予想外の事態
私の名はエーベルハルト。この国の第二王子だ。
最近次々と起こる予想外の事態に私は混乱している。
エリゼの婚約が破棄になるという事がそうだったが彼女が眼鏡を外した事もである。
どういう訳か『聖女の瞳』が働いてない様に見える。
エリゼは世にも珍しい『聖女の瞳』の持ち主だ。
本人はおとぎ話だと思っているようだがそうではない。まぎれもない事実だ。
なぜなら私は大昔、現ランベルト領あたりで実際にあった話だと知っている。
邪教徒と呼ばれた人々を邪神から解放した聖女と呼ばれた女性が居た事を。
長い歴史あるこの国の王家の一員であるから『聖女の瞳』の価値も知っている。
あの地帯は大昔は禁域とされていて人の住む地として扱われていなかった。
長年、貴族の領地は再編され続けてランベルト伯爵領となって二百年と経っていない。
現在の伯爵や伯爵令嬢のエリゼ自身が詳しく知る由もない。
我が王家にとっても不都合な事実があったので口伝で伝えられている。
長い歴史の中で伝えられてきた内容が変わっている可能性も勿論あるだろうが。
しかし実在していたからには『聖女の瞳』も本物である可能性が高い。
王族のカリスマや権威など通用もしないそれは王族にとってまぎれもない脅威だ。
だから王家では『聖女』という名称に相応しくない忌まわしい物として伝えられてきたのだ。
いつか生まれるかもしれない聖女の瞳を持つ者を警戒して。
私が十二歳の時に十歳のエリゼの洗礼があった。
洗礼の儀とは一年に一回、王都の大神殿で行われる重要な儀式だ。
一定の年齢になって洗礼を受けると体に聖光が宿り体の一部に祝福を受けるのだ。
普通は体の中心や手足などが少しの間ぼんやり光る。
ところがエリゼの場合は目に祝福が降りた。
その話を大神官から伝えられた父上は王家の口伝を思い出して命令した。
適当な口実を付けてランベルト伯とその令嬢エリゼを王宮に呼んだらしい。
結局、比較も研究も出来るものでは無かったので何もわからずに終わってしまったのだが。
私が初めてエリゼに会ったのはその時だった。
エリゼは普段私に対していつもどこか及び腰だ。
その原因の一端が当時の幼い時分に会った事は分かっている。
しかしエリゼのそんな態度が面白くなくてつい少し発言に毒を含ませてしまうのだ。
我ながら彼女に関しては子供の様に情けない。
エリゼが調査の為に王宮に呼ばれた時、偶々私は王宮庭園で彼女を見つけた。
彼女は綺麗な金色の髪を風になびかせて庭園の花壇を見ていた。
間近に見た少女は私からは文字通り妖精の様に見えた。
二つ年下の少女を見た時に心が締め付けられるような感じがしたのを覚えている。
多分あれが私にとっての初恋だったのだろう。
見とれて棒立ちになっている私に気づいたエリゼはカーテシーをして私に名乗った。
だが、名前を聞いて私は口伝の事を思い出してしまったのだ。
禁域に所縁を持つ者に他者を惑わす瞳を持つ者が現れる可能性があるという事を。
目に祝福を受けた少女が居る事は前もって聞いていた。
ならばこの気持ち自体はあの『聖女の瞳』の力によるものでは無いか?
幼い私は思わず言ってしまった。
「怖い、見ないでくれ」と。
その言葉にエリゼが顔を曇らせて目を伏せたのを覚えている。
心無い私の一言がどれだけ幼い少女に衝撃を与えてしまったかは想像に難くない。
慌てて私は本心からではないという事を言い繕った。
しかし、あまり間を置かずにエリゼを探しにランベルト伯がやって来た。
すると内気なエリゼは伯爵の後ろにさりげなく隠れてしまった。
伯爵は何があったかわからず私に対して恐縮した。
でも恐縮していたのは実は私の方だった。
あの時以来、真正面から素顔のエリゼと視線を合わせた事は無い。
よく考えれば子供の時エリゼと目を合わせたのは一瞬だけだ。
いくら聖女の瞳でも効き目があるはずもない。
ましてや幼いエリゼの魔力はまだ安定していなかったのだから。
エリゼが伯爵家の事情で婚約したという事を聞いた時は心が空虚になった。
父上は結局エリゼの瞳が王家の脅威にならないと判断して横槍を入れなかったからだ。
だが今回、婚約者のせいでエリゼの婚約は破棄になると云うのを知った。
王都の伯爵家から貴族院に問い合わせが来たからだ。
伯爵から送られて来る書類が受理されるまでは予定に過ぎないが。
私の王国での立場は第二王子であり王位継承権は二位だ。
第二王子とは第一王子である兄上のスペアでしかない。
兄上が子を儲ければその子供が継承権で優位になる。
兄上は来年で二十歳になるが王位継承はまだ先だ。
今の時点では限りなく可能性は低いが私が国王になる可能性も無くはない。
兄上が早く婚姻でもしてくれればいいのだがまだその気配も見えない。
弟が先に好きな女性を見つけて婚約というのは中々難しいものがあるのだ。
いずれにしろエリゼの身が自由になった事は天が私に与えた好機というものだ。
そう思っていたのだが……。
正直、エリゼに『聖女の瞳』が宿った事は私にとって好都合だった。
あの瞳のせいで彼女は主に男性に素顔を晒す事に恐怖を抱いている。
彼女の心情を考えると許されない考えではあるが私にとってはいい側面が多い。
あのうだつの上がらない瓶底眼鏡をかけている限り、誰もエリゼの美しさには気が付けない。
そう。私以外には誰も。
しかし今、彼女の美しさは皆に知れ渡り始めている。
私が求愛する前にエリゼを誰かに取られてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。
そもそもなぜ彼女は自分の悩みを取り除くことが出来たのか?
その点については今の所わからない。
彼女にやんわりと再び眼鏡をかけさせる様にさせる事は出来ないだろうか?
自分勝手な話だと分かっている。
そもそも彼女の私に対する気持ちも確認していないのに。
人は私を欠点のない人物だと見てくれていると思う。
実際王族としてそう振舞ってきた。しかし中身はこんな情けない男なのだ。
いい方法が思いつかない。どうすればいいだろうか……。