133 契約の上書き
「すぐに診察するね! アニエスもお願い」「わ、わふ?」
「わかっています!」
ミナトとアニエスが同時に診察を開始する。タロは心配そうに地の大精霊に寄り添った。
声をかけていなくとも、他の者は心配して地の大精霊を見守っている。
「…………も、申し訳ない。ミナト様。アニエス様……」
地の大精霊の右前足の甲の辺りがボコッと盛り上がる。
それは呪われていたグラキアスの全身を覆っていた腫瘍に似ていた。
「……呪われた際に、強制的に、呪神の使徒と契約を結ばされていたのです」
「呪神の使徒に? た、たいへんだ!」「わ、わふ!」
「解呪で契約も解除されたと……思っていたのですが……ぐうぅ」
ミナトは診察を中断し、解呪を開始する。
それでも、呪いの腫瘍は、足の甲から体に向けて、じわじわと侵食しつつあった。
ミナトが解呪しているにもかかわらず、呪いの進行が止まらない。
「契約を通じて……私から力を奪い取り、呪いで体をむしばもうとしておるのです……」
ミナトと精霊達、聖獣達は契約をすることで、互いに力を得ている。
呪神の使徒は、契約することで力を吸い取りつつ、呪うことができるのかもしれなかった。
「……ミナト様、タロ様。せっかく助けていただいたのに残念です」
甲の辺りから発生した腫瘍のような物は、既に肘まで達している。
「どうやら、私は呪者にならざるを得ないようです」
「そんな!」「が、がう!」
「まだ、理性の残っているうちに、私を始末してくだされ……」
地の大精霊の言葉を聞いて、アニエスが叫ぶように言う。
「なんとか、なんとかできるはずです!」
だが、地の大精霊はゆっくりと首を振る。
「契約がある限り、呪神の使徒はいつでも私を呪えるのです」
今、仮に解呪がうまくいったとしても、いつ呪われるかわからない。
ミナトがいないときに呪われれば、あっという間に呪者になりかねない。
「もし私が呪者になれば……周囲に厄災を振りまき、沢山の人族、聖獣や獣を殺すでしょう」
地の大精霊はミナトをじっと見た。
「……そうなれば、どうせミナト様とタロ様に倒されるのです。ならば、今お願いいたします」
呪者になると同時に、大精霊が死んでしまう。
呪者になってしまえば、サラキアの使徒であるミナトでも解呪はできない。
呪者になれば、倒すしかないだろう。
「大精霊。少し待ってね」
「……しかし」
「アニエス、お願い、解呪を手伝って」
「はい。いと高きところにおわす至高神。汝の奴隷たるアニエスの願いを聞きとどけたまえ」
アニエスが祈りの言葉を唱え始めると、大精霊がぼんやりと光り始める。
ミナトとアニエスが二人がかりで解呪しても腫瘍の進行を遅くすることしかできていない。
「ミナトが解呪しているのに、止められないのか?」
「そこまで呪神の使徒は強いってことか? ありえん」
レックスとジルベルトがそう言うと、マルセルも険しい顔で言う。
「契約があるから、敵に有利だってのはあるでしょうが、それにしても……」
「どういうこと? 呪神の使徒はまだなにかやっているってこと?」
「サーニャ。何かってなんだ?」
「そんなのわかるわけないでしょ!」
皆、ミナトの解呪のすごさは知っている。
だからこそ、ミナトが呪いの進行を止められないということが信じられなかった。
だが、ミナトは冷静で慌てなかった。
「呪いが進む前に、サラキアの書を調べよう!」
ミナトがそう言うと、左手にもったサラキアの書のページが高速でめくれていく。
そして、サラキアの書のページめくりは、真ん中あたりで止まった。
「どれどれ?」
ミナトは解呪を続けながら、サラキアの書を読んだ。
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【使徒と聖獣・精霊の契約解除の方法】
1.双方が望んで契約した場合の解除方法。
双方の合意があれば解除できる。
片方が望んでも、双方の合意がなければ解除することはできない。
双方が解除する意思を持った状態で使徒が「解除する」と明言し触れることで解除される。
解除されれば、使徒と聖獣・精霊のつながりは切れ、恩恵などはなくなる。
※双方が望んで契約した場合は、どちらかの死によって契約が破棄されることはない。
同じ目的をもち、互いに助け合いたいという意思と親愛に基づいた契約は強い。
どちらかが死んでも、その能力と意思と願いは、生きている者の中で生き続ける。
2.強制的に契約を結ばされた場合の解除方法。
その場合も双方が合意すれば解除できる。
片方だけが解除を望む場合は、より強力な契約で上書きする方法が有効。
