桜の樹の根元 【月夜譚No.135】
闇夜に舞う桜の花弁が、まるで夢のようだった。薄紅色の一枚一枚が仄かに光って、夜の闇の中を散っていく。
どっしりとした太い幹は存在感をありありと見せつけているのに、その花弁は儚い。それが美しくもあり、淋しくもあった。
樹の前に立った少女はその長い黒髪を風に靡かせ、つい先日溶けてしまった雪のように白い細腕を伸ばした。上向かせた掌に導かれるように花弁が舞い降り、少女はそっとそれを握る。胸元に引き寄せて開いてみると、花弁は確かにそこに在った。
幻想的な光景に、本当にこれが夢ならば良いと思った。花弁など掴めずに、幻と消えてしまえば良いと思った。
少女の頬に涙が伝う。別に泣きたくはないのに、後から後から涙は溢れる。
この桜の樹は、きっと全てを見ていた。その全てを、この樹の根元に埋めてしまった。
少女はそこに立ち続けた。桜が全て散ってしまうその時まで――。