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婚約破棄してきた元婚約者を殺そうと思って呪物を買った。そのあと犬に拾われた。にゃ。

作者: 猫の玉三郎

だいぶコメディです。

 もうあの人を殺すしか道はない。

 親が決めた結婚相手だったけど私にはあの人のすべてが輝いて見えた。私にほほ笑んでくれる唯一の人だった。家族からどんなに冷たくされても、使用人から無視されても、あの人と結婚できると思ったからすべて耐えてこれた。


 それなのに……あの人は私を捨ててしまった。

 パートナーにふさわしくないと、大勢の目がある中で私に婚約破棄を言い渡した。



 好きだったのに。

 夢見てたのに。

 ……もう殺すしかない。


「店主、この中でいちばん凶悪な呪物がほしいの。人が殺せるくらい凶悪なもの」


 路地裏にひっそりと店をかまえる呪物屋。壁一面に不気味なお面や飾りがならび、年代ものの甲冑やボロボロの人形など所せましと陳列してある異様なお店。店主は私の要望を聞くと、そのしわくちゃの顔に怪しい笑みを貼りつけた。


「それだったらこれさね」


 店主が店の奥から持ってきたのは大量の貝で飾りがなされた古いドクロだった。禍々しいオーラが出ていて素人の私でも負のエネルギーを感じることができる。


「これはさる首刈り族の長が代々受け継いだとされるドクロの飾りだ。これを用いて呪いをかければ相手はただ死ぬだけではすまん。家族や友人をもどん底の不幸に巻き込み、さらには相手の魂にどこまでもついていき例え生まれ変わったとしても呪いは続くだろう。……本来なら金貨5枚のところ、今日は特別に銀貨100枚だよ。お買い得さね」


 これだ。

 私は家から持ち出した自分の全財産を机の上に置いた。おもに元婚約者からもらったアクセサリーだ。ふん、ご自分がお贈りになったものが呪いとして身に降りかかってくるなんてどんな気分でしょうね。


「こんなもので足りるかしら」

「なんと……」






 残念ながらお金は足りなかった。


 私がもってきたお金やアクセサリーじゃ銀貨100枚に到底足りないと店主はいう。どんどんランクを落としていって最終的に買えたのは小銀貨1枚に相当する小さな木片。伝説の呪術師が作った呪い人形のカケラらしい。あの人がくれたネックレスやイヤリングもあったのにお金が足りないってどういうことかしら。あの店主も殺してやろうかしら。


 店を出て、私は街の中央にある広場のベンチへ腰かけた。親から勘当を言い渡されて家に帰ることもできないし、帰ったところで居場所なんてない。だったらこの青空の下がよっぽどくつろげるってものだ。


 私はさっそく両手で木片を握りしめて念をこめる。


「鼻毛延々とのびろ頭髪うすくなれエッチなこと考えるたびにオナラでろ常にハズレを引け三日に一回足の小指ぶつけろ……」


 黒い木片を両手でぎゅっと握りしめ、ひたすら負の念を込めていく。この呪物で人を殺すのは無理らしい。しかし強い念を込めれば不幸は起こせるとも言っていたので、私が考えうる全てのいやがらせを呪物に込めていく。


「毎日寝ぐせと戦えお気に入りのシャツのボタンはじけろ新しい婚約者のこと間違って『ママ』と呼びかけろ……」


 呪物屋の店主が言っていた。人を呪わば穴ふたつ。相手に呪いをかけるのなら自分にもそれが跳ね返ってくる。しかし跳ね返ってきたのなら喜んでよい。呪いは成就したということだから。


「夜中にしゃっくり始まって幾度となく目が覚めろ……」


 私はあの人に死んでほしいと思って呪物を買いに行ったけど、願いは死じゃなくてもよかった。


 私のこの惨めで悲しくて悔しい気持ちを誰かにぶつけたかった。聞いてほしかった。あの人に捨てられて平気なわけない、あの人の言動で私はこんなにも傷ついていると、誰かにわかってほしかった。