※強制的な契約の場合、どちらかの死によって契約は破棄される。
元々強制的な契約は、つながりが弱い。死は解放となるのだから。
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「大精霊さんの場合は、2のほうだね!」
「ばうばう!」
「でも、上書きってどうやるんだろう?」
ミナトがそうつぶやくと、サラキアの書のページが再び自動でめくれて止まった。
「ありがと、サラキア様」
ミナトはお礼をいって、サラキアの書を読んだ。
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【使徒と聖獣・精霊の契約を上書きする方法】
基本的には新たに契約を結ぶ使徒と互いに合意して、契約することで上書きする。
契約方法は、従来の契約と同じ。
だが、合意に基づく契約は強制的な契約より強力ではあるが、上書きするのは簡単ではない。
使徒同士の力量の差が小さいとは上書きをするのは難しい。
成功したとしても、契約に長い時間(数日~数か月)かかることもある。
※重要! 新たに契約を上書きするには、大きな力量の差が必要。
力量の差が小さい場合は、神殿のような場所で行うと良い。
神殿がない場合は、神像を並べて簡易的な神殿にするのが簡単。
他にも同じ神や、同じ系列の神の聖者による手助けも有効。
聖者が祈りを捧げれば、そこは神聖な力で満たされ、簡易的な神殿のような空間になる。
または、聖者が聖印に魔力を込めて、使徒に触れれば、手助けすることもできる。
神獣などの使徒クラスに強い存在手助けしてもらうとより確実。
※タロならば、ミナトにくっついて、聖印に魔力を込めたら大丈夫。
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「なるほどなるほど。わかった、ありがとう、サラキア様」
ミナトは解呪を続けながら、うんうんとうなずいた。
「タロ! アニエス、コリン、手伝って!」
「わふ!」
「……至高神よ、汝の奴隷たるアニエスが希う」
タロは力強くわかったといい、アニエスは、解呪の祈りを捧げながら、軽く頷いた。
「もちろん手伝うですけど、何すればいいです?」
「うん。ありがと。えっとね。まずアニエスはそのままお祈りしててね」
「……汝の敬虔なる信徒たる地の大精霊を救い給え」
アニエスは額に汗しながら、祈りの言葉を止めずに頷いた。
「アニエス、一瞬、一人でお願い! 大精霊さん、苦しいかもだけどごめんね」
「はい……うぅぅぅ」
アニエスは頷き、ミナトは解呪の手を止める。
途端に腫瘍の範囲が広がり、地の大精霊は苦しそうにうめく。
「ごめん!」
ミナトは、大急ぎでサラキアの鞄から神像六体を取り出した。
もちろん、ミナトとタロが作った神像である。
そして、すぐに解呪を再開する。すると腫瘍の進行がほとんど止まった。
「はぁはぁ」
地の大精霊は苦しそうに顔をゆがめている。
「タロ! 手が離せないから、神像を周りに並べて!」
「わふわふ」「手伝うです」
タロとコリンによって、ミナトとタロが作った神像が並べられる。
「ありがと! だいぶ、神聖力が高まってきた気がする!」
「わふ!」
「コリンもコボルトの勇者の剣に魔力を込めて、剣で僕の右手に触れて」
「わ、わかったです!」
コリンは勇者である。勇者とは聖者の一種なのだ。
そして、コボルトの勇者の剣は聖印の様なものである。
コリンはコボルトの勇者の剣に魔力を込める。
「レトル薬作りで、魔力を込める練習したのが役に立ったです!」
コリンが剣の腹の部分を、大精霊に触れているミナトの右手にそっと乗せた。
すると、呪いの腫瘍の進行が完全に止まった。
「ありがと! 大分優勢になってきた! タロは聖印に魔力をこめて、僕の右手にかさねて!」
「わう~」
タロはこの地上に降り立った際、至高神から聖印を与えられている。
首輪についている綺麗な太陽の飾りがそれだ。
「わふ~わふわふ」
タロは一生懸命魔力を込める。それだけで周囲が聖なる空気で満たされた。
タロの魔力量は尋常ではなく、そして、タロの魔力には聖なる力が含まれているのだ。
「わぅ~」
タロは真剣な表情で、聖印をミナトの右手に触れさせる。
タロは大きいので、大精霊とミナト、コリンの間に顎を乗せているかのように見えた。
「タロ、ありがと」
タロが加勢した影響はさすがに大きい。一瞬で、呪いの腫瘍は小さくなって消え去った。
次の瞬間、ミナトが叫ぶ。
「ほちゃあああああああ! 君の名前はモグモグ!」
地の大精霊は強く輝き、ミナトとの間に契約が成立した。





