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よく存じ上げております

 夏季休暇明けの生徒会室で生徒会議事録を纏めている時だった。

エーベルハルト第二王子殿下が口を開いた。



「婚約解消するそうだね、彼と」



 他の役員達が席を外していてたまたま二人きりになったタイミングだ。

殿下は頭脳明晰容姿端麗、王族にふさわしい振舞いを持つ金髪碧眼の貴公子である。

もっとも私は殿下の性格を知っているつもりなので無邪気に賞賛出来ない。

そして、どことなく苦手意識があるのだ。幼少時から。



「お耳が早いですね、殿下」


「それはそうさ。彼の実家の商会は最近よく僕も耳にしていたからね。

国王陛下も皇后陛下もあそこの扱う商品は気に入っているんだ。

我が一族に関する事だから私の耳にも商会に関する噂はよく入る」



(そうは云っても情報が届くのが早すぎじゃないかしら……)



 私は内心で呟いた。

どうせ遅かれ早かれ分かってしまう事だから仲の良い友人にはそれとなく伝えてある。

彼女達が言いふらしたとは思わないが不思議とこういう話は伝わってしまう。

私達の事は普段接触が無い人達から見ても気付くのかもしれない。

新学期に入ってからケヴィンとの接触を私が極力避けていたから。



「……そうですか。しかし敢えて口にしない優しさを見せてほしかったですわ」


「許してくれ。つい昔馴染みの癖が出てしまう」



 そう言ってにこにこと笑う殿下はとても人当たりが良く見える。

虫も殺さない様な人好きする笑顔だ。



「わかりました。昔のご交誼に免じて」


「ありがたい。では聞きついでだ。破局の原因も教えてくれないかな?」


「……私からも質問を。何時から新聞部の部長を兼任されたのですか? 会長」


「意地悪だな。質問に質問で返さないでくれ」


(どの口が言うんですか!)



 笑顔の殿下に内心で怒りながら表面上は冷静に努める。

後々の事を考えると端的に正確な情報を伝えておくべきだろう。

私はため息とともに質問の答えを返した。



「別に。あの方が隠し事をして私に近づいて来たと知ったまでです」


「隠し事?」


「……まぁ、色々とですわ」



 曖昧な返事で濁す。

優しい男性ならばここで引いてくれるはずだ。普段の殿下もその筈だ。

だが、偶々二人きりの時の殿下はなぜか違う。

案の定、言葉を続けて来た。



「でも隠していたのは君も同様だろう?」


「何の事です?」


「察する所、彼は君の素顔も殆ど見た事が無いのではないかな」


「隠す意味が違うじゃないですか。私は不誠実な行いなどしておりません」


「不誠実? なるほど、そういう事か」


「……」



(この御方はやはり意地悪だ)



