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若君様のお屋敷訪問

 今日は学校はお休みだ。まだ朝の10時。朝食を食べてからテレビを観ながらゴロゴロしていた。

 そんな時スマホに電話が掛かってきた。


『美月ちゃん!大変!』

「おはよう、陽奈ちゃん。どうしたの?」

『迎えに行くから、一緒に若君様のお屋敷に行こう?』

「……はい?」


 若君様のお屋敷。


 それは確か10歳の頃に一度だけ行ったことがある、映画とかでしか見たことがないような日本家屋の大きなお屋敷だ。


 なぜ私がお屋敷に……?と疑問に思っている間に、陽奈が車で家に現れた。累先輩も一緒に。


 二人とも私服。累先輩はお洒落な灰色のシャツに細身のジーンズを履いていてとてもカッコいい。


「休みの日にごめんね。美月ちゃん」

「いえいえ。どうかされたんですか?」


 いくらなんでも、私が若君様に休みの日にわざわざ会いに行く理由などないと思う。もちろんいつでもお会いしたいのだけれども。


「慧十郎、高熱を出してね」

「え!」

「休ませたいんだけど、どうにも……」


 若君様のことだから、いつものように眠れなくなってしまっているのだろうか。


 そもそも、どうしてあの人は、眠れないんだろう……。


「もし時間があったら、少しでも来てもらえると助かるんだ」

「行きます!準備してきます!」


 食い気味に返事をしてから部屋に行き鞄を持ってくる。勉強道具も忍ばせる。もしかしたら、長く向こうにいることになるかもしれないし。










 累先輩の車で、送ってもらった。


「ごめんね、美月ちゃん」

「いえいえ、お役に立てるなら」


 少し困った顔をした累先輩が言う。


「休みの日に、わざわざ時間をもらってしまうなんて気が引けるんだけど……今回だけで本当に構わないから」

「いえ、そんなこと……」


 本当に何も迷惑だと思わない。

 これが若君様でなくても私はお伺いするだろうけど、それでもこれは若君様の一大事だ。私は関われて嬉しい。


 なんにも出来ないと思っていたのに、力になれる。


「本当に……嬉しいんです。私、サイキの一族に生まれたけど、何も出来なくて、落ちこぼれとか、恥だとか、子供の頃は言われることもあったんです。もう忘れていましたけど自分にも出来ることがあったことが思いの外嬉しかったみたいです。最近少しだけ毎日が楽しいです」


 幸福の理由の大部分は恋心ゆえだったのかもしれないけれど。


「すごーく役に立ってるよ。俺も慧十郎も、美月ちゃんに出会えたことは、きっととても幸運なことだと思ってるよ」

「そんな……」

「ほんと、ほんと。ね、そうだよね、陽奈ちゃん」

「うん……そうかもしれない」

「ええ……!?」

「……慧十郎様が、あんなにリラックスしてるお顔しているところ、見たこともなかったもん」

「……」


 リラックスって寝顔のことかな。それなら確かに。


「ここだけの話だけど」


 累先輩は、私をまっすぐ見つめて言った。


「幼い頃、慧十郎は力が強すぎて、子供の肉体では力に耐えられなかったんだ」

「耐えられない?」

「そう。力が暴走して、肉体が悲鳴を上げるほど痛んで、力を抑えられるようになるまで何度も死にかけた」

「……」


 何度も死にかけた。


 そんなぞっとするような台詞を、累先輩はとても穏やかな口調で言う。


「……今でも時々、肉体が悲鳴を上げる。高熱は力の使い過ぎがおこした。俺たちにはどうしようもない。休んでもらいたいのに、慧十郎は、眠ることを恐れている」


 若君様は眠ることを恐れている……?


「どうしてですか?」

「怖いんだよ。たぶんだけどね」

「怖い?」

「理性がなくなると、力を抑えられなくなると思ってるんだ。不足の事態が起きてもいつでも対処出来るように、屋敷の人員は配置されているけれど、それでも気になるんだろう。彼のサイキは普通の次元のものではないから」