 直接伝えることができないのなら、せめて恨みつらみの念をぶつけて、私の苦痛を知らしめたい。そして、こんなことしかできないイヤな自分にも罰がくだればいい。呪いが成就して私の身に何かあったとしても構わない。むしろ、私なんか死んでしまえばいい。だって過去を切り離して前を向くこともできず、恨みの念に満ち、現状を打開しようとする覇気すらないのだ。なんて情けないのだろう。


 ふいに込み上げてきた涙がこぼれそうなその時だった。


 わんっと大きな鳴き声が聞こえたかと思うと、私のそばへ犬がやってきた。


「……なに、あなた」

「わんっ!」


 犬種には詳しくないからわからないけど、白くてフワフワした毛に黒く濡れた瞳。体格は大きい方だと思う。しっぽが大きく左右に揺れ、なんだかとても楽しそうな犬だと思った。


 こぼれかけていた涙が重力に耐えきれず頬へ流れる。するとその犬は器用に近づいてそれをぺろりと舐めてしまった。そしてまたあのきらきらの瞳で見つめてきて、楽しそうにわんと吠える。


「……もしかしてなぐさめてる?」

「わんわん!」

「ふふ、優しいのね」


 犬はしばらく私にかまってくれたのだけど、ふいに背を向けて走って行ってしまった。きっと飼い主のところへ戻ったのだろう。毛並みはきれいだったし汚れもないから野良ってことはなさそうだ。


「はあ、お腹すいた」


 全財産はさっき使い果たしたし、家にも帰れない。このまま空腹を抱えて、外の冷たい空気にさらされて、誰に看取られることもなくひとりで死ぬんだろう。でも悪いことでもない。惨めな私にはお似合いな気さえする。


「くぅーん」


 ぼーっとしているとまた犬の声がした。また戻ってきたのか。見るとなぜか口に大きなパンをくわえていて、私に押し付けるではないか。


「な、なによ。お腹すいてるんだから、そんなもの見せないで」

「くぅん」


「いらないの?」とでも言いたげに首をひねる犬。……もしかして私に食べろって言ってるのかしら。おそるおそるパンを受け取ると、犬は嬉しそうにしっぽを振った。そして食べて食べてと言わんばかりに目で訴えてくる。


 私は観念してパンを小さくちぎり口へ入れた。汚いかもとかそういうのはいい。犬が私を思って親切にしてくれたことをちゃんと受け取りたい。こんな私に優しくしてくれる人なんてもういないもの。


 パンは硬かったけれど、小麦の風味とほのかな甘味がある。空腹なのもあいまって最高においしいパンだった。


「ありがとう、おいしいわ。あなたも食べなさいよ」


 半分にわけて渡すと「いいの?」と嬉しそうな様子でパンに食いつく犬。それを見ているとなんだか心がほっこりとした。


 それから少しだけ泣いた。

 その間も、犬はそばにいてくれた。






「そろそろ雨が降りそうだし、あなたも家に帰りなさい。濡れちゃうわ。……とか言ってたら降ってきたわね」


 こままだと濡れてこごえて死んじゃうかも。そんなことを考えながら降りはじめた雨を享受していると、ふいに袖をぐいっと引っ張られた。もちろん犯人は犬で、ものすごい勢いで走り出す。


「ちょっと、そんなに引っ張らないでよ……ってなに、どこ行くの? 私をどこへ連れて行くつもり!?」


 猛烈な勢いで私を引っぱる犬。次第に強まる雨に打たれながらよくわからない道を次々と抜けて行く。大通りをすぎ、小さな民家が所せましと立ち並ぶ路地を犬に連れられ走っていった。


 ようやく止まってくれた頃には足はがくがく震えて呼吸もままならないほどだった。軒先に座り込み、息をととのえていると頭からいくつもの滴が垂れてくる。だいぶ濡れてしまったようだ。力の入らない腕をなんとか持ちあげて顔をぬぐおうとした時、妙なものが視界に入った。


(ほほの辺りに……なにか生えてる?)


