130 呪神の使徒との戦い
ミナトの【氷ブレス】で空気中の水分が凍り、辺りが真っ白になる。
タロはすかさず風魔法を使って、アニエス達を保護した。
直後、ミナトは【隠れる者】と【突進】を同時に発動して、一気に駆ける。
目指すは呪神の使徒の後ろにいる、鎖に縛られた大精霊だ。
「貴様!」
「ガゥウウウ!」
ミナトを止めようとした呪神の使徒に、タロが襲いかかる。
「舐めやがって! 獣が!」
振り下ろされたタロの爪を呪神の使徒は両手で止める。人間離れした恐ろしい膂力だ。
「タロ! 何もさせないで!」
「がう!」
タロと呪神の使徒が激しい戦いを始めた。
タロは呪いの結界の効果で、大分力を落としているが、それでも呪神の使徒よりも強い。
呪神の使徒は何とか魔法を使おうとするが、タロの爪の攻撃が激しくて余裕はない。
「くそが!」
呪神の使徒はミナトを攻撃したいが、その余裕もない。
「ほちゃあああ~」
ミナトは呪われし大精霊との戦いを始めている。
大精霊による激しい攻撃をかわしながら、接近して、解呪を試みる。
「すこしかかるかも!」
「ガウウ!」
呪いの結界の効果で、ミナトの力も低下し、解呪の効果も落ちている。
ミナトとタロが戦っている最中、後方でも戦闘が始まった。
後ろに回り込んだ吸血バットと洞窟火トカゲが、アニエス達に襲いかかったのだ。
ジルベルト、ヘクトル、レックスが、接近した敵を倒していく。
「火は噴かせるな! 怪音波は覚悟を決めろ!」
「覚悟って、無茶言うな! 大地の精霊よ。マルセル・ブジーが――」
ほとんど精霊の気配がない中、マルセルは必死に詠唱し、力を借りて弱い魔法を行使する。
マルセルは魔法で石を飛ばし、吸血バットにぶつけるが足止めにしかなっていない。
「……いと高きところにおわす至高神。汝の奴隷たるアニエスの願いを聞きとどけたまえ」
アニエスが何度も祈りを捧げると、やっと周囲が薄白い透明の膜に包まれる。
怪音波の威力を軽減する「神のベール」という神聖魔法だ。
呪いの結界のせいで、発動に時間がかかり威力も弱い。
だが、ジルベルト達の動きが一気に良くなる。
「ほんとに。ミナトの【氷ブレス】様々ね!」
サーニャが、矢で吸血バットを射貫いていく。
ミナトが最後に放った【氷ブレス】によって、空気穴が全て凍り付いている。
空気穴に魔物が潜んでいることを見抜いたミナトが【氷ブレス】で付近の穴を塞いだのだ。
おかげで、今は後方に遠回りして回り込んだ魔物を相手にするだけで済んでいる。
「GUAAAAA!」
「ぴいい~~」
口から火を噴こうとした洞窟火トカゲの口に、高速で飛ぶピッピが飛び込んだ。
火を体で防ぎ、そのまま体内を炎で燃やす。
洞窟火トカゲは火に強いが、不死鳥の炎に耐えられるほどではない。
洞窟火トカゲは内臓を焼かれて、あっさり息絶えた。
洞窟火トカゲの攻撃はピッピに全く効かない。だが、ピッピの攻撃はかなり効果的だ。
どうやら、洞窟火トカゲの天敵は不死鳥らしい。
「たあああああ」「にゃああ~」
コリンとコトラも必死になって戦っていた。
コリンは正面から洞窟火トカゲに斬りかかり、コトラは側面から飛びかかる。
もちろん、ジルベルトやヘクトル、レックスに比べたら非力なのは間違いない。
それでも、コリンとコトラはしっかり戦っていた。
「ミナトとタロ様が勝つまでの時間を稼ぐです!」
「んにゃ~~」
その間もタロと呪神の使徒は激しく戦っている。
呪いの結界で力が落ちていても、タロは強い。
呪神の使徒が魔法を使うのを防ぎ、アニエスやミナトに攻撃するのも防いでいる。
だが、坑道は狭い。タロが全力で動き回れば、坑道の崩落につながってしまう。
だから、タロは思うように動けず、攻め切れていない。
「ちゃあああ~」
ミナトは呪われし大精霊の攻撃を躱しながら、魔法を使う。
サラキアの書を開き、サラキアの聖印を掲げて、魔法の威力をあげている。
だが、呪いの結界による威力低下の方が大きかった。
「なかなか解呪できないかも」
「当たり前だ! 我が呪ったのだ! そう簡単に解呪できるわけなかろうが!」
呪神の使徒が大きな声で叫んだ。
呪神の使徒の作戦は、タロをいかに抑えるかが肝である。
呪いの結界は効果的だし、地形もタロには不利な場所を選んで戦いを挑んだ。
尋常ではない呪神の使徒が相手にすれば、タロ相手でも戦える。そういう作戦だ。
そして、実際、その作戦は成功し、タロ相手に膠着状態に持ち込めている。
作戦は成功したが、呪神の使徒の表情は暗い。
「……くそが」
呪神の使徒は小さく悪態をついた。
呪神の使徒、最大の誤算はミナトの成長だ。
呪いの結界で力を抑えれば、呪いの大精霊にミナトは勝てないはずだった。
加えて用意していた大量の魔物で襲わせれば、アニエス達を楽に始末できるはずだった。
アニエス達を倒せばミナトは動揺する。その隙をつけばたやすく殺せるはずだったのだ。
ここまで苦戦させられるのは、呪神の使徒にとって想定外の事態だった。
「……だが、それもここまでだ」
呪神の使徒は不敵に笑った。