148 海竜村の事情
ルクスを撫でるユーリスを皆が優しい気持ちで見つめていると、村長がゴホンと咳払いをした。
「失礼。続きをお話ししても?」
「はい。是非お願いします」
アニエスに促され、村長は再び語り始めた。
「オーガスは先王の遺勅を無視し、自身を支持する海竜を率いて、この村を離れました」
海竜のほとんどは、オーガスについて行ってしまったのだという。
その際に、リザードマン達もオーガスを支持して、この村を離れていった。
「それからリザードマン達は、何度も村に嫌がらせをしてくるのです」
死者こそ出ていないが、暴力を振るわれることもあり村人達は困っているという。
「嫌がらせをやめて欲しければ、我らこの村の民もオーガスを支持しろと言いたいのでしょう」
「わらわが……ふがいないばかりに……皆には苦労をかけるのじゃ」
「それは違いますぞ! 陛下は立派で慈悲深い先王にも負けない海竜王陛下です!」
村長は力強くユーリスを励ました。村長がユーリスを見つめる目は優しい。
「もちろん、我らこの村の民が、正当なる王たる陛下以外を王と認めることはありませんぞ」
「うむ。ありがとう」
ユーリスは、ルクスを優しく撫でながらアニエスに言う。
「わらわはまだ幼い。それゆえに竜の形態となっても小さく、人を乗せて海を渡れぬのじゃ」
「ねえねえ、ユーリス様は、竜になったらどのくらいの大きさなの?」「ばう?」
「ミナトといいましたね。それは失礼すぎる質問ですぞ!」
「あ、ごめんね」「わう~」
「それは魔導師に魔力値を尋ねるようなもの! 殺されても文句は言えませんぞ!」
村長が威圧するように怒鳴りながら、つかつかとミナトに近寄っていく。
ユーリスに向けていた笑顔からは想像できないほどの激怒ぶりだ。
今にもつかみかからんばかりに怒っていた。
どうやら、人の姿になった竜に、元の体の大きさを尋ねるのはとても失礼なことらしい。
ミナトとタロは素直に反省した。
アニエスが、詫びようと動き出す前に、
「よいのじゃ。わらわは怒っておらぬ。許してやるがよい」
「陛下がそうおっしゃるのであれば……」
ユーリスになだめられて、村長は引き下がり、ユーリスの後ろの定位置に戻る。
「陛下の慈悲深さに感謝するように。乱暴者のオーガスに尋ねたら、今頃殺されていますぞ!」
「ごめんね?」「わふ?」
「私からもお詫びを」
ミナトとタロはもう一度謝り、アニエスも頭を下げた。
「よいのじゃ。わらわの大きさであったな。ちょうどタロの二倍程度の大きさであろうか」
タロの二倍だと、全員を乗せて渡るのは難しいだろう。
それでも「二回か三回に分ければ、渡れるのでは?」とミナトは思った。
だが、怒られたばかりなので、大人しくしておいた。
ユーリスはそんなミナトの内心に気づいたのか、申し訳なさそうに言う。
「もちろん、何度かに分けてわたることはできるであろう」
「なりませんぞ! 陛下が我が村を離れれば、オーガスが何をするかわかりませぬ!」
「わかっておるのじゃ。……そういうことなのじゃ」
「ですが、ユーリス様――」
アニエスが何か言おうとしたが、村長が言葉をかぶせる。
「オーガスは陛下の味方を根絶やしにしようとしているのです!」
「本当にそのようなことを? 竜は元来温厚な種族のはずです」
「ですから、オーガスは乱暴者なのです!」
いくら乱暴者と言われる竜でも人族を根絶やしにしようとするとはアニエスには思えなかった。
そして、それはミナトやジルベルト達も同感だった。
「ぁぅ」
タロも「本当かな?」と、凄く小さな声でミナトに尋ねた。
「……海竜はユーリス様しか知らないけど」
ミナトは近くに立っているマルセルにも聞こえないほど小さな声でタロに返事をした。
氷竜達の中には、そんなことを考える者はいなかった。
ユーリス以外の海竜には会ったことはないが、きっといないんじゃないかとミナトは思った。
アニエスが、自分の言葉を信じていないことを村長は察したのだろう。力強く言う。
「オーガスが我らを根絶やしにしようとしている証拠があるのです」
「証拠ですか? それはいったい、どのような?」
「…………毒をまくのです」
「毒? 毒っていったい、どんな毒?」「…………」
【毒無効】スキルを持っていて、解毒も得意なミナトが反応する。
タロのもふもふの中に隠れている毒の効かないフルフルも無言でじっと村長を見つめた。
「毒の種類は不明なのじゃ。薬師にも治癒術師にもわからないらしいのじゃが……」
ユーリスは悲しそうな表情で、村長を見た。
「この村に嵐がやってくると、家の外にいる人が死ぬのです」
「詳しく教えてください」
アニエスに促され、村長は語る。
暴風が吹き荒れているときに、屋外にいたものが急に倒れて死ぬと言うことがあった。
最初は急病だと思われていたが、数度続いて、毒をまかれているのだと判断したらしい。
「風は西から、つまりオーガスのいるリザードマンの村から吹いてきているのです」
それゆえ、この村の人族はオーガスが毒をばらまいていると考えているという。
「村に死をもたらすその風を我らは死の風とよんでおります」
「……わらわは風魔法で死の風を防ごうとしているのだが、力が足りず……不甲斐ないのじゃ」
「陛下のおかげで、この程度の被害ですんでおるのです!」
ユーリスの風魔法による防御がなければ、今頃全滅していただろうと村長は語る。
「その風は、風の大精霊様が吹かせている風である可能性は?」
「聖女様ともあろうお方が……なんと言うことを。風の大精霊様が毒をまくとでも?」
村長は、不愉快そうにアニエスを睨み付ける。
だが、アニエスは少しも動じない。
「風の大精霊様が暴れています。つまり呪われている可能性が非常に高い」
「聖女様は、死の風ではなく、呪いの風だというのじゃな?」
「可能性はあると考えています」
「ふぅむ! 村長、一考の価値はあると思うのじゃがな?」
ユーリスが村長を見ると、村長は「ふうっ」と息を吐く。
「陛下は聖獣でいらっしゃいますね?」
「そうじゃ」
「聖女様。聖獣である陛下が、呪いの風に気づかぬことなどあると思われますか?」
「それは……」
アニエスは口ごもった。
「つまりそういうことです。あれは呪いなどではなく毒なのです」
そう村長は断言してから、続ける。
「死の風のこともあり、陛下はこの村を離れられぬのです。こちらの事情をご理解ください」
そう言われたら、無理に協力しろとは、アニエスも、そしてミナトとタロも言えない。
「すまぬのじゃ。聖女様に協力したいのじゃが」
「いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ありません。別の方法を考えましょう」
「聖女様。お願いを断っておきながら、厚かましい話なのじゃが、……お願いがあるのじゃ」
「なんでしょう?」
申し訳なさそうに言うユーリスに、アニエスは笑顔で返事をする。
「陛下。聖女様は長旅でお疲れの御様子ですし、お話は夕食の後にされては、いかがでしょう」
「そうじゃな! 聖女様。それに皆も! 夕食を食べていってほしいのじゃ!」
お話は夕食後にしようと言うことになった。




