騙しに行った」
「……何のため……です?」
コリンは寒さで意識が朦朧としはじめていた。
「先ほども言っただろう? 核を強化するためだ」
そういうと、導師は懐から黒い石を取り出した。
それは山頂に埋められていた呪いの核そっくりだった。
「これは使徒様から与えられた俺の試練なのだ」
呪神の使徒は呪いで一帯を覆い、使徒と神獣の力を弱めた。
そのうえで氷竜の王を支配してぶつければ、導師でも使徒と神獣を倒せるのではないか?
「それを確かめるよう任されたの俺だ」
楽しそうに話していた導師が急に真顔になる。
「ん。もういいか」
「……なにが……いいです?」
次の瞬間、コリンの足が焼けるように熱くなった。
「なっ!」
コリンが慌てて足元を見ると、膝から下が金属っぽい黒い何かに覆われていた。
「取り憑かれるまで気づかないとはな! コボルトは余程、鈍いとみえる!」
勇者であるコリンに取り憑かせるには体力を削る必要があった。
そのため、導師は長話をして、時間を稼いでいたのだ。
コリンは、取り憑かれてはじめて、時間稼ぎをされていたと気づいた。
「支配なんてさせないです!」
コリンは気合い入れて、剣を振るう。
「あたるか」
導師は一歩下がって、コリンの間合いの外に出る。
「フシャアアアア!」
その時、胸元から、コトラが飛び出て導師に跳びかかる。
「邪魔だ!」
導師はコトラを掴むと地面に思い切り叩きつけた。
「ぎゃん」
地面に当たり、コトラは動かなくなる。
「や、やめるです!」
導師はコリンの声など聞かず、山頂の方向を見る。
「……神獣どもが、戦い始めたか。思ったより時間がかかったな」
そして、導師はコリンを見る。
「だが、間に合った。お前と虎を取り込み強化すれば、使徒と神獣も力を振るえまい」
導師はゆっくりとコリンに近づいてくる。
「ミナト、タロ様……」
ミナトとタロが自分のせいで負けてしまう。それだけは絶対にいやだ。
情けない自分への怒りに頭に血がのぼる。
コリンは寒さを感じることも、恐怖を覚えることすら忘れていた。
どうすればいい? どうやればこいつを倒せる?
そればかりが頭に浮かぶ。
「そう、お前のせいで、使徒と神獣は氷竜の王に殺される。この虎もな」
「ぎゃ」
導師はコトラを足で踏みつけた。
その瞬間、コリンは怒った。今度は導師に対する怒りだった。
「その足をどけるです!」
「お前、思ったより元気だな? 凍死寸前だったと思ったが……」
そのとき、一瞬、導師の持つ石がギラリと光ってひびが入った。
それは山頂にいるタロが地面を踏みしめて、割った衝撃のためだ。
「ちぃ! 神獣が!」
導師がいまいましそうに、叫びながら魔力をその石に込める。
「使徒様に力を授けられた我を舐めるな!」
山頂の呪いの核を覆う防御結界を、導師は強化しようとし、
「あっ?」
お腹から生えた剣先を見て、変な声を上げた。
「許さないです」
「おまえ、どうして?」
導師は理解できなかった。呪者はコリンの足を完全に捕えていた。
剣は届かないはずだったのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
コリンはコボルトの勇者の剣を切り上げた。
「ぐぎゃああああああ」
お腹から肩まで斬り裂かれて、導師は断末魔の声をあげる。
次の瞬間、コリンは空が割れたような気がした。
導師が死んだことで、呪いの核を守っていた結界が壊れ、タロが呪いの核を破壊したのだ。
「……へへ。やってやったです」
コリンからは頂上はみえない。
だがミナトとタロが何かしたと感じ取った。
「ミナト、タロ様。コリンは頑張ったです」
コリンは地面に倒れる。
「痛い……です」
足からは血が流れていた。
コリンはコボルトの勇者の剣で自分の足裏と地面の境界を斬って歩けるようにしたのだ。
だから、導師に剣を刺せるほど近づけた。
「痛い……血が出てるです……」
だが、正確に足裏と地面の境界を切断できる物ではない。
足裏の肉は削れ骨が見えていた。
靴と靴下は当然破れている。極寒の空気に触れて、血が凍る。
「コトラ……大丈夫です?」
それでも、コリンはコトラの元まで這っていく。
気絶して地面にうずくまるコトラを抱きかかえた。
「…………」
あれだけ強く叩きつけられ、踏みつけられたのだ。無事のはずがない。
怪我をした状態で、この猛吹雪の中にいれば、死んでしまう。
「これを飲むです……」
かじかむ手で、コリンはレトル薬を取り出すとコトラの口に含ませる。
それはミナトがコリンに、コトラに飲ませてあげてと言って託したものだ。
コトラはコクコク飲んで、ゆっくりと目を開けた。
「よかった、コトラ。これで大丈夫……です」
コリンは安心して微笑むと、自分の服の中にコトラを入れる。
服の中で、コリンの体温を分け与えれば、きっとコトラは大丈夫。
「……にゃ」
血を流しているコリンも凄く寒い。
それでもガチガチと歯を鳴らしながらも笑顔で言う。
「……だいじょうぶ。すぐに助けがくるですよ。だいじょうぶ」
足裏の感覚は最早無い。手の指の感覚も無かった。
「……だいじょうぶ…………だいじょ…………」
元気づけようとコリンは、小さなコトラに語りかけた続けた。
凄く寒い。自分は死ぬかもしれない。でもコトラが助かるならそれでいい。
勇者としてがんばったと、至高神様は褒めてくれるだろう。
コリンは満足感を覚えながら、意識を失った。
…………
……
「…………あれ?」
「あ、目がさめた?」
気絶したコリンが、目を覚ますと周囲は暖かかった。
目の前には心配そうな表情を浮かべるミナトがいる。
「わふ?」
そこはコリンの知らない場所で、タロのあったかいお腹の毛に包まれていた。
「………………あっ! コトラは?」
数瞬かけて現状を把握したコリンが最初に尋ねたのは自分のことではなかった。
「大丈夫。コトラは、元気に向こうで遊んでいるからね」
「よかったです」
コリンはほっとしたようだった。
「にゃあ~」
コリンが目覚めたと気づいたコトラがやってくる。
そして、お礼を言うように、ベロベロと顔を舐めた。
「コリン。無理したな。ミナトが駆けつけなければ死んでいたぞ」
近くでコリンを見守っていたらしいジルベルトが、そういって頭を撫でる。
「だが、流石勇者だ。大したもんだ」
「そんなこと……あれからどうなったです?」
「えっとねー。いちから説明する!」
ミナトはキャンプ場を脱出した直後から説明したのだった。
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