 なぜこうも絡んでくるのだろう。

思えば幼少時に初めて会った時も嫌な思いをした。

ある一言を言われる前までは何か別の気持ちもあった気がするけれど。

皆、彼の意地悪な所を知らないのだ。



「彼は知らないのだろ、君の真価を」


「私に言わせればその真価はいい意味ではありません」


「『聖女の瞳』をその様に言う事は無いだろう?」


「時々、邪眼の間違いじゃないかと思いますわ。いい思い出が無いのですもの」



 聖女の瞳とは、古に実在したと言われる聖女に由来する。

唯一神を名乗り崇めぬ者を殺すという邪神を信奉していた人々をその呪いから解放したと伝えられている。

よくあるおとぎ話の類ではあるが実在したならば「私の様な目」をしていたらしい。

魔力を放出して人を惑わせる様な眼力だ。

尤も果精神感応系の魔法とは違う。

私の力が至らないのか私の眼力は時として無意識に見境なく働いてしまうのだ。

だからこそ私は分厚い眼鏡をかけて視線が見えない様にしないといけない。


 この能力に目覚めたせいで幼い時は一度ならず誘拐されかかった事がある。

逮捕された男達が言うには私と目を合わせた途端どうしても自分の物にしたくて堪らなくなったそうだ。父の様な年齢の男達が、だ。

実際、貞操の危機に陥った事もあった。

それ以来、私はこのぐるぐる眼鏡を手放す事はできない人生を送っていた。



「おいおい、『聖女の瞳』をその様に言うのは君だけだぞ」


「この瞳がそんな大層なものでは無い事や自分が聖女などという存在では無い事も知っております」


「『聖女の瞳』は他者を惑わし、支配するとも云われている。

そういう意味では同じだと思うがね」



 10歳の頃まで私は裸眼のまま領地で普通に生活してきた。

ところが洗礼の儀でこの王都に来た時から私の人生は変わってしまったのだ。

大神殿で行われる洗礼の儀は肉体に対する何らかの恩寵が神より与えられると言われている。

大抵は本人にしかわからない程度の持久力や瞬発力、そして属性魔法などである。

しかし私に与えられたモノは魔力の籠った眼力だった訳だ。


 かなり珍しい能力であるのは間違いない。

少なくとも私の周りでは噂すらも聞いた事が無い。

王家だけはある事情に絡んで私の授かった能力を知っている。



「……そうかもしれませんね。

ついでに言わせて頂けば殿下が意地悪な方だという事もよく存じ上げております。

今日はこれで失礼します」



 私はそう言って席を立った。多少の不敬などかまうものか。

殿下といいケヴィンといい、どうして私の周りにはこういう男ばかりなのか。

ケヴィンの紳士的な振舞いや誠実な態度に男性不信が無くなったと思っていた。

しかし、それは大きな間違いだった。

より一層警戒感が増して来る。


 男の本性とは基本的に意地悪で女を見下す事なのかもしれない。

今、私は国民の範である王族に恰好のおもちゃにされている事がそれを示している。

私にとって例外なのは極一部の男性と父だけだ。


 扉を開けて廊下に出かかって男性と衝突しそうになる。

殿下の側近の一人でもある副会長のエリアス様だ。



「おっと、ランベルト嬢。どこへ?」


「すみませんでした、エリアス様。

少し気分が優れませんので今日はもう失礼致します。

議事録は家で纏めて明日中に提出しますので」



 そう言い残して私は生徒会室を後にした。





 生徒会室に入ったエリアスは生徒会長であるエーベルハルトに聞いた。



「殿下、気のせいかランベルト嬢の態度が変な気がしたんですが。

何かありましたか?」


「いや、別に」



 エーベルハルトの付き人であり副会長の侯爵令息エリアスは気が付く男だ。

だが、必要もない場面で洞察力を発揮して欲しくはない。

なのでエーベルハルトは素っ気ない返答を返した。



「ならいいですが。彼女に抜けられたら生徒会の損失ですからね

あまりきつい事とかは云わないで下さいよ」


「勿論だよ。彼女は優秀だから」



 エーベルハルトはそっけなく返事をしてエリアスの入れたお茶を啜った。

いつもは家格も年次も低いエリゼの仕事である。



「今年の新入生では彼女の成績は図抜けて優秀でしたね。

尤も本人は生徒会に所属する事をあまり望んでいなかったみたいですが」


「……」



 エリゼは生徒会に所属する事は望んでいなかった。

ケヴィンと会う時間などが必要だったし彼女の興味は別の方にあったからだ。

しかしエーベルハルトが新入生首席のエリゼにさりげなく興味を示した結果、忖度した役員が生徒会に勧誘したのである。


 この王立学園の生徒会メンバーは成績順ではない。

上級家格からの勧誘を断り切れないエリゼは生徒会に所属した。

そして優秀な事務能力を発揮して今ではなくてはならない人物であった。



「確かに邪眼かもしれないな……」


「? 何の事です?」


(心から全く離れないんだからな)



 エーベルハルトは内心で呟いた。

もちろんその呟きが側近に聞かれることはなかった。

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