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聖女の瞳なんて要りません

 あの日、家に帰った途端私は熱を出して少し寝込んでしまった。

翌日コリンナ様とエミリア様が伯爵邸にお見舞いに来てくれた。

コリンナ様は観劇に行った事が誘拐の切っ掛けになってしまった事を申し訳なく思っていた様だったけれど寧ろ私の方が恐縮した。

私は二人に色々心配をかけてしまった事と二人に心配させてしまった事への謝罪をした。


 寝込む私をよそに周りでは慌ただしい事が続いていたらしい。

色々と殿下が表立って対応してくれたとの事をお父様から聞いた。

ケヴィンの王立学園退学・除籍と、私への誘拐・監禁・暴行罪での逮捕・投獄。

私の誘拐に関係した者達も同様の罪で逮捕・投獄。

更にケヴィンの父であるアンブロス会頭の貴族に対する詐欺罪での逮捕・投獄。

そして、アンブロス商会の取り潰し。


 ケヴィンに関しては殿下が殺す所をエリアス様達が止めた様だ。

色々と背後関係を調べる為に事件の首謀者を生かしておいたほうがいいと。

私はあの時ケヴィンの怪我は大したことは無かったと思っていたが結構重かった様だ。


 名が知れた大きい商会が国からの解散命令で消滅するという大きな出来事はしばらく王都の最大の話題になった。

そして必然的に私の名前も世間に露出してしまった。

だが殿下が商会の罪を公表して私への世間の関心を極力逸らしてくれたらしい。

多少の醜聞は諦めているけど気づかいがありがたかった。


 リリー嬢とその実家は共謀罪に問われている。

私とケヴィンの婚約破棄も正式に成立した。相手方の同意は最早必要がなかった。


 体調が回復してから学園に登校すると私は真っ先に生徒会室に向かった。

今日があの日以来の私の登校日と知っていた皆様が揃っていた。

真っ先に私がここへ来ると思って待っていて下さったに違いない。


 私は改めて殿下・エリアス様・ローラント様に救出してくれた事へのお礼を言って、マイスナー公爵令嬢には心配をかけてしまった事を詫びた。

失礼して教室に戻ろうとすると殿下から放課後にまた顔を出す様に云われた。

何かの予感を感じて私は頭を下げた。





「失礼します」



 放課後、再び生徒会室に行くと殿下が一人で窓近くに立って外を眺めていた。

他の方はどうしたのかと思っていると殿下から声を掛けられた。



「やあ。学園で一日過ごして体調はどうかな?」


「大丈夫です。お陰様で」


「改めて君を呼んだのは……大事な事を話したいと思ったんだ。

個人的な事だから他の者には席を外してもらったよ。」



 その言葉に私は息をのんだ。

救出された時の白昼夢?を思い出して途端に心臓が高鳴るのを感じた。

 


「君にきちんと……ずっと、謝りたかった」


「えっ?」


「君と初めて会った時の事だよ。

私は君に言った。怖いから近づかないでくれ、と。覚えているだろう?」



 今度は10歳当時の情景が私の脳裏に再生された。

俯いて、迎えに来た父の後ろに隠れてしまった場面を。



「幼い君を傷つける事を言ってしまった。すまなかった。

あの時も言ったのだが多分君にはきちんと私の謝罪は届いてなかっただろう。

そしてそのまま何となく時間が過ぎ去ってしまった。

その後、何回も君と会った事があるというのに」



 その事だったのか。そう思うと同時に、なぜか落胆した。



(何で私は落胆しているの?)


 

 殿下との関係においてこの事は重要な出来事であったはずだ。

落胆する必要なんてないのに。



「あれ以来、君は見えない壁の様な物を私に対して作ってしまった。

それがどうにも歯がゆくてね。つい憎まれ口をきいてしまう様になった。

元々は私自身の一言が全ての原因だというのに」


「……」


「正直に言ってしまうと……あの時、私は君に見とれていたんだ。

だけど君の瞳を見た途端に『聖女の瞳』の事を思い出して怖くなった。

王家の人間だから前もって色々と誇張されて聞いていたからね。

『聖女の瞳』に自分の心を歪められている様な気がしたんだ」


「殿下……」


「言った後ですぐにひたすら謝ったんだが……。

あの時、君は伯爵の陰に隠れて目も合わせてくれなくなってしまった」


「……はい。きちんと理由を口に出して云って欲しかったですわ」



 改めて聞いてみれば他愛のない子供の言葉だ。

なのに幼い自分は傷ついてすぐに殻に閉じこもってしまった。

そして無意識に殿下を避けていた。

ずっとその事を引きずっていた私こそどれだけ殿下の事を意識していたのか。

恥ずかしくなる。



(でも、私は今でも幼いままなのかもしれない)



 なぜならずっとどこかで殿下と比べていたからだ。

ケヴィンは殿下よりも優しい。ケヴィンは殿下と違って私を傷つけない。

あの日以来ずっと意識し続けてそれくらい好きだったのだ。

多分、今も。



「何というか、自分でも素直に心の内を認める事が出来なくてね。

実はまさかあの時君に一目惚れしていたなんて」


 

 その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが解放された。

胸の中が暖かいもので満たされるのを感じる。



「もう一つ本音を言うとね、君とケヴィンの婚約が破棄になると知った時は嬉しかった。

多分君はとても傷ついていたというのに」


「……」


「女々しいだろう? でも、実はこれが本当の私なんだ。軽蔑したかい?」


「そんな事は……」


「今まで君に対してはっきり口に出さなかった僕が悪かったんだ。自分の気持ちを」


「気持ち?」


「ああ、それなんだ! ……一番大事な事をはっきり言っていなかった。

本当に自分が嫌になるな。君の前だとどうもいつもの自分と変わってしまう。」


 

 殿下はそう言った後でしっかり私と目を合わせた。

そして口から私が今一番欲しかった言葉を出してくれた。



「『聖女の瞳』なんて関係ない。

今更だが……本当は初めて会った時からずっと君が好きだった。今も。

愛している、エリゼ。ずっと私の傍にいて欲しい。」



 勝手に涙が出て頬を伝った。



(私は今泣きそうな顔なのかしら? ちゃんと笑顔になっているのかしら?)



 分からない。

でも答える言葉は決まっていた。



「殿下……」


「君は? 大事な一言をずっと言えなかったこんな臆病者はやはり嫌だろうか?」


「いいえ」 



 はっきりと否定する。

そして私も自分の臆病さを捨てて大事な言葉を告げた。



「私もです、殿下。心の奥でお慕いしていました。あの時からずっと」


「エリゼ!」


「ただし……」



 いつになく殊勝な殿下に私の意地悪心が少しだけ出た。

殿下の表情が怪訝になったがこの一言くらいは許して欲しい。



「もうこれからはお互い隠し事は無しですわ……殿下。

今度は私のお話を聞いていただく番ですね」


「わかった」



 殿下はうなずくと私を抱きしめた。そして自然と私達は口づけを交わした。


 私はその後、殿下に語った。

どれだけ長い間、ずっと殿下が私の心の奥に住んでいたのかを。

『聖女の瞳』など、本当に私には必要ない。

何故なら一番大事な人が心から私を愛してくれているからだ。



(完)


あと一つ番外編があります。

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