 きっとね、と累先輩は続ける。


「あいつも休まなきゃいけないって分かってるんだよ。でも、無意識に気が張ってしまう。そんな生活がずっと続いてきて。そこで美月ちゃんと出逢った」

「……」

「美月ちゃんの迷惑にならない範囲でいいから、力をかしてくれると嬉しい」


 私は今日も8時間ぐっすり眠って、起きてからもダラダラしてた。その間に若君様は、力を使いすぎて、高熱を出して、だけど休めないでいるらしい……。

 無意識に気が張って眠れなくなるなんて、一体どんな人生なんだろう。


「迷惑じゃないです。私は若君様も、部活の皆さんも大好きですから」


 私の台詞に、累先輩はほっとしたように笑った。陽奈は、じっと私たちの会話を見守っていた。











 お屋敷に着くと、着物を着たお手伝いさんのような方に案内されて若君様のお部屋に向かう。累先輩も陽奈ちゃんも慣れたように歩いているけれど、私はとっても緊張していた。


 床はツルツルに磨かれていて、とても豪華そうな花瓶の生花が飾られた日本家屋。転んで傷付けたら大変そうだ。


「若君様、累様をお連れしました」

「……入れ」


 少し掠れた若君様のお声が聞こえた。

 ドアの前に立ったまま、累先輩が私を見下ろして小さな声で言った。


「美月ちゃん」

「はい?」

「俺、応接間で待ってるから、任せるよ」

「え?」

「帰るときは俺に声掛けて、送るから。後大きな声を出してくれたら誰か来るから、心配もしないで。美月ちゃんが大丈夫な時間だけ、側に居てやって」

「美月ちゃん、私帰るよ。頑張って!」


 陽奈はなぜだかとても嬉しそうな笑顔でそう言った。


「えっと、あの……えぇ!?累先輩、前から思ってましたけど、私のこと信用しすぎじゃないですか」

「信用してる」

「陽奈ちゃんも、異性と二人っきりにするとか!いいの!」

「ノープロブレム」

「慧十郎のことも信用してる。何かあったら、俺がすぐ来るから」

「……はい」

「ありがとう」


 累先輩は扉を開けてくれて、そして言った。


「累です。小石さんを連れてきました」

「……え?」


 部屋の中の暗がりから、誰かが動く気配がした。若君様が起きあがろうとしている。


 累先輩は手を振ってる。まるで行ってらっしゃいというように。それを見ながら私は部屋の中に慌てて入った。


「慧十郎様……!どうぞ横になっていて下さい。起き上がらなくて大丈夫です!」


 薄暗い部屋の中。部屋は思ったよりも和風ではなかった。板張りの床にシンプルなラグが敷かれていて、奥にある木製のベッドに若君様が半身を起こす。


 少しだけ開かれたカーテンからの光が部屋の中を照らしている。


 少し乱れた髪をした若君様は、片肘で体を起こしながら片方の手で額の汗を拭った。


 水色のパジャマを着ていて、なんだ着物じゃないんだな、なんて私は思ってしまう。


 熱が辛いのか、若君様は顔を顰めるようにして言う。


「なぜ、美月さんが……」


 後ろで扉の閉まる音が聞こえた。本当に二人っきりにされてしまったみたい。そして若君様は私が来るのを知らなかったみたい。


「慧十郎様……横になってください」


 慌ててベッドの脇に跪いて、若君様の布団に手を掛ける。


「累先輩にお話を聞いて、慧十郎様がお休みになれるように、やって来ました」


 お顔が赤くて、そしてやつれている。潤んだ瞳が 熱の高さを伺わせる。


 力を使い過ぎて熱が出る……そんなことがあるんだね。能力のない私には分からないことだ。だけど辛そうなことが分かる。具合の悪い人は休むべきだ。


「少し、休みましょう、慧十郎様」

「しかし……」


 深く息を吐きながら、体が辛いのか、頭を枕に乗せた。


「わざわざ来てくれてありがとう。だが、俺は大丈夫だ。累を呼んで欲しい」

「……」


 累先輩が入って来なかったのは、連れて帰れと言われることになるのが分かっていたからなんだな、と思う。


 手を伸ばして若君様の額に触れる。若君様の体が少しだけびくりと震える。とても熱い。


「具合の悪いときは、誰かを頼ってもいいと思います」


 お父さんやお母さん、おじさんにおばさん、そして陽奈ちゃん、私はいつも誰かに助けられて生きてる。若君様が誰かを頼られることもあるのかな。


「今日は、たまたま私が側にいるんですから、どうか頼って下さい」

「……しかし」

「元気になられたら、今度は、また誰かを助けてあげてください。そう言うものなんですよ」


 テーブルの水桶とタオルが目に入る。使っていいものなのかな、と思いながらタオルを濡らして絞ると、若君様の額に載せた。


「少しだけでも休んでください。大丈夫です。私はいつものように時間を潰してます。読みかけの本の続きが読みたかったんです。無理なんて全然してませんよ」


 そう言ってスマホを出した。電子書籍だ。

 勉強と言わなかったのは、部屋が暗くて、電気を付けるわけにもいかないし、それは難しいかなと思ったのだ。


「……美月さん」

「はい」

「すまない」

「謝る必要ありませんよ。だけど困りましたね、触れていないとダメですよね。どこかに触ってもいいですか?」

「……手を」

「手?」


 反射で手をにぎにぎとしてしまうと、若君様が私の手を握った。


 汗ばんだ大きな掌が私の手を包んでいる。


「このままで……」


 慧十郎様はそう言うと、すっと意識を失うように瞼を落とした。


 寝息が聞こえてくる。

 掌が熱い。

 握った手はベッドの上だ。


 ――どくり、どくり。


 心臓が高鳴る。


 今きっと、私の顔は若君様よりも真っ赤だ。


 若君様の黒髪は、汗で頬や首筋に張り付いている。蒸気した頬の赤さも、乱れた寝巻きも、正直恐ろしく色っぽい。


 心臓と一体となったような私の体は、繋いだ若君様の手を震わせてしまっている。


 手が、体が、熱い。


 私の全身が、この人が好きだと叫んでいる。


 ――まずい。まずい。まずい。


 このままじゃ寝てる若君様に抱きつく痴女になってしまう!


 私はスマホを開き、小説の続きを読もうと試みたのだけど、全然集中出来なくて読めなかった。


 なので、私は陽奈にメッセージを送ることにした。








『累先輩のメールとか分かる?』

『分かるよ、必要だよね。教えていいか確認して送る』

『ありがとう。なんだかまた桃源郷に辿り着きそうで』

『案外近場にあるもんだね』




 教えてもらった累先輩の宛先にメッセージを送り、眠ってしまうかもしれないのでいい時間に起こしに来て欲しいと伝えた。私も意識を失いそうだった。頭真っ白。

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