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何をするつもり?

 気付いた時に真っ先に感じたのは背中と肩に当たる床の感覚だった。

頭が朦朧としていてまるでめまいを起こした感じだ。手足もだるい。

視線を揚げると複数の男達に私は見下ろされていた。


 感情無く私を見ている者、目を細めて薄笑いを浮かべている者。

いずれにしろ皆、私の知らない男達だ。

ただ私の真正面に立っている男だけはよく知っている。



「……ケヴィン?」


「何だ、量が少なかったんじゃないか? 気がついたみたいだぞ」



 ケヴィンは私の問いかけに応じずに周りにいる男に話しかけていた。

上半身を起こそうとするがうまく手足が動かせない。縛られている。

諦めて床に寝たまま視線だけを動かして場所を確認する。


 男達の隙間から見える景色に見覚えは無い。

壁も床も薄汚れた木製で、まるでどこかの廃屋に居るかの様に思えた。



「よし、じゃ一人残してあっちに行ってくれ。念の為に見張りを忘れない様にな」



 ケヴィンが顎を動かして指図すると一人を入口近くに残して男達は出て行った。

私に戻した視線は私が見た事が無い冷たいものだった。



「やぁ僕のお姫様。おはよう」


「ケヴィン、あなた私に何を」


「愛しい君に会いたくて別荘に招待した訳だよ。少々強引だったけどね」


「……」


「ねえ、エリゼ。僕らには話し合いが必要だと思うんだ。婚約破棄なんて嘘だろう?」


「嘘じゃないわ」



 ケヴィンは大きく溜息をついて頭を振った。



「思い返してくれないか? このままでは僕も実家の商会もまずい立場になる。

商会の次期会頭の僕が貴族令嬢相手に有責で離婚破棄などされたら今まで僕の実家が築いて来たものが終わりになってしまうじゃないか。商売は信用第一だからね」



 そう言ってケヴィンはしゃがみこんで私の顔を覗き込んだ。

口は微笑んでいるが目が笑っていない。



「……ここはどこ?」


「貧民街だよ。まあ、表向き王都に貧民なんて存在しない事になっているが。

ここはいわば王都の吹き溜まり。どこでもある都市の裏側の顔さ。

不法滞在者やいかがわしい労働者の集まる場所とでもいえばいいかな?

多分、本来は君が一生立ち入らない場所だ」

 


(どれくらい気絶していたのかしら)



 生理現象はまだ大丈夫だと考えるとそこまで時間は立っていないはずだ。

恐らく王都を出る程の時間は経っていないと考える。

だとすれば都市の外縁のどこかなのかもしれない。



「そんな事よりもさっきの件だ。ねえ、考え直してくれないか?

リリーとは別れる。君に誠心誠意尽くすと誓うよ」


「何を言おうと、もうあなたの声は私に響かないし婚約も元に戻らないわ」


「どうしても?」


「こんな真似をされて婚約を継続なんて出来る訳ないでしょう」



 私の返事にケヴィンは目を細める。

そして一段低く声を落とした。



「状況をよく考えてくれ。君に選択肢があると思うのかい?」


「……」



 今、私は眩暈がしていて手足を縛られて満足に体も動かせない。

何処に居るのか分からないし、私以外は皆男性。

アルマやマルタならばともかくひ弱な私では逃げようもない。絶望的だ。


 私に打つ手があるとしたら『聖女の瞳』しかない。

『聖女の瞳』でケヴィンを魅了する事が可能なら脱出の機会が出来るかもしれない。

でもそれは目薬を使っていない場合だ。

皮肉な事に今は裸眼でも目薬が効いてしまっている。


 後はスカートのポケットに入れておいたお父様が渡してくれた磁力魔石しかない。

まさかこれを本当に使う場面が来るとは思わなかった。

しかし使った所で望みは薄いだろう。


 恐らくデニスからアルマやマルタに連絡が行っている筈だ。

絶対あの二人は私を探している。

ただ、お父様は磁力魔石の有効範囲はせいぜい100メイルと云っていた。

二人が近くに居なければ意味もない。



(それでも、やってみるしかないわ。お願い、気付いて!)



