129 呪神の使徒
その後もどんどんミナト達は進んでいく。
死骸を見つけるたびに、足を止めてサラキアの鞄に回収して、また進む。
徐々に坑道が狭くなっていく。
「あ、ちょっと止まって。生きてる魔物がいっぱいいる! タロ!」
「わふ!」
直後、坑道の空気穴として掘られた狭い穴から吸血バットが奇襲をかけてきた。
『とまれ!』
怪音波を発しようとした吸血バットは一瞬かたまり、その隙をついて、
「すぅぅぅっ……『がおおおおお!』」
「わふ~」
ミナトが【氷ブレス】でなぎ払った。タロの風魔法も強力だ。
狭い坑道の奥まで【氷ブレス】を届かせるのは難しい。空気穴のように細い横穴は特にそうだ。
それをタロの風魔法が、奥の方まで届かせるのだ。
ミナトが味方の被害を気にせず【氷ブレス】を使えるのは、タロの援護があってこそである。
「ありがと、タロ!」
「わふわふ~」
タロは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「だいぶ狭くなったね? タロはそろそろお留守番する?」
「わふ!」
タロはまだいけると主張していた。
だが、坑道は高さ三メートル、横幅四メートルほどまで狭くなっている。
体の大きなタロにとっては、かなり窮屈だ。
狭くなってきたからか、空気穴の横穴の数も増えてきた。
「敵も坑道に最適な洞窟火トカゲと吸血バットを用意したんだろうが……」
「それ以上にミナトの【氷ブレス】とタロ様の風魔法が、坑道と相性が良いですね」
ジルベルトとアニエスの言うとおりだった。
坑道のような閉鎖された空間でなければ【氷ブレス】はここまで効果的ではなかっただろう。
「呪神の使徒は、ミナトの成長を甘く見ていたようだな」
レックスが嬉しそうに言う。
【竜の咆哮】も【古代竜の威】も【氷ブレス】も、つい先日手に入れたものだ。
加えてグラキアスとルクスとの契約で、ステータス自体も大きく伸びた。
呪神の使徒が、数日前のミナトを基準に作戦を立てていれば、うまくいかないのは当然だった。
「ここまで成長するとは、誰も思いませんから――」
アニエスの言葉にかぶせるように、
「全くだね」
ミナト達の全員の知らない声が響いた。
それは男のような、女のような、子供のような老人のような声だ。
そいつは、ミナト達の正面、坑道の奥からゆっくりと堂々と歩いてきた。
地面につきそうなほど長いローブを身につけ、フードを深くかぶり仮面をつけている。
仮面は白く、目の部分だけが空いている。
身長は高いような、低いような。アニエス達はそいつを見ているのによくわからなかった。
遠近感がおかしくなり、輪郭がぼやけている訳でもないのに、長身にも短身にも見えた。
「だれ?」
「ガウ!」
ミナトとタロは警戒を隠そうとしない。
ミナトは油断せず、左手にサラキアの書を開いて構え、右手でサラキアの聖印を握る。
サラキアの書も聖印も、魔法の威力を増すために使えるのだ。
「……よ、預言者? いや、違うです、でも雰囲気が似ているです」
コリンの言う預言者とは、コリンを騙した呪神の導師のことだ。
既に、そいつはコリンとコトラによって倒されている。
「あんな出来損ないと比べないで欲しいね」
「……おまえ、呪神の使徒だな?」
「ガウゥゥゥ!」
「やっぱり、わかる?」
呪神の使徒がつけている仮面がにやりと笑顔の表情に歪んだ。
「みんな、気をつけて。なにかスキルを使ってるよ。【索敵】でみつけられなかったし」
ミナトの【索敵】スキルのレベルは45だ。一般的にレベルが45もあれば、大陸一になれる。
そのミナトが見つけられなかったのは異常なことだ。
「隠れるスキルか、ごまかすスキルか、魔法かも……」
「さて、どれでしょう?」
そのとき、アニエス達は初めて、呪神の使徒が両手に鎖を握っていることに気がついた。
地面に引きずられた鎖がじゃらじゃらと大きな音が鳴らしている。
「いつの間に鎖を……」
音が鳴っているのに、全く気づかなかったのだ。通常ではありえないことだ。
「最初からだよ? 聖女様」
アニエス達、全員が呪神の使徒は隠蔽のスキルか魔法を使っているのだろうと判断した。
鎖に気がつくと同時に、強烈な悪臭にも気づく。
鎖の先には、直径一メートルほどのヘドロのかたまりがついている。
「大精霊だね? はなせ」
「すぐに、そうじゃなくなるさ」
呪いが進めば呪者になるから、大精霊ではなくなると呪神の使徒は言いたいのだ。
「おまえ、ゆるさないぞ」
「おお、怖い。サラキアの使徒はずいぶんと乱暴な言葉を使うんだね」
おどけるように呪神の使徒が言う。
ミナトは呪神の使徒を睨み付けた。
「ピッピ、みんなをお願い。フルフル、わかる? タロ、僕は大精霊をたすけるね」
「ぴ~」「ぴぎ」
「ガウ」
「おいおい、作戦が筒抜けだよ? 大丈夫?」
あえて、言葉を省略して指示をしたというのに、呪神の使徒は馬鹿にしたようにそういった。
だが、ミナトは呪神の使徒の言葉を無視する。
「僕が動いたら、横穴から一斉に敵がくるよ。きをつけて」
ミナトは呪神の使徒が横穴に魔物を潜ませていることを見抜いたのだ。
何らかの隠す能力を使っている。だが、ミナトは本気で探って見つけ出した。
ミナトの言葉を聞いても、呪神の使徒は何も言わないし、動かない。
だから、ミナトは言葉を続ける。
「作戦がつつぬけだよ? いいの?」
「……馬鹿にするなよ? ガキが」
呪神の使徒の声には怒気が混じっている。
「いいの? 時間稼ぎしないとだめじゃない? まだ、そろってないよね?」
まだ、魔物は集まってくる途中なのだ。
もう少し経てば魔物の集結が終わり一斉にかかってくるだろう。
「お前、何を――」
呪神の使徒の不意を突き、語る言葉の途中でミナトが叫ぶ。
『とまれ! がおおおおおおおおお!』
ミナトは【竜の咆哮】に【古代竜の威】に加えて【氷ブレス】を、突然放った。