134 呪神の使徒対氷竜王
◇◇◇◇
ミナト達が総力をあげて、地の大精霊と契約の上書きをする少し前のこと。
タロの一撃を食らい、呪いの結界を壊された呪神の使徒は逃亡していた。
地の大精霊と契約して手に入れた【掘削】のスキルを使って、鉱山を脱出したのだ。
「くそが! ガキと獣の分際で! 僕に傷をつけるなんて! 僕を誰だと思っている!」
呪神の使徒の体は、タロの爪で傷ついている。
最後にタロに吹き飛ばされ、岩にぶつかって骨も折れていた。
満身創痍の体を引きずり、鉱山の外に潜ませておいた馬型の呪者に乗って駆けていく。
呪神の使徒が、ものすごい速さで向かうのはコボルトの村だ。
呪神の使徒は、導師に命じてコボルトの村を呪者に襲わせている。
「コボルトどもを人質にして、ガキと神獣をなぶり殺しにしてやる!」
馬型の呪者は速い。あっという間にコボルトの村が見えてきた。
呪者はまだ村の外にいた。
予定では既にコボルト達の大半は殺され、生き残った者は人質になっているはずだった。
「なにをしている!」
呪神の使徒は、村から少し離れた場所にいる導師を怒鳴りつける。
「し、使徒様。氷竜王を名乗る者が……」
そう導師が言った瞬間、近くに居た呪者が凍り付き、直後に砕けた。
「これは、豆知識なのだが、凍らせた後に殴ると、呪者は砕けるのだぞ」
「りゃあ~」
竜並みに強い者にしか使えない豆知識を披露していたグラキアスは、呪神の使徒に気がついた。
「ん? お前は――」
たちまち、笑顔だったグラキアスの表情が怒りで歪む。
「死ね!」
グラキアスは問答無用で呪神の使徒に襲いかかった。
グラキアスの手の爪が鋭く伸びる。その爪で呪神の使徒を斬り裂こうとする。
「僕に敗れたことを忘れたのかい! 氷竜王!」
辛うじて爪を躱して、呪神の使徒は嘲るように言う。
「知ったことか! お前こそ、その状態で我に勝てると思っているのか?」
「勝てると思っているよ? 僕は使徒だからね」
呪神の使徒は余裕のある口ぶりだ。
だがグラキアスが激しく攻撃すると、満身創痍の呪神の使徒では躱すのが精一杯になる。
「おい! やって!」
「は、はい!」
ギリギリ攻撃を凌いでいた呪神の使徒が命じて、呪者は村への侵攻を再開する。
「いいのかい? 呪者がコボルトを殺しちゃうよ?」
「はあ? ここを守るが我だけだと思うてか?」
直後、虎3号の咆哮が響き渡った。
「ガガアァァァゥ!」
侵攻した呪者と虎3号の戦いが始まる。
虎3号は強い。元から強い聖獣だったが、ミナトと契約したことでさらに強くなっているのだ。
非常に強いとされる一級呪者よりも、虎3号の方が強かった。
「ということで、お前はここで死ね!」
グラキアスは怒っていた
自分が呪われただけでなく、自分の一族も苦しめられ殺されかけたのだ。
誇り高い竜として、そして一族を守る王として許せるわけがなかった。
「ちぃっ」
グラキアスの猛攻に、徐々に呪神の使徒はやられていく。
グラキアスは拳で殴りつけ、蹴り飛ばし、爪で斬り裂いた。
「誤算か? 呪神の使徒。我も、以前の我とは違うぞ?」
ミナトと契約したことで、グラキアスの力も格段に上がっているのだ。
その強くなった力で、グラキアスは呪神の使徒を一方的に追い詰めていく。
もちろん、呪神の使徒が万全の状態であれば、グラキアスでも勝てなかったかもしれない。
だが、既にミナトとタロ達と戦い、満身創痍の状態の呪神の使徒では相手にならなかった。
「僕を舐めるな!」
追い詰められた呪神の使徒は、契約者である地の大精霊から力を吸い取り始めた。
呪神の使徒と大精霊の契約は、ミナトと聖獣・精霊との契約とは異なる歪なものだ。
強制的に支配し、一方的に力を吸い取るのが、呪神の使徒の契約である。
力を吸い取る代わりに、呪神の使徒から与えられるのは呪いだけだ。
「はあぁぁぁぁぁぁ! 死ねええええ!」
地の大精霊から吸い取った力で一気に強くなると、呪神の使徒は攻勢に転じる。
「ほう? 急に強くなったではないか?」
「トカゲ風情が、余裕な振りをできるのもここまでだ!」
呪神の使徒は瘴気をばらまきながら、魔法を放つ。
巨大な火球がグラキアスを襲う。
「だがな? 呪神の使徒よ。我にはまだ魔法もブレスもある」
呪神の使徒が放った火の魔法を、グラキアスは拳で殴りつける。
グラキアスの拳は【氷ブレス】で覆われていた。
その拳は火球を打ち消し、そのまま呪神の使徒を殴りつけた。
呪神の使徒は、グラキアスの拳を肩で受けたが、そこからみるみるうちに凍っていく。
「きさ……」
「良いか? ルクス。ブレスにはこういう使い方もある」
「りゃあ」
「ブレスが口から出るものだという固定観念は捨てるが良いぞ? 特に人型のときは」
「りゃむ」
「凍らせたら、その部分をもう一度殴ればいい。呪神の使徒だろうと凍らせて殴れば砕ける」
「ひっ」
グラキアスに殴られかけて、呪神の使徒は地中へと逃れた。
「なんと? まるでモグラではないか」
「りゃむ?」
「いや、ヌルっと地面に入ったな? モグラでもそうはいくまい」
「りゃあ~」
「うむ。こういうときはだ」
グラキアスは、呪神の使徒が入った穴に手を入れると、
「穴には【氷ブレス】が有効だ! まあ、ブレスなら氷でも火でも、何でも有効だがな!」
【氷ブレス】を放った。
「ぎゃあああ!」
呪神の使徒が地中から飛び出てきた。全身の半分が凍り付いている。
「さて……」
「くるな!」
怯えた様子の呪神の使徒は再度地中に潜ろうとして、
「な、なに? 潜れぬ!」
悲鳴をあげる。
丁度、ミナト達が総力を挙げて、呪神の使徒と地の大精霊との契約を上書きしたのだ。
「死んどけ」
グラキアスは呪神の使徒のお腹を思いっきり殴る。
呪神の使徒の胸骨と肋骨、そして背骨が砕けた。
「ひぃいい」
怯えた呪神の使徒が、自分が乗ってきた馬型の呪者をけしかける。
馬型の呪者は、速いだけでなく強い。一級呪者だ。
「時間稼ぎにもならんわ!」
グラキアスは、その一級呪者を一瞬で屠る。
「……む? 消えた?」
「りゃあ~」
「隠れる系のスキルか魔法か……むむう。逃がしてしまうとは……」
グラキアスが周囲を探るも、呪神の使徒の気配はなかった。
導師の気配と呪者の気配も消えている。
「……ここまで追い詰めながら、逃げられるとは。ミナトとタロ様に合わせる顔がない」
「りゃむりゃむ」
へこむグラキアスの頭を、ルクスが優しく撫でて慰める。
「慰めてくれるのか、優しいのう」
グラキアスはすぐに元気になった。
「がう~」
「虎3号もお疲れだ! 見事な戦いぶりであったな!」
「がうがう」
「さて! 気を取り直して、建築の続きをしようぞ!」
「りゃむ!」「があう」
そして、グラキアスはルクスと虎3号と一緒に、村へと戻ったのだった。
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