2話 微睡み
意識がぼんやりとしている。
あれ、さっきのはただの悪夢…?起きたらお兄ちゃんとのお出かけが待ってる…?
……。
本能が違うと告げている。
先程の出来事は嘘ではないと、現実が笑っている気がする。
やっぱり私、死んだの…?
でも、それならこの感覚は…?いつものようにベッドに寝転がっている様な感覚がする。
だったら私、助かった…?生き、てる…?
怖い思いは正直ある。でもこのままって訳にもいかない。
思い切って、目をうっすらと開ける。
見えたのは、白い天井。
横をチラリと見ると、心電図のモニターが見えた。
ここはどうやら病院のようだ。
ほんとに、助かった…?
「ん…」
お腹辺りで声がした。
同時に、もぞっと誰かが動いた。
起きたばかりの掠れた目で見つめる。
「おにぃ、ちゃ…?」
私、生きてたんだ。
よかった、生きてたんだ。
この人はきっとお兄ちゃんだ。
嬉しい。よかった、生きてる…!
お兄ちゃんはゆっくりと上体を起こし、私を一目見る。
「__!!」
まだ視界がぼやけて、よく顔が見えない。
でもその人は、お兄ちゃんは、私の手を強く握って叫んでくれてる。
あぁ、よかった。
安心したらまた、少し眠くなっちゃった。
ごめんね、お兄ちゃん。もう一眠り…。
声が聞こえる。
「ごめん…。ごめん、セツ。ごめん…!お願い、お願いです、神様。何でもする、何でもします…。どうか妹を、大切で仕方の無い妹を、助けてください…!」
お兄ちゃんの声だ。
大丈夫だよ、お兄ちゃん。私はここだよ。
さっき目が覚めて、私が起きたの見えたでしょ?
手を握ってくれたじゃない。
どうしてそんなに悲痛な声を出すの?
「俺が、俺が悪かった。お出かけなんてやめればよかった。家で何でも出来たのに…、予定変えればよかったのに…!俺のせい、俺のせいで、セツは…!」
やめてよ。
やめてよ、お兄ちゃん。どうしてそんなこと言うの?まるで私が死んじゃったみたい。
それに、お兄ちゃんがやっぱりやめようって言ったって、私わがままだから、多分お出かけしようって言ってたと思うよ。
だからお兄ちゃんは悪くないんだよ、自分を責めないでよ。
「セツ…、セツ、ゥ…!神様お願いします、妹の代わりに俺が死んだって構わない、だからどうかセツを…!」
声が遠のく。
お兄ちゃんはとても苦しそうな声で何度も叫んでいる。でもその声は徐々に聞こえなくなっていく。
お兄ちゃんが私の代わりになんて、嫌だ。絶対に嫌だ。そんな事言わないで…。
お兄ちゃん、どこに行くの?どうして声が聞こえなくなっていくの?
嫌だよ、置いていかないで、私の傍にいてよ。
「お兄ちゃん…!!」
ガバッと起き上がる。
そこは先程見た病院のようだ。
寝たまま涙を流していたのだろう、私の頬は濡れていた。
混乱していると、困惑した声が聞こえた。
「ハツ…?」
声の方を向くと、知らない男の人が私の手を握ったまま話しかけているのに気付いた。
え、誰…?誰、このイケメン…。
ハツ…?何それ??え、どうしよう混乱してる。
「だっ、誰、ですか…?」
「えっ」
人物確認のため尋ねると、その男の人は酷く動揺した。
そしてめちゃくちゃ悲しそうな顔になった。なんかごめん…。
「水吸い込んだ影響でお兄ちゃんの顔忘れたのかハツ?!お兄ちゃん悲しくて泣いちゃうぞぉおおお」
「え?!いや、あの抱き着かないでもらっても?!」
泣いちゃうと言いながら泣いてるその人はガバッと抱き着いてきた。
それよりも、確かにお兄ちゃんはイケメンだけどこのイケメンはまた別の人。本当に誰?!でもなんか…見たことがある気がするんだよな…。
とりあえずその人を剥がす。
てかハツって私の事?
私の名前は浪川 セツナ。セツだったら家族が呼んでたけど、ハツって…。
ん?ハツ??
なんか…なんか知ってる…。なんだ、この違和感は…?
「もう、溺れてる子供を助けて自分が溺れるなんて、どうしてそんな事したんだよ!俺心配したんだからな?!」
溺れてる子供を助けた…?私が…??
橋が崩壊して溺れた、じゃなくて…?
「え…?」
「覚えてないの?!ハツ、登校途中に川で溺れてる子供を見て真っ先に飛び込んで、無事に子供を助けたけどそのまま溺れたんだよ?!たまたま見かけた人が助けてくれなかったら危なかったんだから…!」
登校途中で川で溺れた子供を、私が…。
あー…。なるほど、理解した。
理解してしまった…。
私、ほんとに死んじゃったんだ…。
そして転生したんだ。
___乙女ゲームの世界に。