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もう相手をしなくていいわよ

 私、エリゼ・フォン・ランベルトは伯爵令嬢だ。

しかし、貴族とはいえ私の家は決して裕福ではない。

王立学院入学時に王都に来たのはいいが王都の屋敷を維持する人手に事欠くくらいなのだ。


 現在居るのは私の最も信用している侍女二人と王都住まいの下男だけだ。

ほぼその三人で屋敷の全てを回している訳である。

そんな貧乏な貴族令嬢である私が目立たぬ恰好をして街に日用品や食物を買いに行くのは珍しくない。

その帰り道での出来事だった。


 その声は侍女のアルマと一緒に喫茶店にいた時に後ろの席から聞こえた。

席に案内されてきたカップルらしきその人物達は私達の後で気になる事を話し始めた。


「君とこうしている時が一番幸せだよ。僕の婚約者はあんなのだしさ」


「可哀そうなケヴィン。私が傍に居られればいいのに」


(……ん?)



 私は目の前のケーキの1片を口に運ぶ前に停止させた。

侍女のアルマも紅茶のカップを持ったまま停止している。

私達は一応主人と侍女ではあるが領地にいる小さい時から仲のいい親友でもある。

二人で喫茶店に入り、同じテーブルで休憩を取るのは珍しくは無い。



「お嬢様……」


「うん……」



 アルマが小声で私に話しかける。彼女も気付いたらしい。

私の婚約者と同じ名前らしい男性が私の婚約者と似たような声で陰口を利くのを。



「大体、あのぐるぐるで異常にデカくて不細工なメガネが最悪だ。

あんな女が僕の婚約者だなんて」


 陰口の対象は今の単語でほぼ一人に絞られた。

すなわち、私だ。


「でも、そう簡単に縁を切る事は出来ないのよね?」


「ああ。うちの商会が充分な貴族権益を手に入れるまではね」


「上手く進んでいるの?」


「もちろんさ。その為にあの女に近づいたんだから」



 この言葉にも心当たりがある。

ケヴィンの実家のアンブロス商会はやり手で色々な事業に手を出している。

だが、貴族社会に対する貴族権益に食い込むには平民では限界がある。

貴族のコネを得るには貴族の一員と結びつく方が簡単だ。

私の婚約者の実家としてアンブロス商会が色々な所へ顔を売り込んでいるのは知っていた。



「いずれにしても、僕らが学院を卒業するころまでにはケリはつくはずさ。

そうすればあんな女とはおさらばだ」


「本当? そうしたら私達、一緒になれるのね?」


「ああ。婚約を破棄する。あんな女、盛大にフってやるさ」


 その言葉に固まってしまったけど逆に心臓の動悸は激しくなる。

裕福な者や優秀な者は平民でも王立学院に在籍することは出来る。

やはりそうなのか? この言葉は私が知っているケヴィンの物なのだろうか?

私に今まで優しく語りかけてきたあの声・表情・仕草は全て偽物だというのか。



「でも、どうやって?

相手は貴族なのに貴方の側からそう簡単に婚約破棄なんて出来るの?」


「ふふ、貴族だからこそ簡単なのさ」


「?」


「エリゼを襲わせる」


「えっ!」



 浮気相手の女性以上に私も驚く。 

信じられない婚約者の一言に凍り付いた。



「なぁに、本当に襲わせる事は無いんだ。それらしい状況を作ればいいのさ」


「どういう事?」


「貴族って奴は噂に弱いからね。

実際には何も無かったとしても噂されるだけで社交界では死んだも同然だ」


「じゃあ、それを理由に……」


「そう。とりあえず僕は汚された婚約者を悲しみつつ慰める。

しかし、そう時間をおかずに耐え切れないという形で身を引くって訳さ……」



 何という事を考えているのか。

今までの話を纏めると、ケヴィンは私の事など全く愛していなかったという事だ。

我が家は伯爵家とは云え、とある理由で王侯貴族にそれなりに顔が利く。

家格と信用を商売に利用する為に冴えない私に近づいたという事か。

一度実家の商会が貴族権益に食い込めば私はお役御免という事らしい。



「婚約者にそんな去られ方したら、私だったら耐えられないわ」


「おいおい、君が愛しているのは僕だろう? 僕は君を裏切らない」


「……本当?」


「ああ。君は僕の代で更に大きくなる我が商会の大奥様になるんだからね。

絶対幸せにするよ」


「嬉しい!」


 かしゃん! とテーブルの上の食器が鳴る音がした。 

テーブル越しにでも抱き合っているのだろう。

対照的に私は指先が白くなる程フォークを握りしめて固まっている。

アルマはそんな私と声の方を交互に見ておろおろしていた。

お店は混んではいなかったが適度にお客は入っている。

しかし、私の耳は既に真後ろのテーブルに釘付けで周りの音は聞こえていない。



「夏季休暇が明けたらまたあの女の相手をしなくてはならないのが憂鬱だよ」



 ケヴィンの話は続いていた。

何処まで私を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。



「とにかくそういう訳で今日は僕を思い切り甘えさせておくれ、リリー」


「わかったわ、うふふ。甘えん坊さん」



 最早聞くに堪えない。

私は立ち上がり後ろを振り返った。そして、一言告げる。



「もう相手をしなくていいわよ、ケヴィン」



 ぽかんとした顔でケヴィンが私を見つめていた。

完全に不意打ちをしたらしい。

私のすぐ下、平民のリリー嬢は驚いたまま固まった表情で私を見上げている。

ケヴィンの幼馴染の彼女は私にとって顔見知り程度の知り合いだ。

飛ぶ鳥を落とす勢いのアンブロス商会ならば十分な玉の輿だろう。



「エ、エリゼ? 違う! これはっ……」



 表情を素早く誠実なものに切り替えてケヴィンは言い訳を始めた。

私は冷たい声でケヴィンに言い放つ。



「何を言おうともう遅いわ。婚約は取り消させていただきます、こちらから。

あなたの不誠実な行いを父に申し伝えてその手続きを取りますので。

では失礼するわ。行くわよ、アルマ」



 一気にそう言うと私は席を立った。

アルマも慌ててお会計を済ませて私に付きしたがう。



「待って! 待ってくれ、エリゼ!」



 ケヴィンの声が背中から聞こえたが私は振り向かずにこの場を立ち去った。

お読み頂きありがとうございます。


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