私の勝ちでしょうか
この学園は各学年に二つ教室がある。
一応は成績順となっているが実情はほぼ貴族クラスとほぼ平民クラスである。
別に差別ではなく理由がある。
幼少の頃から家庭教師を付けて学んでいる貴族と平民との差が大きいからだ。
王立学園では貴族しか必要としない様なマナーや教養などの授業もある。
平民である限り貴族と結婚でもしない限り必要ではない知識である。
このおかげで私から望まければケヴィンと顔を合わせる機会は少ない。
時々ある共通の授業くらいだ。
リリー嬢も元々成績が芳しくないようで私とは別のクラスである。
お邪魔虫の私が居なくなったのだから好きにすればいい。
最近ケヴィンもこちらの教室に押しかけてこなくなってきて安心している。
彼が居ない以外は表面上以前と同じ日常が戻ってきた。
そう思っていた授業の合間の休み時間、私の教室でざわめきが起こった。
エーベルハルト殿下が来たのだ。
彼はにこやかな笑顔を周囲に振りまいて私に近づいて来た。
「やあ、ランベルト嬢。今日の放課後は生徒会の臨時会議があるからね。
忘れないで来てくれ」
「えっ? あ、はい。分かりました。聞いておりませんでしたが」
「臨時会議だからね。急に打合せする必要がある案件が出来たんだ。
詳しくは放課後に。じゃあ」
周囲の女子生徒が立ち去る殿下に熱い視線を送っている。
殿下が直々に来て下さるのは珍しい。今は変に目立ちたくなかったのに。
いつも一緒のエリアス様が居ないけど、よほど緊急の事案なのだろうか。
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放課後の生徒会室には、殿下が一人しかいなかった。
他の役員はいないので不思議に思って辺りを見回す。
寧ろ些事があって少し遅れたから私が特別早く来たわけではないはずだ。
そう思って殿下の方へ再度目を移すといつの間にか長机に見慣れない物があった。
チェス盤である。
「人払いはしてある。一勝負といこうか」
「えっ? 臨時会議は……」
「あんなの口実に決まっているだろう? さ、前に座って」
有無を言わさない感じの殿下の雰囲気に押されて私は向かいに腰を下ろした。
(わざわざ呼び出した用事がチェスの相手って……)
一体どういうことなのか。納得いかないままゲームを始めた。
「……生徒会の会長なんてものをやっていると色々と情報が入ってくる。
ま、僕が王族だから知りうる事もあるんだが」
コマを動かしながら殿下が語り始めた。
オーソドックスな指し手だが、殿下は強い。
登城した時に何度か手合わせした経験があるから知っている。
私も決して弱いとは思わないが殿下には今まで勝ったことが無い。
「職員の動向についてもね。
王立学園の教師が怪しい事に手を染める事の無い為にだが。
職員の行動がこの学園の信用を損なう事もあるからね」
「……」
「ラング教授はこの学校では一・二を争う名物講師だ。
最近、教授が軍用魔石の製造元に出入りしていると聞いてね」
「!」
「ああ、別に心配しないでくれ。
別に彼がこの学院や国に害を及ぼす様な事をする人物だとは思わない。
彼はそれこそ研究一筋の堅物だしね。
ただ、持ち出した物が一応軍事機密に関する物だけに心配なんだ」
「……」
「君が眼鏡を外せた事に関係あるんじゃないか?」
「……何が言いたいのですか?」
「君が人前で眼鏡を外すには目から放出される魔力を防がなければならない。
そして、ラング教授の行動。同じ時期だけに関係があると思ってね」
「それは……」
「だから、勝負だよ」
「えっ?」
「まだこの件は私以外に誰も気が付いていないだろうからね。
この勝負に勝ったら見過ごそうと思う。その代わり負けたら……」
殿下はそこで言葉を切った。何か悩んでいる様な感じだ。
殿下が知っていた事について悩んでいるは私の方だけど。
「殿下?」
「いや、何でもない。私が勝ったら君達の研究の成果を教えて欲しい。
……手に入れた物を返せとは云わないから。
君が勝ったら今回限りという事で見逃そう。何であれ君が悪用するとは思えないからね」
「……」
「どうする?」
「分かりました」
機密と言われたら何も言えない。
そもそも私が『聖女の瞳』の件を相談しなかったら無かった事だから。
でも私は今の状態を手放したくはない。後ろめたさはあるけれど。
その後、お互いチェス盤に向き合った結果が出た。
「私の勝ちでしょうか」
「ああ」
粘った末、私は殿下相手に会心の初勝利を収めた。
二度とあの眼鏡を掛けたくない私の執念が実ったのかもしれない。
殿下の様子は口惜いというよりどこか諦めた様な感じに見えた。
しかし結局、私は説明する事にした。
本来なら大事を殿下の裁量で見逃してくれるというのだ。
勝負している時に勝敗に限らず終わったら目薬の件を殿下に話そうと決めていた。
「……そういう訳でして。
魔石そのものを持ち歩くわけではないので今持っている分だけはどうかお見逃し頂きたいのです。
勝手な言い分ですが」
「うん。耐魔石の現物を持ち歩いている訳ではないからな……そうか、目薬か」
厳密にいえば機密の一端に触れていることには変わりない。
だから私の頼みが子供の様に身勝手な事も分かっている。
それを承知で私は殿下に頭を下げた。
「わかった。約束通りこの事は私の心に留めておくよ。
ただ、一応これを持っていてほしい」
そう言って殿下は私に小さい魔石の取り付けられたカードを渡してきた。
銀の細かい装飾が施されていて中央に変わった色の魔石が付いている。
「これは何でしょう」
「国家魔法技研の資格証だ。一応関係者と云う事にしておきたい。
最新の耐魔石開発技術に関わっていい人は限られているから。
この件で何かあれば私に貰ったとそれを見せればいい」
「……ありがとうございます、殿下」
私はそう言ってありがたく資格証を受け取った。
思いもかけない展開だったけど結果的に殿下のお墨付きを貰えて良かったわ。