 長くてぴょんとしなりのある白い毛が、自分のほほ辺りから数本生えているような気がする。鼻先もなんだか違って見える。


「わん!」


 ふいに現実へ引き戻すかのような鳴き声に我へとかえった。見ると犬が誇らしげな表情を浮かべている、


「……雨宿りできる場所へ連れてきてくれたの?」

「わんっ!」


 犬なんて遠目で見るだけでこれまで特別かわいいと思ったことはなかったけれど、この犬のキラキラした表情はほんとにかわいい。人生の最後に優しくしてもらえて嬉しかった。私はそっと手を伸ばして犬の頭をなでた。


「……私ね、婚約者にも家族にも見限られて、帰るところがないの。でもあなたにも迷惑かけられないから行くね。いろいろありがとう。優しくしてくれて嬉しかったわ」


 まだはずむ息をなんとか抑えて立ち上がった。濡れた服に体温をうばわれ、どんどん寒気がしてくる。関節にも違和感がでてきた。こんな状態で民家の前に居座っていたら迷惑きわまりないだろう。


 しかし犬はそのことに不服なのか、すごい勢いで吠えはじめた。でもそれは私ではなくこの家の主に訴えるように扉の奥にむかって吠えている。


 がちゃりと玄関の扉が開いた。

 刹那、背の高い男の人と目が合う。こんな民家に住んでいるのが不釣り合いなほど品のある雰囲気だった。その男は私を見て眉根をよせ、それから足元にいる犬へ向かって口をひらいた。


「ダメですよ、元いた場所へ戻してきてください」

「わん!」


 犬は不機嫌そうにひと声返すと男の足元をするりと抜けて家の中へ入ってしまった。それからすぐペタペタと足音が聞こえ、なぜか白いシーツをまとった男の人が顔をのぞかせた。


 褐色の肌に白銀にも見える髪。顔形は非常に整っており、背は先ほどの男より少し低いがそれでも見目麗しいことに変わりはない。特に、あのキラキラした瞳はさっきの犬にそっくりで……


「帰るとこがないって困ってるんだぞ。ほっとけるわけないだろ」

「そうはいってもこんな年頃のお嬢さんを」

「大事にするから!」


 謎の褐色イケメンは男にかまわず私のそばまで来たかと思うと、シーツが濡れるのも気にせずに私をぎゅーっと抱きしめた。


「……へ?」

「安心しろ、俺がちゃんと世話してやるからな。寝床も用意してやるしごはんの心配もいらないぞ」


 苦しいくらい拘束されつつ、まるで動物同士のコミュニケーションかのようにほおをスリスリしてくる褐色イケメン。なんだろう、この人すごくいい匂いがする。頭がくらくらしてきた。さっきから心臓もドキドキしっぱなしだし、顔も熱い。


 それから鼻がひくひくしちゃって、いつもより音がよく聞こえて……んんん? いつもと違う体の感覚に困惑していたらまたぎゅむぎゅむと顔を押し付け抱きしめられた。


「ああー、かわいいかわいいかわいい!」

「ひぇ」


 背の高い男はあきれたように息をつき「後でどうなっても知りませんよ」と家の中へ戻っていった。


「俺の名前はルシュディ。おまえは?」

「……ミーナ」

「いい名前だ。これからよろしくな、ミーナ」


 至近距離からすごくいい笑顔をいただいてしまった。


 うそでしょう。

 ほんとに私の面倒をみる気なの。

 思わず目を見開いてルシュディの顔をまじまじと見る。やっぱり、あの犬に似ている。大きな体に白い髪。感情をよく表すキラキラした瞳。


「あ、あなた、さっきの犬?」

「そうだぞ」


 だめだ。

 考えることはたくさんあるんだろうけれど、今は頭がパンクしそう。むりむり。


 ルシュディはあ然とする私の手を引き、ゆっくりとした動きで私を家の中へと上げた。室内は明るくて、あちこちに植物が飾ってあるおしゃれな空間だった。外観よりも中がだいぶ広い気がするけど気のせいだろうか。


