153 ※呪子と神獣
◇◇◇◇
ミナト達が、海竜の村近くにやってくる少し前。
村人達とリザードマン達の争いを遠くから眺めている二人と一頭がいた。
「醜いね。人というのは本当に醜い。そう思わないかい?」
「全くです。呪子様のおっしゃるとおりです」
呪子とは呪神側の聖者に当たる存在である。
そして、呪神の使徒の実の弟でもあった。
呪子の機嫌をうかがうように、同調しているのは呪神の導師の一人だ。
「…………」
そして、呪子が話しかけているのは、真っ黒な猫だ。
タロぐらいの大きさの巨大な猫である。
黒猫は何も言わない。
無言で村人とリザードマンの争いを見つめている。
「彼らはともに海竜を信じる民だというのに。本当に嘆かわしい」
「…………」
「彼らを救うにはどうしたらいいと思う?」
「……」
「そう、これ以上罪を重ねる前に死ぬしかない!」
呪子は死神の神獣たる黒猫を見ながら、明るい声音で続ける。
「死神の神獣たるあなたに今更説明することではないけどね」
「……」
「彼らを見てよ。その言葉を聞いてみてよ」
黒猫はじっと耳をすませる。
「だから、薬をわけてくれっていってるだけじゃないか!」
「死人が出てるんだ!」
リザードマン達が必死に訴える。
「うるせー! 俺達に毒をばらまきやがって! なにが薬だ!」
「毒の取り扱いを間違っただけだろ! 殺されないだけありがたく思え!」
リザードマン達が毒をまいていると信じている村人達は聞く耳を持たない。
「本当に醜いね」
「……にゃあああご」
黒猫の鳴き声は、どこか悲しそうで寂しそうだった。
「醜く苦痛に満ちた生を過ごしながら、人は悪の道に落ちていく」
「…………」
「だから、生き汚く、罪を重ねる前に生を完了させた方がいい」
そういって、呪子は巨大な黒猫を撫でる。
「君のやっていることは正しいよ。死神の意志にもかなうだろう」
黒猫は、呪われた大精霊が起こす暴風に死神の権能を混ぜ村に流していた。
それゆえ、村に死人がでていたのだ。
ちなみに死の風はリザードマンの村を襲ってから、人族の村にやってきている。
だから、リザードマンの村と人族の村を襲っているのは同じものだ。
「こんな時ぐらい助け合えばいいのにね。亡き海竜王も悲しかろう」
人ごとのように言うが、呪子は医師の振りをして、デマをばらまいている。
偽の情報を流して互いに、互いが毒を流していると信じ込ませていた。
もちろん、争い始めたのも、呪子が流したデマが原因だ。
それだけでなく、呪子は自分の息がかかった者を村に混ぜて、争いを煽らせている。
今も呪子の手の者は、リザードマンに矢を射かける機会を窺っているはずだ。
リザードマンに矢が当たり、もし殺せればよし。和解の道はなくなる。
殺せなくとも、矢を射かけたという事実で、和解は遠くなるだろう。
「本当に、人はどうして争うのだろうねぇ」
自分は何もしていないかのように、呪子は嘆いて見せた。
「にゃあああご」
「わかっているって。約束は守るよ? 全ては君の働き次第さ」
「……にゃあご」
「確かに少しずつ殺せと入ったけど、もう少し沢山殺しても良いんだけどね?」
「……」
「その方が、死を司る死神の神獣たる君にとっても良いことだろう?」
「にゃああご」
黒猫と呪子は会話しているように見えるが、呪子は黒猫の言葉がわかっていない。
勝手に推測し、一方的に話しているだけだ。
呪子は、死の権能を行使する際にもルールがあるのだと黒猫が言っているのだと考えた。
「ま、任せるよ。じゃあ、大精霊の島に戻ろっか。あ、そうだ。先に行っていて」
黒猫を先に行かせてから、呪子は導師の耳元でささやく。
「どうやら、例の使徒と神獣が来てるようだよ」
「……殺しましょうか?」
「兄上にも無理だったのに? 君には無理だよ。それよりやってもらいたいことがある」
「なんなりと仰せ付けください」
導師は真剣な表情で頷いた。
「村長に言って、聖女を足止めしといてよ」
「かしこまりました」
「あ、村長に使徒と神獣のことは言わなくていいよ」
「御意」
「あくまでも、村長はこっちを呪神の手のものだと知らないんだからね」
村長は幼いユーリスを王にして、実権を握りたいだけの俗物だ。
至高神やサラキア神に弓引く度胸などはない。
そう、呪子は判断していた。
「陣営に聖女を抱き込めば、対オーガスで優位になると説明しますね」
「それでいいよ。村長の頭は対オーガスでいっぱいだからね」
「あやつは人族の身で竜を操ろうなど、身の程を知りませんな」
「だからこそ利用できる。くれぐれも呪いはつかわないように」
少しでも呪いを使えば、ミナトとタロが気づきかねない。
だから、呪子も導師も徹底して呪いを使っていなかった。
「……兄上は呪いに頼り過ぎるきらいがあるからね」
呪神の使徒の呪いは強力無比だ。
だからこそ、多用してサラキアの使徒に気取られるのだ。
「あくまでも、この村でのお前はただの人族だ」
「わかっております。お任せください」
風の大精霊の島へと去って行く呪子の背に、導師はずっと頭を下げていた。
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