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「何の役にも立たねーヤローだなぁオイ」
チンピラ風の20代前半の男に顔面を殴られて、尻餅をつく。
「キャハハハ。こいつすげ〜貧相な顔してるしぃー」
絶滅危惧種のガングロギャルが煽る。
「だからだょ。セコセコとシケタ事しか出来ねーんだょ!」
リーダー格の男から強烈なキックをまともに受け、路上にのたうち回りながら情けなく咳き込む。今ので肋骨に皹が入ったかもしれない。
……。
何も知らず上司の指示に従っていたが、どうやら横領の片棒を担いでいたらしく、横領した金が非社会的組織に渡っていたのと、政界や財界の大物にその金が流れていたことで一大スキャンダルとなっていた。
先週まで警察から散々取り調べを受け、俺が現金を横領した事実がないことの裏が取れ、ようやく釈放されたまでは良かった。いや、被害者である俺が勾留されていたから全然良く無いのだが。
あの日、徹夜明けでクタクタになっていた。帰宅しようと社員玄関の方に歩いていたら警察と鉢合わせてしまう。その直後に出勤してきた上司の『参下 八郎』が逮捕された。どうやら警察は参下を待ち伏せしていたようだ。
「参下部長……? 何があったのてすか?」
ついでとばかりに重要参考人ってことで参下と一緒に警察に任意同行したところ、事件を嗅ぎつけたゴシップ記者のカメラに撮られていたんだ。
1週間ぶりにアパートに帰った所で警察から釈放の連絡を受け、恵理斗義兄さんが俺に会いに来た。
「なぁ、ホンマ横領に関わってないんやな?」
「も、も、勿論ですよ。」
「……なんで吃ってんねん?」
ド派手な紫色のスーツを着こなし、トレードマークのサングラス越しから放たれるキツーイ視線にタジタジになっているからだっちゅーの。口が裂けても本人の前で言えはしないが。
初めて恵理斗義兄さんを姉貴から紹介された時、
「職業? 金融関係や。」
「あぁ。高利貸しですか。」
と失言してから、気まずい関係になったこともあり、俺はこの見た目『ヤクザ』な義兄が苦手だ。渋い顔立ちだがイケメンで、細マッチョな体格のT大出身。金融業界にお勤めのエリート様で高給取り。漂うオーラと眼力がハンパない。
会って早々、玄関先で訝しげな表情で義兄が手にしていたゴシップ誌の週刊ヒドイデーを下駄箱の上で開き、顎で見るように促してきた。
うん。犯人は俺だわ……。
寝不足がたたり、やたらとギラついた目付きが、目の前にいる『ヤクザ』な義兄よりヤバい奴にしか見えん。三徹明けのせいで不精髭が伸び放題になっているところが胡散臭い感じを醸し出している。しかも突然の逮捕に動揺し、オドオドしていた上司が子分のように映っている。
『衝撃!!! 重要参考人A(37)独身男の業深き闇』
……これって随分前にTATSUYAに行った時の写真なのか? 防犯カメラの画像を引き伸ばしてあり、丁度、18禁コーナー近くで床に落とした巨乳もののDVDを拾っていた所を捉えていた。これから楽しむと誤解を受けるような一枚だ。
言い訳ではないが何を借りようか迷いフラフラしていた所に人とぶつかり、その拍子に落としたDVDを拾い渡したことがあった。俺が借りた訳ではないからな?
しかし、仮に借りていたとしても、スケベな一般成人男性なら御世話になるものだし、合法であり問題ないはずだが、童貞だのコミュ症だのと、横領と関係ない情報を盛りに盛り、俺に恨みでもあるのかと思ってしまうくらい煽りたてられた記事であった。
……まぁ、童貞だし、どちらかというとコミュ症と言えなくもないので全否定できないのが自分でも分かっているので、どうしても義兄に対して、歯に物が挟まった物言いになってしまう。
記事を信じれば、俺は横領を子分である上司に擦りつけ、知らぬ存ぜぬを貫き、太々しくお天道様の元を歩く厚顔無恥な男で、犯行動機が大人なDVDをレンタルする金欲しさに犯罪に走ったとされている。
義兄の視線が他人行儀で非常に居心地が悪い……。
「みくが身内の恥を気にして外に出れんゆーとるんや。頼むから何とかしーや」
ブラコンである実の姉貴にも無実を信じてもらえないとは……。そんな状況に置かれてココロが折れそうになるが、2時間耐え抜き無実を説明して帰ってもらった。
翌日。出社したが、周りから痛々しい白い視線に貫かれ、「役立たず」と聞こえるように陰口を叩かれる。勾留されたせいで溜まった殺人的な量の仕事を黙々と処理している内に昼休憩が過ぎて午後になっている事に気づいた。
一息入れに自販機で缶コーヒーを買う。
缶コーヒーを飲みつつ書類の山と格闘していると突然、人事から呼び出され異動通知を受ける。行き先は経営悪化しており、事業撤退が決まりそうな孫会社。会社としてはスキャンダルの後始末をするのに俺という存在をクビにしてイメージダウンを回避したいが、無罪の俺を公にクビにできる筈もない。そのために左遷して、孫会社ともに潰しにかかるであろう。
……仕事したくねーな。人の役に立ちたいから今の仕事(製薬業界)を選んだはずなのにな。10年とちょっとで役立たずの烙印を押されたのか……。
キリキリする胃の痛みを堪えてなんとか一日を過ごし、アパートに帰る途中だった。心身共に疲れ切った俺の前に見知らぬ集団近づいて来る。そして人気の少ない路地に連行され、理不尽な暴行をうける事になり今に至る。
何が起きているのか、何故リンチを受けなければならないのか……。
バキっ
集団のリーダーっぽい奴からのパンチが顔面にめり込む。鼻と口から血ダラダラと流しふらつきながらも何とかこの場から逃げ出そうとする。
「糞の癖にまだ立ち上がるのかよ。オイ。お前等、クソ野郎を逃すなよ!!」
周りを囲っていた奴らが左右から腕を掴み、俺の身動きを取れなくする。
居酒屋の勝手口だろうか? ビールやワイン、日本酒等の空き瓶が無造作に置いてあった。それを目敏く見つけ、徐に手にする。
「うぉらー!!!」
満身創痍の体に無慈悲にも空ビンで何度も何度も殴りつけられる。5本目のビンが粉々に砕けると同時に俺は仰向けに倒れ、そのまま意識を失った。
「起きろやクソがぁ!?」
「お、おい、コイツ死んでないか?」
「まさか?!」
仰向けに倒れた時に後頭部を強打したのか頭から大量に出血していた。
「や、ヤベェんじゃないか……」
その場に居た全員が顔を青くする。
「く、クソが。オイお前、クソはどう処理する?」
「……」
リーダー格の男の問いに誰も答えられない。
「……クソは便所に流すに限る。お前等、ブタ箱にぶち込まれたくないなら手伝え!!」
俺が「失踪」してから7年後。とある汲み取り式トイレから人骨が大量に発見され世間を騒がすことになるのである。
◆◆◆
『災難はその身に降りかかり受難はまだまだ続く。しかしながらそれは永遠に続く事はない。天災であろうが、人災であろうが、試練ならば理不尽だとしても、心折れずに立ち向かえば、必ず人生の糧となる。その経験は本人を裏切らないのだ。』
『汝、試練を乗り越えて見せるがいい。』