 他に縋る物が無いという絶望した気持ちで私は磁力魔石に魔力を流した。

服越しくらいなら指向性を付けてそれくらいは出来る。



「ん? 何を考えているんだいエリゼ。急に目をつむって」


「……どうやって私をここに連れてきたの?」



 意識的に話をそらした。

今私に出来る事は少しでも時間を稼ぐことしかない。

しかし、稼いだところで誰か助けに来てくれるのだろうか。



「おいおい、君はウチの商会の力を見くびっているのかい?

君達が行ったあの劇場には改装の建築資材関係でご贔屓にしてもらっているんだ。

綺麗なボックス席だっただろ? そういう訳であの劇場には顔が効く」


「……」


「たまたま君がご友人達と観劇に行くと聞いたのでね。

今度あそこの劇場にはウチの建築部門でカフェテリアを増設する予定なんだ。

追加の現地確認と称して関係者枠として自由に出入りさせてもらったよ」



 その言葉で思い出した。

クラスで雑談中、私の近くに常に平民の男子生徒がいた事を。

ケヴィンに借りがあるのか弱みを握られているのか平民同士の絆かわからない。

でもあの彼が伝えた情報なのだろう。



(それにしても人ひとり運び出すからには目立ってしょうがない筈なのに)



 そう思っていると察した様にケヴィンが答えを云った。



「堂々と歩き回る事が出来れば楽なもんさ。

劇団には何かと大道具が多いからねぇ。搬出も楽だったよ。

何も知らない君のご友人と劇団と劇場側には悪かったけど」


「……」

 

「貴族である君には分からないだろうがね。

商売が大きくなる過程には綺麗事ではすまない事も多々ある。

他の商会とのもめごともしょっちゅうさ。

ウチにはそういう荒事に対処する連中も飼っているんでねぇ」


 

 この男達は商会の養っている暴力部門という事だろうか。

内輪だけでここまでの事を手配できるなんてアンブロス商会の闇も深そうだ。

ケヴィンと彼の実家にとって貴族とは表向きの顔しか見えていない利用すべき能天気な獲物にしか見えないのかもしれない。

 


「貴族相手の商売ってのは君が思うよりも大変なんだよ?

平民と貴族の間にある見えない階級の壁は高すぎる。

商売だけの話じゃない。結局何でも貴族が優位に出来ているんだ」


「……」


「婚約破棄だってそうさ。

貴族同士なら男性、女性どちらに非があっても同じ階級なら単なる醜聞で終わる。

ただ、貴族と平民の場合は違う。

平民が有責だった場合はただの醜聞も重犯罪に変わってしまう」



 その事を充分弁えた上で婚約を結んだのではないの?

ケヴィンの言う社会の事実は間違っていないが、それと女性に不実を働いたのは全く別問題のはずだ。



「だから君に翻意してもらおうとたんだがね。しかし、やはり駄目か。

でもここまでしたからには君に言う事を聞いてもらわなければならない。

婚約破棄は無しだ。

これから君には僕に夢中になってもらって離れない様になってもらうよ」


「……私に何をするつもり?」


「これはウチの商会の若い衆が他国で手に入れたご禁制の物でね。

媚薬の一種なんだが、これを女性に使ってから愛を交わすと癖になるんだ」

 

「!」


「僕もあまり乱暴な事はしたくないんだけどねぇ。仕方がないね。

交渉決裂。ある意味予定通りでもあるんだが」



 そう言ってケヴィンは私の服に手をやると思い切り引っ張った。



「嫌っ!」


「暴れるな!」



 ケヴィンが私の頬を強く叩く。その勢いで後頭部を床に強くぶつけた。

醒めない眩暈と相まって意識が再び遠くなる。



「初めからこういう外見の君を僕に見せてくれていれば良かったんだよ。

そうすれば少しは優しくなれてこんな手荒な真似をしなくて済んだかもしれないのに。

全ては君が招いた事さ」



 再び気を失う私の最後に見た顔は歪んだ笑みを浮かべたケヴィンの顔だった。

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