「ミーナもだいぶ猫化が進んでいるから落ち着くまでは家の中で過ごした方がいい。ほら、その濡れた服を着替えよう。今シェルトが湯を沸かしているだろうから風呂に入れてやる」


 猫化……? と言葉がでかかったところで先ほどの背の高い男性がタオルで両手を拭きながら部屋へやってきた。


「ルシュディ様、いくらなんでもレディを相手にするには格好がひどすぎです。犬へ戻らないのであればお着替えをなさってください」

「わかった」


 ぴゅーんと音が聞こえそうなほど軽快な足取りでルシュディは奥の部屋へ行ってしまった。おいてけぼりにされ、とても居心地が悪い。それをごまかすように手先をぺろぺろと舐めた。舌先の感触が楽しい。……って、なんで私はじぶんの手を舐めてるの!?


「ミーナさんと言いましたね。あなた、いわくつきの呪具を使って誰かに呪いをかけたでしょう。だいぶ猫になってますよ」


 ほら、と小さな手鏡を見せてくれたシェルト。せまい鏡面のなかには、頭の上に猫のような耳をつけた猫っぽい顔の私がいた。ぱっとしない髪型や顔つきは確かに私なのに。


「呪い……」


 あの人へかけた呪いが成就したってこと?

 でも私、ルシュディに振り回されているうちに、あの人のことなんて頭から抜けていた。あの人がいない人生なんて考えられないって思ってたのに、こんなにもあっさりと忘れてしまって。


「ミーナ」


 突然わきの下をむんずと捕まれ、勢いよく持ち上げられた。そのままの勢いでくるっと回転させられてルシュディに抱っこされた形になる。かなりびっくりしてムッとした。でも彼の匂いや腕の中の温度が心地よくてすぐに体から力が抜けていく。ルシュディに体を預けていると欠けていた心が温まり満ちていくようだった。ずっとこの瞬間が続けばいいのに、なんて考えてしまうくらい。


 しかし次の瞬間。


「さあお風呂へ行こうな。洗ってやるからおとなしくしろよ」

「ルシュディ様それはちょっと」


 私は少し遅れて意味を理解した。そして思いっきりのけぞった。そんな、お風呂なんてだめ、ぜったい。なんでルシュディはやる気なの!?


「にゃーーー!!」


 私はありったけの力を集めてルシュディの腕から逃れる。ちょっと彼のほほとか腕とか爪で傷つけちゃったかもだけど、こんなところで乙女の肌をさらすわけにはいかないじゃない。


「ミーナ、怖くないから。ね?」

「お風呂はひとりで入れる!」

「溺れたら大変だ」

「平気にゃから!」

「でも、勝手がわからないだろう」


 そんな攻防がしばらく続き、苦労の末に私はひとり風呂の時間とふかふかの着替えをゲットしたのだった。



 ◇



 こうして私はルシュディに拾われ、不可思議な共同生活がはじまった。


 翌日には完全に猫になってしまったので家の中でひなたぼっこをした。犬の姿になっているルシュディに守られるように丸くなってひたすら眠った。


 途中、お礼のつもりでルシュディの顔をぺろっとなめた。猫の舌はざらざらしているからブラッシングのつもりだ。それが嬉しかったのか、犬のルシュディはしっぽを激しく床にうちつけ、お返しとばかりに私をびしょびしょになるまで舐めまくった。


「にゃ(そこまで)」

「くぅん」


 突然はじまったこの生活に思う所はいろいろある。なんでルシュディは犬になれるのとか、私の猫化はこれからどうなるのかとか、もしかして彼らも訳ありなのかとか。知りたいことも不安もいっぱいある。


 でも、彼のそばはとても暖かくて心がほっとする。いつまで続くかはわからないけれど許されるかぎり……ルシュディと一緒にいたいと思う。


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