予想外の事態2
誰も意識していない事だが、王族の元には知るべき情報はかなりの精度で届く。
本人は何も知られていないと思っているだろうが今回の件も同様だ。
秘密裏に届いた情報から父王陛下はラング教授の調査を命じた。
結果的に私はエリゼが最新の魔石加工技術に関与した形になった事を知った。
軍事技術に対するスパイ行為に国は敏感だ。
他国に技術持ち出しの様な行為をした者を逮捕して処罰する事はままある。
逆にこの国の機密を得る為に他国が技術者を誘拐した例もある。
教授やエリゼがそうなるとは思えないが国の立場としては放っておけなかった。
ラング教授は身柄を拘束された後で悪びれすに答えた。
国益となる新たな技術を得る為にしている事がどうして悪いのか、と。
他国に比べて高い我が国の魔石技術はほぼこの老人の手から生み出されたものだ。
政治や栄達に全く興味がないが愛国心はあるこの偏屈な老人を父は誰よりも信用し重用して来た。
王国にあっては国王の判断が全てだ。
ラング教授に関しては教授職を解かれて謹慎というだけで事は終わった。
残された問題はエリゼの事である。学園内の事なので私にも知らされた訳だ。
私がエリゼの監視に反対したのは彼女の行動が単純に『聖女の瞳』がらみと予想出来たからだ。
実際、エリゼ本人は機密に触れる事はしていないし知らなかったとの教授の証言もある。
本人に話を聞いた所、やはりその通りだった。
エリゼはラング教授に目薬作成を一任していただけで機密に関しては知らなかった。
結局ひと月だけ発信魔石を携帯させる事と放課後の監視を行なわれる事で済んだ。
馬鹿馬鹿しいが一応形式的な事だ。
この件についての責任者は私になった。
発信魔石とは私がチェスにかこつけてエリゼに与えた魔法技研資格証についている物だ。
機密保持の為に魔法技研の関係者はこれを所持を義務付けられている。
チェスの勝敗に関わらず理由を付けて渡すつもりだった。
これは本人の魔力が尽きない限り一定の距離を水晶受信機で確認出来る。
変に精神的負担を掛けさせたくなかったのでエリゼにはその説明をしていなかったが。
エリゼの監視は名目を保つ為の一時的なものだ。
彼女が学園の外に出たら監視員が一人つく。
エリゼが誰か他国の怪しい人物と接触しないか、されないかを見張るのだ。
ありえない事だと分かっていたが少しの間だけだ。
私はこの件についての責任者だが彼女の私生活を見張るつもりは無かったので水晶受信機は情報部へ保管したままだ。
監視者も私の意を汲んでくれていた。
どうせ何事もなく一カ月が過ぎて用済みになるはずの物だし問題は無い。
そう。エリゼが誘拐でもされない限りは。
まさかその事態が起こるとは。
♦
付き人であるエリアスやローラントと共に王城に居た私はその報告を聞いた。
エリゼに付いていた監視者からの物だ。
「殿下、報告です!」
「何だ?」
「エリゼ嬢が姿を消したと」
「何!?」
友人達と共に劇場へ行ったエリゼを確認した監視員は貴賓席入口の階段下で待機していた。
この階段を使用するのは皆、貴族ばかりである。
舞台の前半が終わった頃、監視員は窓の外に気になる出来事を目撃した。
貴賓席入り口階段は劇場裏手側の一般人には気付かれにくい場所にある。
そのおかげで硝子越しに劇場の裏口が見えるのだ。
監視員が見たのは大きい荷物を運び出した建築業者風の男達が二人裏口から出て来る所だ。
男達は劇場裏口に止めた馬車に荷物を積んで去って行った。
劇場の改装に建築業者が出入りするのは珍しくない。しかし、今は公演の最中である。
些細な事が気になった監視者は外に出て馬車が進む方向を確認した。
確認し終えて中に戻るとなにやら貴賓席があわただしくなっていた。
動揺している令嬢に監視員は自分の身分を明かして、エリゼが居なくなった事実を確認した。
監視員の勘は正しかった訳だ。
そして急遽責任者である私の所に来た訳だった。
「……なんて事だ。まさか本当にっ」
報告を受けた私はすぐ行動した。
城の警備兵に一応現場付近の調査指示を送りつつ、私は情報部に向かった。
詳しい背後事情は知らないものの、エリゼが攫われた事を理解したエリアスとローラントもついて来た。
情報部から取って来た水晶受信機を確認する。
休日中だが魔法技研資格証を持っていてくれれば役に立つはずだった。
水晶受信機には一応光点が付いていた。
まさかこういう事が本当に起こると想定はしていなかったが言い含めていた甲斐があった。
今はこれを信じて向かうしかない。
私達は馬に乗って王城を飛び出した。